432話 身体強化魔法のデメリット

 今晩は、オフェリーの部屋にいる。

 前は肩もみだけで満足していたが、最近はおねだりされるレパートリーが増えた。

 それは膝枕。

 誰に聞いたのか……。

 ミルしかいないか。


 しかも、されるのではない。

 俺がするのだ。

 野郎の堅い太ももに、頭乗っけて何がうれしいのか……。

 本人が喜んでいるから良いけどさ。


 しかもオフェリーは、普段から長い髪をアップスタイルにしている。

 膝枕のためにわざわざ髪をほどく。

 俺に膝枕をされながら、その日の出来事を時系列で話す。

 いや、読み上げる感じだ。

 そう……歴史年表の読み上げに近い。


 オフェリーなりのコミュニケーションだから構わないけどね。

 たまに出来事に感想を混ぜる。

 そのときは俺の返事が欲しいらしい。

 気がつかないと悲しそうな目で見つめられる。

 だから結構油断ならない。


 今日は突如その読み上げが止まった。

 俺を見上げながら、難しい顔になる。

 そして1メートル以上ベッドから離れている机に、手を伸ばそうとしている。

 膝枕の体制はキープしてだ。


「オフェリー。

素直に起きて取りにいけば良いのではないですか?」


「この至福のときが減ってしまいます。

なんとかこの状態を維持して、引き出しを開けられないかと……。

なんて意地悪な引き出しなのでしょうか」


 なんで引き出しのせいなんだよ。

 1分ほど手をバタバタさせていたが、諦めたのか深いため息をつく。

 決心した顔になって、ダッシュで机に向かう。

 引き出しからさっと手紙を取り出して、俺の所に戻ってさっきの体勢に戻る。

 所要時間5秒。


 あきれるような早業だ。

 事務仕事が得意でありながら、運動神経が良い。

 身体能力では5人の女性陣の中で一番高いかもしれない。

 黙って俺に手紙を差し出す。

 マリーからの手紙か。


 手紙に目を通すことにした。

 内容は近況報告だな。

 ちょっとした申し出もあったが。

 これのことかな?


「マリー=アンジュさんからですね。

これが何か?」


「使徒の状況報告は、私にはどうでも良いのです。

マリーからの申し出にあったお米のことです」


 戦乱であっても使徒のお膝元に攻め込む馬鹿はいない。

 それで頼ってくる人が増えて、一時期自信喪失して精神の均衡を失っていた使徒が少し自信を取り戻しているらしい。

 食糧難に対応するために、張り切って魔法の農地を拡張し稲作を始めた。

 魔法の農地なので、収穫までの速度が1週間。

 元々米は1粒から30粒実る効率お化けだ。

 食糧難の対応にはバッチリと考えたのだろう。


「良かったら種もみを提供しようかと申し出ていますね。

多分、こちらを心配しての親切心でしょうか」


「はい。 

それでアルさまの私への寵愛が深まれば良い……と思っているでしょう。

良くも悪くもマリーはそんな思考をしますから。

この申し出をアルさまはどうお考えですか?」


 プライベートで俺の呼び名を、そう変えている。

 キアラをまねてのおねだりポーズまでしてだ……。

 好きに呼んで良いと言ったが、ミルへの遠慮からか後ろに『さま』をつけているようだ。


 オフェリーは妹と手紙のやりとりはちょくちょくしている。

 姉妹の仲は良いのだろうな。

 マリーへの返事は、わざわざ俺に見せて許可を求めてから出す。

 外部への情報と認識しているようで、信用しているから見せなくても良い……と言っても絶対見せてくる。

 オフェリーなりのスキンシップらしいので、本人の好きにさせている。


「親切心ではあるのでしょう。

一つ大きな不安があるのですよ」


 オフェリーは眉をひそめた。


「またあの人が、ラヴェンナに絡んでくるのです?」


「ないですよ。

私が土下座してお願いすれば、来るかも知れませんけどね。

そうでなければ絶対に来ませんよ」 


「では不安って何でしょう?」


「その種もみですよ。

普通の種もみなら、一考の余地はあります。

ただ……1週間で収穫できる畑からってのが気になるのですよ」


「あの人の耕した魔法の畑でしか、1週間で実りませんよ。

他の畑では普通の成長速度なはずです」


 その種もみを植えて、何世代も経た後までは見ないだろう。

 だから、気になることがある。

 

