427話 未来は不確か

 大まかな今後の対策と方針を打ち合わせて、俺とミルはラヴェンナに戻る。

 キアラに作ってもらった港町は、ラヴェンナとの連絡地点として大きくなっていた。

 ラヴェンナからの出先機関も、ここに作られている。

 オスティアと名前がついていた。

 きっと役人が必死に抵抗したのだろうな。

 キアラなら絶対、俺と関係した名前をつけそうだし。


 出先機関に顔をだして、ラヴェンナの状況を確認したが大きな問題は無いとのこと。

 むしろいつ帰ってくるのかとのプレッシャーが強いと……。


「ちょっと大げさすぎでしょう。

ミルもそう思いませんか?」


 俺の問いに、ミルは露骨に視線をそらした。

 おい。


「そ……そうね。

ちょっと大げさかなぁ……」


 声がうわずっているぞ。


「明日出航でしょうから、2-3日後にはラヴェンナにつきますよ。

天気が良ければですが」


 オスティアからラヴェンナまでは、順風に恵まれれば1日の航路だ。


 天気が悪くなったら、その限りではないがね。

 一体何人が、快晴を期待しているのやら。

 祈願しても、天気など変わらないと言うのに。




 翌日は快晴だったようで、出先機関の全員が一様にほっとしていた。

 一体どんなプレッシャーが掛けられていたんだよ……。

 何かトラブルが起こる訳でもなく、翌日にはラヴェンナにたどり着いた。


 とんでもない歓迎をされると面倒だと思っていたら、拍子抜け。

 親衛隊が出迎えただけだ。

 ミルもあっけにとられた顔をしている。


「何かサプライズでもたくらんでいるのかしら?」


「そんな余計なことしなくて良いよ。

ただ本家に出向いただけだよ。

そんなことのために、政務を滞らせると問題だろ?」


「そうね。

個人だったら平気だけどね。

皆自覚が出てきたのかな?」


 親衛隊長のジュールが、俺の前に出てきて一礼した。


「お帰りなさいませ、ご主君。

奥方さま。

ご主君、プランケット殿が先に話したいことがあると。

いつもの場所で待っているとのことです」


 仕方ない。

 先に用件を済ませるか。

 

