431話 だますなら完璧に

 フロケ商会と関係者の移住に関しての協議をするために、閣議に市長のラボ・ヴィッラーニを招いた。

 俺のプランを聞き終えると、ラボは力強くうなずいた。


「治安の良さを利用して、生産者と商人の呼び込みですか。

確かに素晴らしい案です。

収入の増加も見込めます。

市としては全力で協力させていただきます」


 財政で頭を痛めていたらしく、珍しく積極的だ。

 ではこちらからの指示を伝えようか。


「受け入れた際に一つの前提がでてきます

彼らは市民ではありません。

特区のような形で、職人たちが働けるエリアの選定と準備をお願いしたいのです」


「承知致しました。

治安などの問題もあるので、場所は郊外になるかと思われます。

そこで一点確認したいのですが、彼らはラヴェンナ通貨を持っていないでしょう。

領主さまの定めたレートでは、彼らは困窮するのではないでしょうか」


 良い視点だ。

 ついうれしくなって、口元が緩んでしまった。


「そうですね。

冒険者特区のように隔離する手段と、しない手段があると思います。

冒険者と職人では、当然扱いも異なります。

そこで、実施プランを考えて来てください」


 ケース・バイ・ケースで判断することが大事だ。

 必要な大方針は決めておいた。

 後は彼らで考えてもらおう。


 ラボは俺の言葉に静かにうなずいた。

 すっかり自信もついたのと、俺が内政を皆の判断に委ねていることを知っているからだろう。

 

「承知しました。

もう一点確認ですが、労働者以外の家族も当然受け入れるのでしょう。

その人たちへの対応は、どのような方針をお考えでしょうか」


「方針とは?」


「将来的に市民として取り込むことをお考えなのかです」


 ほほう。

 これは、望外の成長だなあ。

 地位が人をつくるとはよく言ったものだ。


「そこは決めないでおきましょう。

彼らの判断に委ねますよ。

職人や商人は、それぞれ集団があるでしょう。

市の代表者会議にそれぞれの代表をゲストとして出席させてください」


 俺の発言に、周囲がざわめいた。

 ミルは少し難しい顔をして首をかしげた。


「良いの? 内部の情報を知らせるのは、アルが望まないでしょう?」


 やはり、ここでも問題点がでてきたか。

 仕方ないとは言え、これを指摘する気にならない。

 自分たちで気がついてくれるだろうか。

 これは、これで考えないといけないな。


「何かある度に陳情ではトラブル対応が、後手後手に回ります。

習慣が異なる人たちですから、不満を限界までためてやっと言い出す可能性だってあるのです。

それと職人はともかく、商人は統治形態を知りたがるでしょう。

人の繋がりや、誰とコネをつくるかには敏感な人達ですからね。

さらに中に入れた以上、隠す努力は大概無駄に終わるでしょうね。

必死に隠す労力を費やして、やっぱり駄目でした……では労力の無駄ですよ。

それならいっそ市の運営に関しては、実体を見せても良いでしょう。

こちらの事情を知れば、勝手に不満をためることも少ないでしょうからね。

さすがに閣議には出席させませんよ」


 ラボは俺の言葉に、納得顔でうなずいた。


「承知しました。

ではそのように取り計らいます」

 

 他人を中に入れる決断をした時点で隠すことは、半ば諦めた。

 マイナスの面がありはするが、やり方次第でプラスに変えることもできる。

 そう考えていると、アーデルヘイトとクリームヒルトが同時に挙手をした。

 2人で一瞬顔を見合わせたが、クリームヒルトは手をさげる。

 俺は、アーデルヘイトに視線で発言を促す。


「新しく来る人たちへの医療は、どう対応しましょうか。

勿論、何もしないわけではありませんが、お金を取るのかなどの判断です」


 市民への医療は、仕事中の怪我であれば無料で対応している。

 自己責任での怪我は、有償。

 病気に関しては、因果関係の立証が難しいので諦めた。

 お金がなくて、治療が受けられない。

 その結果として病気が流行してはたまらないので、思い切って無料にしてある。


 元々清潔で栄養もしっかり取るので、病気に掛かる人が少ないのもあったからだ。


「市が移住者の特区をつくるので、そこに医療施設をつくりましょう。

ただ……無料とはいきませんね。

そのあたりの方針を策定してください。

あくまで利益を出すのが目的ではありません。

そこだけは注意してください」

 

 アーデルヘイトは俺の言葉にうなずいた。


「ではとりまとめて、後日ご報告します」


 アーデルヘイトは善良だから、無理がない方向で決めてくれるだろう。

 俺は、クリームヒルトに視線を向ける。

 俺の視線を受けて、クリームヒルトはほほ笑んだ。


「私からは教育関係です。

子供たちに教育を施しますか?

する場合は、特区内だけで閉じるのか市民と一緒に教育するのか……ですが」


 こうやって、皆の成長を実感すると感慨深い。


「ラヴェンナでは15歳以下の子供は、働いてはいけません。

なので、学校に通わせるべきでしょうね。

そこでラヴェンナの習慣を知れば、多少はトラブルを防げるでしょう。

子供同士の喧嘩から、親にまで……そんな喜劇は出来るだけ避けたいですからね。

ですが、あまりラヴェンナの教育に染まると故郷に戻った後が大変そうですねぇ。

加えてラヴェンナ市民とは、知識水準が違いすぎます。

同じ教室では授業を受けるのは難しいでしょうね。

教師への負担が大変なことになりますから。

教育省で対応を検討しておいてください」


「分かりました。私も後日ご報告します」


 ここまできて、そろそろ必要な部署がでてきたな。


「通商省がそろそろ、必要になりますねぇ」


 俺のつぶやきに、皆が一斉に身構える。

 過去に省を立ち上げた苦労が、頭をよぎったのだろう。

 全員が遠い目をしている。

 そんな皆を見て、キアラが苦笑いした。


「誰に任せますの?