「そもそも魔法で生み出したものは永続しません。

魔法で強引に成長を促進させた。

そんな作物は、本当に普通の種もみと同じなのですか?」


 俺の問いかけに、オフェリーは難しい顔をして目をつむった。


「普通ではないとおっしゃるのですね」


「たとえは正確ではありませんが、身体強化魔法みたいなものです。

あれは無理に、力を引き出すものですからね。

副作用として魔法が切れたあと、効果に比例して体力消耗するでしょう。

体力の前借りですね。

以前に実験してもらったら、それ以外にも良くない副作用もあったじゃないですか」


 以前身体強化の副作用を実験してもらった。

 体力の消耗は知っていたが、それだけなのかと。

 切れたあとに、オフェリーとデスピナに魔法で被験者の身体を確認してもらった。


「そうですね。体の中が痛んでいましたね。

勿論自然治癒する程度でしたけど。

もし強力な身体強化をかけたら……治癒しきれないほど痛むかも知れません。

教会の古い資料で見たのですが、老騎士に強力な身体強化をかけて、往年の力を取り戻させた王がいたそうです。

効果が切れたときに、亡くなったとありました。

そのときは体力が尽きたからだと思っていましたけど……。

あの実験のあとでは、違う原因じゃないかと思っています」


 老人にそんなことをしたら、かかる負荷はとんでもないものになるだろう。

 多分……体の器官のあちこちが損傷して、死に至ったのではないか。


「作物の成長は前借りではありません。

ですが、何かデメリットがあるのではと思うのですよ。

自然の摂理を曲げて、ノーリスクとは考えにくい。

ノーリスクなら、自然と植物が魔力を吸収して成長が早くなるように進化したと思いますよ」


「植物は意志を持って魔法を使えないと思いますが、そんなこと可能なのですか?」


 植物は感知のように、周囲の反応を知ることができる。

 それを特殊とはいえエルフに伝えることができる。

 もしくはエルフから植物にアクセスしているのか不明だが、何らかの魔力でやりとりをしてるのだろう。


 進化は意識して起こらない。

 同じ種でも、個体差というブレ幅がある。

 その幅の中から、環境に適した種が生き残る。

 徐々に、そうやって進化すると思う。


「生き物は同じ親から生まれても、ある程度は似ているでしょう。

でも全く同じではなく差がありますよね。

生存競争がある環境であれば、有利なものが生き残ります。

動植物の世界は、その生存競争が過酷です。

植物でも、魔力によって成長が早まる種がでてきても不思議ではないですよ。

魔法で成長促進するのです、魔力が成長に何らかの関わりがあるのでしょう。

そして成長の早さは、生存競争に有利です」


 DNAの存在や進化論はこの世界で知られていない。

 それ抜きで説明したが、伝えられた自信が全くない。

 そもそもDNAがあるのかすら謎だ。

 

 オフェリーはウンウンうなっていたが、深いため息をついた。


「アルさまの理屈は、あとでゆっくり考えてみます。

種もみは普通のものではない可能性があるとお考えですか?」


 遺伝子組み換えとかそんなレベルじゃないよな。

 成長だけ早くなったなど都合が良いものだろうか。

 余りに、成長が早すぎる。


 こんな懸念を感じたのは、この世界は魔法で一時的にでも物質を具現化できるのだ。

 転生前より簡単に物質がつくられる。

 逆説的だが、この世に核分裂性物質があったとして、その核分裂エネルギーは転生前のそれよりずっと小さい気がする。

 転生前に実現はしていなかったが、原子を結合して物質をつくる理論が構築されたとしたら、実現に必要なエネルギーは膨大なものだろう。

 つまりは、膨大な魔力によって強制的に成長を促進された作物の種子は、成分が本当に同じなのかだ。

 とても興味深いが、それだけを調べている時間は俺には与えられない。


「確証はありません。

調べていませんから」


「送ってもらってから調べるのではいけないのですか?」


「仮に危険が分かった場合、問題が大きくなりすぎます。

もらったことは隠せません。

そして使わないとしたら、理由を明かす必要がありますよ。

仮に嘘をついてごまかしたら、状況が変化する度に新たな嘘をつく必要に迫られます。

そんな小さな嘘をつくメリットと必要な労力やデメリットを計算すれば、割に合いません。

さらに面倒なことが待っていますよ」


 オフェリーは無表情だったが小さくため息をついた。


「面倒なことは、なんとなく想像がつきます……」


「事実を公表したら、使徒は私からの報復でデマを流していると思うでしょう。

それに使徒のお膝元で、大パニックが起こりますよ。

そうすると使徒は、対抗措置をとるでしょうね」


 オフェリーは俺の言葉に、初めて見る不快な表情を浮かべた。

 ぼかしたがその意図は伝わったのだろう。


「あの人は、相手からの憎悪は嫉妬していると思い込みます。

嫉妬と決めつけるのが、大好きな人でした。

ただ……他人からの軽蔑や無視は最も苦手だと思います。

アルさまの無視は、そうとう堪えていると思いますよ。

誰からも注目されて愛されることが、あの人にとっての常識ですから。

報復行為をしていると思い込んだら……また訳の分からない理由をつけて乗り込んできますね」


「仮に公表しなかったら、米は収穫効率が良いのに使わないのはおかしいと騒ぎだすでしょう。

その程度なら良いのですがね。

しまいには他の人たちに、その米をばらまきかねないのですよ。

私への当てつけにね」


 オフェリーは不快からうんざりした顔になっていた。


「確かにアルさまに問いただす度胸はありませんね。

当てこすりが限界でしょう。

もし危険だとしたら、食べた人にどんな悪影響がでるのでしょうか?」


「分かりません。

私の取り越し苦労かも知れませんからね。

ただ……そんな安全が保証されないものを、領民に食べさせる訳にはいかないのですよ」


 オフェリーは、少ししょんぼりした。

 妹のことが心配なのかもしれないな。


「そうですか……」


「マリー=アンジュさんに返事をするなら、米ばかりだと栄養のバランスが偏りがちになる。

だから健康には注意するように言うくらいですね」


 オフェリーはうれしそうにほほ笑んだ。


「有り難うございます。

アルさまの以心伝心はとても幸せな気持ちになれます。

マリーには提供を断って注意を促しておく……これが限界ですよね」


「でしょうね。

こんな話は、やっている当人が気をつけるべきですが……。

無い物ねだりでしょうね」


 魔力を大量に含んでいるのか、何らかの副作用がある性質に変化したのか。

 もしくはただ、腹が膨れて栄養にはならないのか。

 俺の知識では、どうしようもない。

 ミルでも鑑定できるのか怪しいな。

 植物であるのかすら怪しいのだ。 

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