「ミル、私は先に話をしてきますよ」


「ええ、何の話かしらね?」


「ロクでもない話でしょう。

でも、過去のコネ絡みの情報かもしれませんからね。

会わない選択肢はないですよ」


 屋敷前で馬車を降りて、戦没者記念碑に向かう。

 予想通りマガリ性悪婆が石碑の前に座っていた。

 俺の姿に気がつくと、軽く杖を上げた。


「思ったより早かったね」


「珍しく、出迎えがシンプルでしたからね」


 俺は、マガリ性悪婆の隣に座った。

 マガリ性悪婆は俺の言葉に苦笑する。


「そりゃ後が大変だね。

まあ呼んだのは、本家の話さ。

いろいろ変なことがあったそうじゃないか」


「わざわざ呼び出してする話でもないと思いますけど」


「表向きに言えない仕込みもしているだろ。

坊やが何もせずに戻ってくるのは有り得ないさ。

それにアタシと坊やは死に損ない、同士の間柄さ。

ミルヴァたちに聞かせたくない類いの……汚れ話の相談役にはなってやるさね」


 死に損ない同士か。

 それに関して否定する言葉は浮かばなかった。


「と言っても、大したことはしていませんよ」


「まあ、実家帰りしたあとのことを話してみなよ。

坊やにはトラブルが舞い込むから見ている分は楽しいけどね」


 仕方ないので、実家に戻ってからの経緯を話した。

 殿下の来訪と、ファルネーゼ家の長男が来た話までだ。

 俺の話を聞き終えると、マガリ性悪婆は声を殺して笑いだした。


「なるほど、王族から粘着されて閉口しているんだね。

坊やから見て、その殿下はどうなんだい?」


「頭は悪くないですよ。

客観性も先見性もあります。

優秀と言って差し支えないでしょう。

ただ生まれ育ちのせいか……民情には疎いですね。

時代が違えば、賢王になれたでしょう」


「王族からの好意は、普通なら有り難いもんだけどね。

坊やには全く有り難くないだろうさ。

そのあたりは気がついていないのかね?」


「どうでしょう。

そこまで鈍感だとは思いたくないですけどね」


「もし気がついているなら、やっぱり保険だね。

少なくとも好意を向けているとアピールすれば、簡単に切り捨てられたり、棚上げはされないだろう。

鈍感だと……処置なしだね」


 俺はあの粘着を思い出して、ため息をついた。


「まあ、様子を見ますよ。

どちらにしても、まだ使い道はありますからね」


「そうだね、あとはファルネーゼかい。

ちょっと意図が読めないね。

少なくとも他の影響を受けている可能性があるね。

教会が絡んでいる家だからね」


「こちらも調査対象にしてありますよ。

違和感がありますからね。

いろいろ計算要素が、これから増えそうですよ」


 マガリ性悪婆は、小さく肩をすくめた。


「意外かもしれないけどさ……教会としては坊やに死なれると困るんだよ。

教会が裏で邪魔者を消したなどと言われかねない。

もしかしたら、最悪坊やを保護する任務を受けている可能性もあるさね」


 それは盲点だったな。

 やはり第三者の視点とは有り難いな。

 改めて実感する。


「なるほど、そっちの線も有り得る訳ですか。

何らかの手土産でスカラ家と手打ちをしたいと」


「教会は統一した動きができない。

だからこそ、それぞれ勝手に動いているだろうね。

だから、余り考えすぎても徒労に終わりかねないよ」


「そうですね。

ご忠告に感謝しますよ」


 マガリ性悪婆は、わざとらしく驚いた顔になった。


「おや……坊やから素直なお礼が聞けるなんてね。

明日は空から、マッチョが振ってきそうだよ」


 せめて、槍にしてくれよ……。

 あのゲーム超兄貴のリアル版なんて勘弁して欲しい。

 いや、転生前は買ってクリアしたけどさ……。

 実写版も……。

 それでもゲームよ、ゲーム。

 俺のうんざりした顔に、マガリ性悪婆は、楽しそうに笑いだした。


「それでいい加減、坊やも動きはじめたんだろ。

どんな手を伸ばしたんだい?」


「今は大したことはできませんよ。

軽いジャブです」


「もったいぶるんじゃないよ。

どんな悪辣な手を仕込んだんだい?」


 ひどい表現だ。

 しかしやっていることは、胸を張れる内容ではないからなぁ。


「商会は基本的に生き残りを掛けて二股、三股を掛けます。

それぞれの勢力は、それを承知でスパイとして利用しているのが現状です。

そこで彼らに、ちょっとした世間話をしましたよ」


 マガリ性悪婆は、白い目で、俺を見ている。


「坊やの世間話なんて危ないったらありゃしないよ。

身内にはその力を使わないから良いけどさ。

ああ、人の良さそうな温和な振る舞いは、この悪辣さを隠す隠れみのって訳かい」


「隠れみのではないですよ。

自然に振る舞っているだけですよ」


「つまらない答えだねぇ。

まぁ……坊やが尻尾をだす訳ないね。

で、どんな悪魔のささやきをしたんだい?」


「二つの商会が、スカラ家を訪れました。

勿論別の貴族からの紹介ですけどね。

それぞれの陣営とつながっているのは、実家で調査済みです。

兄上たちに、個別かつ同時に会談してもらいました。

そこで同じ世間話をしてもらったのです」


「ほう、どんな世間話だい?」


「王都での戦況が膠着状態になっているけど、どこかの傭兵団が戦力増強として王都のスラムにいる人たちを使うらしいと。

数は多いので武器や防具が今後値上がりする。

買うなら今だ……と勧められたといった話です」


 マガリ性悪婆は、しばし考え込んだが、すぐに笑いだした。


「ひどい話だねぇ。

それは事実なのかい?」


「証拠はありません。

ですが、恐らく傭兵団同士で協定を結んでいます。

スラムの住人を組み入れると、簡単に戦力増強になるでしょう。

使い捨てでも数は力ですから。

そんなスラムの住人は、王都の住人に恨み骨髄でしょう。

すぐに制御できなくなります。

だからといって、どこかが手をだすと傭兵団間での力の均衡が崩れます。

それこそ数の暴力で、傘下に組み入れられるでしょう。

傭兵団として内乱は終わってほしくない。

そしてどこかの傘下にはなりたくない。

なので協定を結びます。

ですが、もう一つの欲望もある訳です」


「そうだね、傭兵団を束ねてのし上がりたいヤツもいる。

そうすれば、雇い主に有利な交渉ができる。

つまり連中は、疑心暗鬼になっている訳だね。

しかしまぁ、よくもそんな連中の心理まで読み切れるもんだね」


「人の欲望は身分違えど、大して変わりませんからね。

彼らはそもそも協定なんて誰も守らないと思っています。

正確に言えば、思いたがっています。

そんな均衡状態では、ストレスがかなりたまっているでしょう。

ですが、明確に自分から破るのは危険です。

誰か破ってくれないかと、心の底で思っていますよ」


 マガリ性悪婆は、楽しそうにうなずいている。


「やっぱり坊やとの会話は面白いねえ。

同時に両陣営にその話が伝わると、やっぱり破ったか……と絶対に対抗するヤツが出てくる。

冷静に考える暇すら与えられない。

実際に動きが出るからね。

これは楽しいねぇ。

それで、均衡を破ってどうさせる気かね。

王都を廃虚にでもする気かい?」


「幾つかの予測がありますが、深入りは避けましょう。

未来は不確かなのです。

今日にとっての明日はあっという間に過ぎ去りますからね。

少なくとも、われわれに手をだす余裕は全くなくなります」


「じゃ、幾つかの予測の一つを当ててあげるさね。

王位継承者たちは大慌てで、傭兵を止めようとする。

そうするとトラブルになって、最悪傭兵同士が結託して雇い主を始末しかねない。

いっそ自分たちで建国しようまで行くかもしれない。

つまり……自分の手を汚さず、将来の貴族たちの恨みも買わずに、ライバル2人を消せる訳だ。

坊やの手はどこまで届くのやら。

魔王さまっぷりが、益々サマになってきたね。

謀略に関しては、本当に神がかっているねぇ。

そのうち謀聖とか謀神とか呼ばれそうだよ」


 いや、それは買いかぶりすぎだ。

 尼子経久や毛利元就と比較対象になんて俺はなりえないよ。

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