428話 閑話 満たされない女たち

 アルフレードと別れて、ミルヴァは屋敷に入る。

 親衛隊が扉を開けると、いきなり紙吹雪が舞った。


「お兄さまお帰りなさい!」

「旦那さま、お帰りなさい!」

「アルフレードさま、お待ちしていました! お帰りなさい!」

「アルフレードさま、お帰りなさい。 遅いですよ……」


 キアラ、アーデルヘイト、クリームヒルト、オフェリーが、満面の笑みで待ち構えていた。

 紙吹雪にまみれたミルヴァは硬直。

 

 3秒ほどの沈黙のあと、キアラ、アーデルヘイト、クリームヒルト、オフェリーがミルヴァの後ろをのぞき込んだりしていた。

 やっと硬直がとけたミルヴァは、少しバツの悪い顔になる。


「アルはマガリさんに呼ばれて、先にそっちに行ったわよ」


 4人は、目に見えてしょんぼりした。

 キアラは、慌てて作り笑いを浮かべる。


「あ、お姉さま。

お帰りなさい」


 ミルヴァはキアラのとってつけた言葉にひきつった笑いを浮かべる。


「気持ちは分かるけど……。

ちょっと傷つくわよ」


 アーデルヘイトも視線を泳がせている。


「ミルヴァさまはずっと、アルフレードさまと一緒だったから良いじゃないですか」


 クリームヒルトも我に返って、ぎこちない笑いを浮かべている。


「そうです。

私たちはアルフレードさま欠乏症なんです。

少しくらい大目に見てください」


 オフェリーは扉の外に出て、必死にアルフレードを探したが、肩を落として戻ってきた。


「お預けプレイですか。

切ないです……」


 ミルヴァは4人を見渡して、小さくため息をついた。


「禁断症状がすごそうね……。

アルは結構疲れているから、スキンシップは程ほどにね」


 4人の白い目に押されて、ミルヴァは視線を泳がせた。

 キアラがミルヴァを、ジト目でにらむ。


「お兄さまの匂いをプンプンさせて満ち足りているから、そんな余裕があるのですわ」


 アーデルヘイトがキアラに同調してうなずいた。


「そうです。

私たちは飢えているのです! 体がうずいているのです! 筋肉でアル成分は満たされません!」


 クリームヒルトは、少し遠慮がちに苦笑する。


「勿論、アルフレードさまのことは最優先ですけど……。

いざその場になると自制できるか、ちょっと自信がありません」


 オフェリーはミルヴァの肩に、手を置いた。


「私たちは頑張ったのです。

禁断症状に耐えて、心配をかけないように政務に励みました。

ご褒美を要求します」


 4人のプレッシャーに、ミルヴァは頭を強く振った。


「と、とにかく、アルが来てから考えるわよ!」



 執務室にミルヴァを先頭に入室したが、再びミルヴァは硬直した。

 視線の先は、アルフレードの席。


「アルくん人形……まさか増やしたの?」


 あの人形が鎮座している。

 キアラが、フンスと胸を張った。


「ええ、執務室と内閣の会議室、あと皆さんのお部屋に各一体。

オフェリーが張り切ってくれましたの」


 あきれつつもミルヴァは、人形をマジマジと眺める。


「気のせいじゃないわよね。

これクオリティー上がってない?」


 オフェリーが誇らしげに、胸を張った。


「最新世代のアルくん人形です」


 ミルヴァは真剣な目で、人形に触っている。


「職人芸の無駄遣いね……」


 オフェリーは憤慨した顔になる。


「無駄ではありません、重要技術です!!」


 笑っていたアーデルヘイトが、何かに気がついた顔になる。


「ミルヴァさまも欲しいのですか?」


 ミルヴァは人形を凝視して、ぎこちない笑いを4人にむける。


「そ……そうね、確かに欲しいかも……。

で……でも、一般に売り出すのは禁止よ!!」


 キアラは満面の笑みでうなずく。


「勿論、アル友会員限定ですもの」


 クリームヒルトも真面目くさってうなずいた。


「広まったら、アルフレードさまは、本気で嫌がりますからね。

私たちの間なら、苦笑して認めてくれますよ」


 オフェリーはフンスと胸を張った。


「じゃあ、予備をあとでお渡ししますね」


 ミルヴァはその言葉にひきつった笑いを浮かべた。


「よ……予備があるのね……。

その話は、アルにしないほうが良いかも……」


 キアラは天使のような、まばゆい笑顔になった。


「これは女だけの秘密ですもの。

幾らお兄さまに頼まれても教えられませんわ」


 ミルヴァは突然真面目な顔になった。


「ところで、ラヴェンナの政務で問題は出てない?

アルは皆からの手紙を見て、無表情だったわ。

多分、何か問題の気配を感じたんだと思うわ」


 4人は、お互いに顔を見合わせた。

 全員が不思議な顔をしており、全く心当たりがないといった表情。

 ミルヴァは首をかしげて、眉をひそめた。

 

「手紙を私は見てないのよ。

皆からアルへの、プライベートな手紙だからね。

だから仕事の部分だけで、何を書いたか教えて」




 4人から話を聞いたミルヴァは、小さく首をかしげた。


「うーん。

私にも何も言ってないから……。

アルが何も言わなかったら、私たちで問題を見つけて乗り越えろって意味ね。

だから、皆も考えておいて。

答えは絶対に聞いたらダメよ」


 オフェリーが妙に感心した顔で、しきりにうなずいた。


「ミルヴァさまの観察眼はすごいですね……。

私はまだまだのようです」


 キアラは、小さく笑って肩をすくめた。


「お姉さまの観察眼は、お兄さまも一目置いてますもの」


 アーデルヘイトもウンウンとうなずいた。


「まだ4年間の付き合いとは思えないほど、よく見抜きますからね」


 クリームヒルトは苦笑している。


「アルフレードさまに特化した観察眼ですけどね。

少なくともそれに関してはNo.1ですね」


 ミルヴァは照れたように笑いだした。


「ちょっと、あんまり褒めないでよ。

うれしいけどくすぐったいわ」


 キアラは上目遣いで、ミルヴァをのぞき込む。


「そんなお姉さまに、お願いがあります」


 ミルヴァは途端に、真顔になった。


「私のアル時間を分けてって言ってもダメよ」


 4人は、一様に不服な顔になった。


「お姉さまのケチ」

「ちょっとくらい良いじゃないですか。

絶対的にアルフレードさまが足りないのです」

「アルフレードさまがらみでは察しが良すぎです……。

満たされないままは余りに切なすぎます」

「私たちはアル欠乏症です。

幾ら補充してもたりないのです……」

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