430話 呼び水

 税の話をした翌日に、イザボーから面会要請があった。

 いつもなら、事前調整をしてから申し込みがある。


 すっとばしてアポなしの面会依頼は本来ならば非礼になる。

 それを承知でも面会を急いだ理由については予想がついている。

 こちらからもイザボーには申し出があったので、実は渡りに船であった。


 応接室にキアラを連れて向かう。

 今回あえてキアラを指名したのは、耳目の活動とも関係があるからだ。

 

 そのあたりは、皆まで言わずともミルには通じている。

 俺にほほ笑みつつ、黙ってうなずいた。


 応接室に入ると、イザボーが起立して深々と一礼した。


「アルフレードさま、突然の訪問をお許しください。

本来であれば……」


 俺は手でイザボーを制して、着席を促す。

 かなり焦っているな。

 補佐官が持ってきたお茶に、口をつて一息つく。


「イザボーさん。

面会の理由の察しはついています。

戦乱で商品の納入がままならないのでしょう」


 イザボーは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにほほ笑んだ。


「アルフレードさまにはお見通しでしたか。

おっしゃる通りに、フロケ商会は懇意の職人たちや仲買人から商品を仕入れています。

戦乱で職人の仕事場も荒らされて、仲買人も散り散りになってしまいました。

しばらく納品ができない……というおわびに参りました」


 かなり参っているようだな。

 化粧をしているが、目の下にくまがうっすら見える。

 そんな状態の人に意地悪などする気はない。


「おわびは結構です。

以前に情報収集で助力をしてもらいました。

そのお返しではありませんが、一つ提案があるのです」


 イザボーは驚いた顔になる。

 ポーカーフェースを装う余裕すら無くなっているか。


「お言葉はとても有り難いのですが……。

売るものがない商人は、なんの役にも立ちません」


「懇意にしている職人たちは無事なのですか?」


 イザボーは力なく笑った。


「不幸中の幸いですが、すぐに逃げたので命だけは助かっている状態です」


「よろしければその職人たちを、ラヴェンナで保護しましょうか。

働けるように職場も用意しましょう。

戦乱が終わったら戻っていただいて構いませんよ」


 イザボーの目が点になった。

 一瞬ぼうぜんとした顔になったが、すぐに真顔に戻る。


「そこまでしていただける理由は何でしょうか。

情報のお礼にしては、余りに過分な気がします。

勿論……当商会にとっては願ってもないお言葉ですが」


「ラヴェンナとしても利益があるからですよ。

戦乱であろうと需要自体は減りません。

ぜいたく品でない限りですがね。

当然必需品ですら高値で売れるわけです」


「仮に作れたとしても、安全に輸送することすらままなりません……。

流通もほぼ死にかかっているのです。

海では海賊が、陸では傭兵と言う名の賊がのさばっています」


 そこは勿論織り込み済みだ。

 俺はイザボーに笑いかける。


「本家の港湾を流通拠点にすれば良いでしょう。

買いたい人は、そこに来てもらえれば良いのです。

海上輸送に関してはラヴェンナの海軍が護衛しましょう。

他領まではさすがに護衛できません。

買い手に領外での安全は、独自に確保してもらう必要がありますけどね」


 イザボーは、口をパクパクさせていた。

 それを見たキアラは、小さく笑った。


「なるほど、お兄さまのおっしゃっていたアテとは、このことだったのですね」


「護衛は勿論、タダではできません。

職人のもうけにも、税金はかかります。

材料にしても代金は支払ってもらいますから、もうけは以前より減るでしょう。

それでも安全なのと、流通が確保できるメリットは計り知れないと思いますよ」


 イザボーは俺とキアラの顔を交互に見てから、深々と一礼した。


「今はどんなものにでもすがりたいときです。 いくら感謝してもしきれません。

治安が保証されているラヴェンナで仕事をさせていただけるのは、本当に有り難い話です。

ぜひともお願い致します」


「多分、フロケ商会の人たちも今路頭に迷いかけているでしょう。

落ち着くまではラヴェンナへの居住を認めますよ」


 イザボーは、再び深々と一礼する。


「何から何まで、感謝の言葉もありません。

このご恩は、必ずお返しします」


「こちらに来るときには、護衛をだします。

そのあたりの調整は別途しましょう。

見返りではありませんが、ラヴェンナから一つ頼みがあります」


「アルフレードさまはむちゃな要求はだしませんね。

私にできることでしたら、どのようなことでも」


 俺は、キアラにアイコンタクトを送る。

 キアラは俺にほほ笑み返す。


「外部の情報が、今以上に重要になりますの。

ラヴェンナからのフロケ商会への派遣人数を増やしていただきたいのですわ」


 イザボーは少し複雑な表情になった。


「その程度でしたら、お安い御用です。

アルフレードさまに言われたお返しをとっておくつもりでしたけど、過分なまでにお返しをしていただきましたね」


 何か予定していた頼み事があるのか?


