444話 勝利の祈願
あとは、パトリックとシルヴァーナに任せよう。
死霊術士の腕前の比較など、俺はできない。
パトリックとシルヴァーナの話し合いで確認してもらえば良い。
大まかな参加人数は確認したので、余裕を持たせた数分アクセサリーの作成をオニーシムに依頼した。
最後にクリスティアス・リカイオスとの交易での指示を、担当者にだしておいた。
使徒金貨がそうでなくなる。
うかつに、口にできる話ではない。
全てが、そうなるか分からないしな。
事前に知っていたら『なぜ教えなかった?』のような変な言い掛かりが出てくることは、容易に想像がつく。
受け流すために知らないふりをしておく必要はある。
あくまで『使徒没後に何が起こるか分からないから』とだけ言っておく。
『こんなすぐに発生するとは知らなかった』とな。
言い掛かりなんて無視すれば良いという話もある。
それは、人が全て理性と証拠で判断すると思い込む幻想にすぎない。
言い掛かりでも人は動く。
むしろ、感情に動かされるケースのほうが多い。
ただ理論と証拠という服を、どれだけ着込むかだ。
感情に支配されれば、素っ裸で外に飛び出しても気にしないだろう。
感情に支配されているのはラリっているのと大差ないさ。
使徒の常識が吹き飛んで、カオスな中世に戻った。
中世での争い、つまり訴訟や言い合いでキーとなるものがある。
どちらかが正しいかではなく、どちらが強い思いを込めているか……で正否が判断される。
100対0で、正否がハッキリしていても、理が0のヤツが身の潔白を主張して自死すれば、周囲の認識は容易にひっくり返る。
それをひっくり返すためには、100の理があるほうも自死しないといけない。
そうやってひっくり返ったあと、どうなるか。
当事者同士が死んだので痛み分け。
とんでもない話だが正しさより社会の維持に注力するのが、中世の平和のありかたとなっている。
特に貴族社会は、面子で商売をする。
困ったことに、面子社会は理屈ではないのだ。
双方の顔を立てる行為が立派な行いで、公平な裁定と言われるのだ。
そこで使徒貨幣がゴミになったとなれば、貴族たちはまずショックを受けて次に怒るだろう。
その怒りの矛先が問題だ。
そんな怒りの矛先の的にされないために、ラヴェンナは何食わぬ顔で被害者仲間に加わっておく必要があるのさ。
別にこの世界の人に、判断能力がないと馬鹿にしているわけではない。
転生前だって、必死に誰かが噓でも強く訴え続ければ信じてしまうだろう。
表向きは理屈や法が、判断基準とされてはいるがな。
理非で判断する人は、そのように感情的に訴えることを嫌う人が多い。
淡々と、冷静に訴えるだろう。
片方が狂ったように感情的に訴える。
片方は冷静だったら?
感情的な側に反対するか疑問を呈するとかみつかれるか粘着される。
つまり面倒なことになるわけだ。
そんな危険を冒してまで、多くの人は感情的で声が大きい訴えに反対しない。
かくして理非は、思いや感情の強さで決まることも多い。
現代社会であっても、中世の色が濃く残っているか次第だがな。
◆◇◆◇◆
執務室に戻って席につくと、ミルが歩いてきた。
「ねぇ、アル。
質問して良い?」
「ミルからの質問を拒むことはありえませんよ」
「うん、分かってるんだけどね……。
前置きみたいなものよ。
それでリカイオス卿との取引のことで、皆困惑しているみたい。
私にもアルの真意を聞いてくる人が多くてね……。
答えに困っちゃったのよ」
「ああ、物々交換に限るですか。
使徒貨幣とラヴェンナ貨幣は、11対10にしていますからね。
それでモメる位なら、世間一般の交換レートで物々交換しましょうってだけですよ」
本音は、使徒貨幣がチャラになったときだ。
こちらからラヴェンナ貨幣をだして、相手がそのレートを飲んですら交易に応じたとき。
こちらが、大損をしてしまう。
入れたくない貨幣が入ってくるわけだ。
価値のないものを入れないための口実として、公平な物々交換を持ち出したわけだ。
「それはそうだけど、内々に交換レートの打診をしてきたから、相手は損をしてでも交易を望んでいるようね。
使徒貨幣を入れたくないアルの意図は知っているけど、物々交換まで話が飛ぶとは思っていなかったわよ」
貨幣の信用が失われると、物々交換が舞い戻ってくる。
妥当なところだろうと思ったのだが……。
他にも適当な言い訳をひねり出すか。
「今のところ、相手に貸しにしておくだけです。
損をしてでも取引を続けると、あとで損を取り返そうと……隙あらば戦争を吹っかけてくる可能性もあります。
今はまだ、リカイオス卿はシケリア王国を平定中ですからね。
平定後にどんな態度になるか分からないのですよ」
ミルは納得したような……していないような微妙な表情になった。
「それだと弱腰と甘く見られて、結局喧嘩を吹っかけられない?
今までのアルを見てきたから分かるけど、相手がその気ならどんなに配慮しても無理だってね」
あっさり言いくるめられなかったか。
なまじ俺のことを、よく知っているからなぁ。
「そうなったときに、こちらは国論の統一が簡単になります。
吹っかけていたら、後ろめたい気持ちを持つ人も出るでしょう。
戦うにしてもつけ込まれる隙が少ないですからね。」
本音ではないが、理屈は通している。
しかし、結構苦しいな。
次の新月で使徒貨幣が、ラヴェンナでは元の素材に戻る。
それを知ったなんて説明が難しい。
そしてそんな予測があると、以降別の超常現象への予測も期待される。
教えてくれたおかげで、事前に措置がとれた。
痛しかゆしだなぁ。
だが以後を考えると、人間での統治で物事を進めないといけない。
俺の表情から何かを察したのか、ミルは悪戯っぽくほほ笑んだ。
「分かったわ。
そう説明しておくね」
どうやら、俺に何か考えがあることを察してくれたようだ。
あとで聴取されそうだなぁ。
内々には説明しておいても良いだろう。
と思っていると、キアラが報告書を持ってきた。
珍しく、笑いを堪えている。
変な報告でもあったのかな。
黙って報告書に目を通したが、思わず吹き出してしまった。
ミルは驚いた顔になっている。
俺は笑いを堪えて、報告書を手渡した。
ミルは報告書に目を通しながら、不思議な顔をしている。
「王都の争いの報告書ね。
よくある内容だけど……」
と読み続けていたら、突然せきこんだ。
俺の隣で読んでいたので、俺はミルの背中をさすった。
「大丈夫ですか?」
ミルは顔を真っ赤にして、涙目になっていた。
「あ、ありがとう。
大丈夫よ。
これって……」
「戦いが泥沼化して困り果てたラッザロ殿下が、教会で勝利の祈願をした話ですよ」
「自分の正当性を訴えて勝つと公言したのね。
そこで自分の武運長久を祈願したのは良いけど……」
ミルはまた我慢できなくなって笑いだした。
俺もつられて笑ってしまう。
「そこでヴィットーレ殿下は早く死ぬように……とセットで祈願ってのがなんとも」
キアラも、堪えきれずに笑っていた。
「正直なのでしょうけど……。
初めて見たとき……吹き出してしまいましたわ」
俺は小さく肩をすくめた。
「子供の喧嘩に見えますね。
子供の喧嘩にしては、被害がしゃれにならないですけど」
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