お兄さまには意中の人がいるのでしょうか?」


 いたら苦労しないのだよ……。

 俺は、肩をすくめた。


「いえ……全く。

むしろ推挙して欲しいくらいです。

商売が分かる人が必須ですね」


「耳目でフロケ商会に派遣している人から探してみましょうか?」


「ああ、それが良いですね。

キアラにお願いします。

誰もいなかったら、オリヴァー殿を顧問から引っこ抜くつもりですが……」


 俺の言葉に、クリームヒルトが遠い目をした。


「それ……テオから私への恨み言の手紙がすごくなりそうです。

多分1/2オフェリーくらいの分量になりそうで……。

一度愚痴り始めるとこれがまた長いのです。

ここはキアラさまが頼りです。

なんとか見つけてください……」


 旧魔族領の総督となっているテオバルトにすれば、現地で顔が利くオリヴァーは相当頼りになっているのだろう。

 しかし……オフェリーは単位なのか?

 当のオフェリーは少し憤慨した表情をしている。


「私のは愛の重さと厚みです。

愚痴ではありません」


 反論が微妙にずれているぞ。

 量が多いことは否定しないのね。


 オリヴァーの起用は最終手段なんだけどね。

 あの年齢では激務で寿命が縮みかねない。

 それは俺の本意ではないからだ。

 もしくは兼務して、誰かを鍛えてもらうか。

 



 後日の閣議で受け入れ案ができあがり、満足した俺は裁可を出す。

 これでラヴェンナ側は動き始めたわけだ。


 その数日後に、イザボー側と受け入れ希望を聞き取る場を設けた。

 そこで俺は一つ条件を出す。

 誰でも無原則で受け入れることはしない。

 職人や従業員以外の人に関してだ。関係者の家族は2等親以内にかぎるとした。

 親戚などが増殖して、安全そうだからと移住されても困るのだ。

 イザボーとしても、俺が紳士協定を破る相手には容赦ないことは知っているだろう。

 そのあたりは、キッチリやってくれるはずだ。


 イザボーの使いは、最終的な交渉を終えて急いで戻っていった。

 俺に同席していたキアラが、首をかしげる。


「イザボーさんを疑うわけではありませんが、完璧には守られないと思いますわ。

そもそも戸籍情報などは、戦乱で使えなくなっていると思いますの。

その場合は、どうされますの?」


「意図してだまそうとしないかぎり、受け入れますよ。

完璧にできないものを、必死に何とかしようとしても無理ですからね。

ただし、発覚したらその人は追放しますけどね。

勿論加担者には、罰金も科します。

だますなら最後までだましてほしいものです。

それなら演技料として、支出は覚悟していますよ」


 キアラは俺の言葉に、おかしそうに笑った。


「普通の人は、だまされたら怒るものですけどね。

お兄さまはだますなら、完璧にやれと言うのが面白いですわ」


「機密事項ではないですからね。

完璧を期せないことを、完璧にやろうとすれば、正直な人が最もワリを食います。

そしてずるいヤツは逃げおおせる。

個人的にそれが嫌なのですよ。

95人の正直な人のためなら、5人の噓つきくらいは見逃しましょう。

果物に多少ゴミがついていても見逃すくらいでないと、健全な社会は成り立ちませんからね」


 特にラヴェンナは多民族で構成されている。

 よく言えば寛容、悪く言えばいい加減さがないと成立しない。


「そのあたりが、一つの目安なのですか?」


 社会に絶対の正解は有り得ない。

 それを思い起こして、俺は肩をすくめる。


「だいたいの目安に過ぎません。

ケース・バイ・ケースですよ。

見逃しすぎると、約束を守る人が馬鹿を見るでしょう。

ちょっとくらい……そのあたりの感覚的なものですよ」

 

 キアラは何か思い出したように、小さく笑った。


「エイブラハムさんは苦手そうですね。

あの人かなりキッチリしていますし。

歩く規律とまで言われていますよ」


 ああ、理屈大好きのエイブラハムはそんなタイプだよな。

 だからこそ法律を任せているわけだが。

 利害が絡む部分なので、厳格な運用が望ましいからだ。


「今回にかぎっては、プリユラ殿の感覚がちょうど良いと思いますよ」


 トウコは義理人情タイプで、決まりは守るが仕方ない事情があればそれを考慮するタイプ。

 高いモラルを求められる警察にはわりマッチしている。

 あまりにガチガチだと、末端の警察官まで杓子定規に取り締まってしまうからな。

 そうなると社会全体が萎縮して悪い方向に向かう。


「だからお兄さまは、トウコさんに警察を任せたのですね。

最初は腕っ節が強いからだと思っていましたけど、すごく良いバランス感覚で治安を維持していますもの。

お兄さまの目利きは、相変わらずすごいですわ」


「大した話じゃありません。

種族や経歴を一度取っ払って、その人の行動を見れば良いのですから。

人が起用を間違うときは、先入観や自分の願望などのノイズが強くなったときですよ

力を抜いて静かに観察すれば、誰でもそう間違わないですよ」


 キアラは突然小さく頭を振った。


「そんな風に人を包み込むから、たらし込まれる女性が後を絶たないのですわ。

さすがにもう控えてください。

そうでないと、入浴中に押しかけますわよ」


 たらし込むって……俺のせいかよ!!

 しかもマジでやりそうだから怖いわ!!

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