「希望があるのでしたら言ってみてください。

何でもかなえるとは保証できませんけどね」


 イザボーは少し悩んでいたが、再び大きく息を吸って俺を真っすぐ見つめる。


「ラヴェンナから派遣されている、リベリオ・タレンギをご存じでしょうか」


 俺はキアラに目配せする。

 さすがに名簿までは覚えていない。

 キアラは俺にほほ笑む。


「ええ、人間で30歳。

なかなかのハンサムで、頭も良いですわ」


 なんとなく見えてきたな。

 以前お返しは仕事の話と言っていたが、照れ隠しだったのか。

 だが……俺から言ってしまうのも、格好がつかないだろう。

 わざと惚けることにしよう。


「そのタレンギさんがどうかしましたか?」


「よろしければ……その……彼との結婚をお許しいただけないでしょうか。

私はもう行き遅れで結婚は諦めていたのですが……」


 20前に結婚が、ほとんどの世界で30近くだからな。

 商会を継いで忙しくしている間に、さらに機会を逸したのか。


「彼は何と?」


「アルフレードさまに低い身分から拾っていただいた身で、勝手にラヴェンナを離れることはできない……と」


 なるほど。


「良いですよ。

おめでたくて結構ではありませんか。

最近はロクでもない話ばかりでしたからね」


 俺の軽い返事に、キアラも驚いている。

 イザボーも、拍子抜けといった感じでポカンと口を開けている。

 慌てて真顔になった。


「よ……よろしいのですか?」


「ラヴェンナ市民同士でしか結婚を認めない法律なんてありませんからね。

結婚に必要ならば、タレンギさんが別領の住民になっても良いですよ。

もしくはイザボーさんが、ラヴェンナの市民になっても良いです。

さすがにこんなご時世では、人の流出を認める領主はいないでしょうけどね」


 イザボーは、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。


「そ……それに関しては、商会に戻って相談させてください。

まず職人や商会の皆の移住について早急にまとめてきます。

それが終わってからになりますが……」


「ええ、構いませんよ」


 何度も俺に頭を下げながら、イザボーは部屋を出て行った。




 気がつくと、キアラは俺をのぞき込んでいた。


「お兄さま。

確か平定後は、基本的に市民としての受け入れはしないとおっしゃっていましたよね?」


「ええ、ラヴェンナに、利益をもたらすか分からない人には与える気はありませんよ」


「確かにイザボーさんとは、持ちつ持たれつでやってきましたわね。

つまり過去に、ラヴェンナに対して功績があれば受け入れても良いとおっしゃるのですね。

もしイザボーさんが、市民になることを選んだら準市民からですの?」


「ラヴェンナ市民と結婚して過去に功績があるなら、そのまま市民として認めて良いでしょう。

それがないなら、準市民からですね」


 キアラは納得したようにうなずいた。


「なるほど、そのあたりの正式なルールも決めたほうが良さそうですね。

それと生産と販売を、ラヴェンナで行うと確かに利益になりますけど……。

必要な増額を満たすほどになりますの?」


 俺はキアラに悪戯っぽくウインクした。


「これを聞きつけたら、他の商会も頼みに来るでしょう。

彼らも生き残りに必死ですからね。

その場合は、非市民として扱います。

結構な数が、ラヴェンナに逃げてきますよ。

商人たちの呼び水としての厚遇です。

単に助けるつもりだけで、ああしたわけではありませんよ」


「はいはい。

お兄さまの露悪主義には慣れましたわ」


「いや、本当なのですが……」


「余りやりたくないとおっしゃっていたのは、どんな理由からですの?」


 キアラに何か風の音がした……と言わんばかりにスルーされた。

 スルーされたことを詮索しても無益なので、俺は諦めて小さくため息をついた。


「これでラヴェンナはかなり目立ちます。

富があると思われて、海賊やよそから狙われる可能性が上がるのが一つ。

警察と裁判の負担も相当重くなるでしょう。

警察官を増員しても、教育が追いつくのか……。

そして一時的な移住に対応するために警察官を単純に増やすとしましょう。

彼らが去った後……警察官が余る可能性があるのですよ」


「確かにそうですわね。

人の流入が増えるなら、耳目も領内調査の人員を増やしたほうが良さそうですわ。

何事にもプラスとマイナスがあるものですわね」


 反論する気もない俺は、肩をすくめた。


「だからこそ、統治は簡単ではないのですよ。

プラスとマイナスの間を、ずっとバランスをとって行く必要がありますからね」


「プラスだけを伸ばさないのですか?」


「プラスとマイナスは、基本的にコインの表と裏ですよ。

マイナスを完全に消そうとしたら、プラスまで消えるものでしてね。

プラスが消えない程度にマイナスの面を消すバランス感覚が要求されます」


 気がつくとキアラはいつの間にか、メモをとっていた。

 俺の視線に気がつくと、小さく笑ってため息をついた。


「お兄さま学はまだまだ、奥が深いですわ」


 よく飽きないよな……。

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