429話 税金と予算

 ラヴェンナに戻ってから寝不足です。

 はい。

 それでも政務は待ってくれない。

 むしろ、昼間は、別に居眠りしていても構わないとまで言われる始末。

 確かに、俺が不在でも運営できているからこその言葉だが……。

 どうにも、落ち着かない。

 だが無理に口を出すこともないので、たまに意識を失うに任せている。



 おおむね運営は問題ないが、内閣の会議上で一つ気になる話題が出てきた。


「増税ですか?」


 ミルは報告書に、目を通しつつうなずいた。


「各部署としてもやりたいことはたくさんあるけど、予算の関係で後回しになっているみたい。

それで可能なら、予算確保をしたいって。

これから本家への援助もあるから、予算が不足するかもしれないと……不安みたいね」


 ラヴェンナの税金は、俺の強い意向でシンプルにしてある。

 ラヴェンナ市民の基本税率は5パーセント。

 収入に対して課せられる。

 準市民は7パーセント。

 非市民は10パーセント。


 生活必需品への課税は、厳禁と通達している。

 また、生活必需品の売り上げに対する税を半額にする代わりに最高価格を決めてある。

 最高価格は毎年査定することと決めた。

 基本的には変わらないが、災害などの諸条件で作るだけ赤字になっても困る。

 ここを放置すると、簡単に市民生活は崩壊してしまう。


 非定期の税は相続税。

 ただし、3等親までの相続は非課税。

 これは子供の教育と福祉、戦傷や病気などの原因で自活が難しくなった兵士たちへの援助につかう目的税としてある。

 ラヴェンナ地方は古代ローマに似て、恩人などに遺産を譲るケースがとても多い。

 相続税、死亡税などの面倒なものがないからだろう。


 他領では、他人に贈る余裕などない。

 それどころか、それなら領主にささげろと没収されたケースまである。

 この話をしたときは、族長たちが渋い顔をした。

 俺が苛斂誅求かれんちゅうきゅうするとは思っていないが、染みついた拒否感は拭えない。


「ラヴェンナの子供たちや、戦って傷ついた兵士たちにも支援をしてほしいのです」


 目的税としたことで、これも公共の名誉ある奉仕と考え納得してくれたようだ。

 3等親までの相続は非課税との説明も併せることによって、ただ税金を取るつもりではないと理解も得られた。

 その際に俺は頭をよぎった小プリニウスの頌詞の一部を引用する。


「近親者を失って悲しんでいる人に、資産を失う悲しみと悩みまで付け加えるべきではありません。

それはわれわれが努力して目指す社会とは違うものです」


 このセリフを聞いた族長たちに妙に感心されてしまったので、パクった後ろめたさが結構あった……。


 これだけの税収だと少ないと思うが、ラヴェンナは元々首長制に近い社会体制で生きていた人たちの集まりだ。

 封建制の中では生きられずに、封建制と首長制のはざまに生きている。


 そんな社会は、有力者が庇護民の面倒を見る。

 もしくは近所同士での相互扶助が原則だ。

 近隣部族との抗争で父親が戦死すれば、親戚や親しかった人が未亡人や遺児の面倒を見る慣習になっている。

 良くも悪くも個人主義でやれる世界ではない。

 

 転生前のように詳細かつ巨大な官僚制を構築する必要と実現性も薄い。

 最低限の統治機構を用意して、従来の社会で及ばない部分のフォローをする形態を取った。

 それでも人手不足なので、人材の争奪戦となっている訳だ。


 住民たちの自助に乗っかっているので、低税率でもやっていける。

 そして首長制に近い社会体制なので、公共への奉仕が名誉とされる。

 蓄財のみに執着して他者を顧みないものは、当然の帰結だが軽蔑や指弾されるのだ。

 本人はその財力で守られるだろうが、死後に遺族を待っているのは社会的孤立。


 葬儀で集まる人数を発表するのは、転生前はバカバカしいと思っていた。

 いざ社会を統治する立場になると、個人の獲得した名誉のバロメーターでもあり遺族の今後にも影響すると気がつかされる。

 孤立すると遺族に困難があっても、社会から見捨てられる。

 それが教訓となって、社会的常識になる。

 個人主義でやっていけない社会では、大切なことだ。

 近代のような発達した社会なら、それでもやっていけるがな。


 農業にしても、麦1粒から5粒しか収穫できない。

 改良は進めているが、来年から倍の収穫量になりましたなんてマジックはない。


 米のように1粒から30粒収穫できる、超効率的な作物ではない。

 麦には連作被害もある。

 米なら年貢米として6、7割徴収しても、一応やっていける訳だ。

 そんな負担では、当然厳しい生活にならざる得ない。

 そこまで取らないから米にすれば良い……と言うのも短絡的で、その習慣がラヴェンナにはない。

 気候に適した品種がある訳でもない。

 無理に変えるのは投機的すぎて、無理がある。

 なので米は俺の頭からは追い出している。

 誰かが提案して、実験を繰り返して根付かせるまではな。

 

 そんな税のことを思い出しつつ、この問題は考えないといけないな。

 俺が最初に意見を言うと、それで決まってしまう。


「皆さんの意見を、まず聞きたいですね」


 冒険者担当大臣のシルヴァーナは、渋い顔をしている。


「ラヴェンナは税金が安いわね。

だからといって増やされて楽しい話じゃないわねぇ。

どうしても必要なの?」


 庶民的な視点で、結構役に立つ。

 違う視点と発言を確保することは、会議においてとても大切だ。


 公衆衛生大臣のアーデルヘイトは、難しい顔になる。


「確かに念のための予算ってあると安心ですね。

でも……安心するから増やすってのも、何か違う気がしますね」


 俺が無理な運営をしないことを徹底しているので、安易に増やす意見は出てこない。

 教育大臣のクリームヒルトは、手元の資料に目を通している。


「教育省としては今の予算でやりくりできています。

予算が増えたら、確かにできることは増えますけど……。

将来的に歯止めが利かなくなりそうで怖いですね」


 建築・科学技術大臣のオニーシムは、ひげをいじりながら難しい顔をしている。


「ウチとしては金は幾らあっても、困ることはないとだけ言っておくか。

だが、絶対に今必要かと言われても……難しいところだ。

未来への投資みたいなものだからな」


 開発大臣のルードヴィゴも、難しい顔だ。


「結構な人数のエンジニアを、本家の支援に派遣していますからね。

予算だけあっても回せないので、現在はメンテナンスと最低限の開発にとどめています。

だから、私としては特に増税の必要はありません」


 農林大臣のウンベルトは、少し申し訳なさそうな顔をしている。


「食糧関係は予算がカツカツで、こんな雰囲気で言い出しにくいのですが……。

私としては予算の増額が望ましいです。

本家への食糧輸送もありますから」


 水産大臣のジョゼフもうなずいている。


「船が急に増えて、その関連で予算が厳しい状態ですね。

船のメンテナンスコストも馬鹿になりません。

私も、増額を希望します」


 警察大臣のトウコもうなずいている。


「住民が増えて、軽いトラブルもそれなりにある。

今は何とかやっているが、何かあると危ないな。

担当範囲が一気に増えて、まだ完璧に軌道に乗っていない。

警察としては増額を希望する」


 警察など危険がある仕事は、名誉とされている。

 それだけでなく給料も高いので、転生前と違い人気の職業だ。

 安月給で名誉ある仕事だからと言うのは、どうにも俺は納得できないのでそのようにした。

 高給かつ名誉ある仕事だからこそ、高いモラルを要求できると思っている。

 そうなると人気も高いわけだ。


 法務大臣のエイブラハムは、分厚い資料をパラパラめくっていた。


「こちらは平定後のトラブル増加を見越して、大幅な増員をしてもらいました。

訴訟や裁判は滞りなく処理できているので、法務省は当面は現在の予算で問題ありません」


 軍事大臣のチャールズは、珍しく渋い顔だ。


「表向き治安は安定していますがね。

今はギリギリのラインでの安定といったところです。

変事があると針の穴から崩れる危険もありますなぁ。

なにせ行政が把握する領域が急増しましたからね。

トラブルの予防的な措置ですが、増額をしてもらえると助かりますな。

特に軍事は事後処置になると、予防よりかかるコストが段違いです」


 キアラも、少し申し訳なさそうな顔をしている。


「耳目の活動が、すごく忙しくなっていますの。

やりくりで対応できる範囲を超えかかっていて、増額をお願いしようと思っていましたわ」


 食と治安、情報関係では増額したいと。

 妥当な要望だな。

 これで一通りは出たか。


「市長からも増額の打診が来ていますね?」


 オフェリーは、少し思い出す顔をしてからうなずいた。


「アルフレードさまが、本家に出向いているときから要望が上がっていました」


 なるほどなぁ。

 俺の見解を出すか。


「仮に増税するなら、臨時として1度きりの特別ですね。

恒久的に増税すると、本家への援助に不満を持つ人たちが増えますから。

それは安全保障上のウイークポイントになります。

臨時の税を課すにしても、まだそのときではないでしょう。

とはいえ緊縮財政に舵を切ると、それによって収入を得ていた人にダメージが及びます。

ラヴェンナの公的な支出は、全て民間の利益として回していますからね。

ですがいたずらに現状維持をしても崩壊したときの処理は、大変なものになりますね」


 民衆にとっては不規則な課税ほど困るものはない。

 税金に対するスタンスは北条氏康に習っている。

 負担は明確にして簡素化することを旨とする。

 俺独自の考えより先人の功績で有効であれば迷わず採用する。


 ミルが俺の言葉に、大きなため息をついた。


「つまり増税はせずに必要な支出は増やすのね。

そんなお金の出てくる魔法のツボなんてあるの?」


 ツボって言われると、あの殿下をつい連想してしまった。

 笑いだしそうになるのを堪えて、真面目くさった顔をする。


「まず、増額が必要な部署は必要な額の見積もりを出してください。

そこから考えましょう。

手は一応ありますからね」


 チャールズが、興味深そうな顔になった。


「ほう、ご主君には何かアテがあるのですな」


「さすがに一気に増やせません。

徐々に収入を増やせるかと思います。

この際仕方ありませんね」


 キアラは何か気がついたようだ。

 俺にほほ笑みかける。


「石鹸を輸出しますの?」


「残念。

平和な時期ならともかく、今はそれどころではないでしょう。

ともかく概算が出てきてから考えますよ。

安易に増税するより、知恵を絞って何とかしましょう。

ラヴェンナ市民権は魅力がある市民権であるべきです。

それが治安維持と経済発展の強い武器になりますからね」

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