426話 人間社会の縮図

 自室に戻ってきても、俺は難しい顔をしてたようだ。

 ミルが俺の様子を見て、眉をひそめた。


「どうしたの?」


 俺はベッドにドサっと倒れ込む。


「面倒くさい計算要素が増えた」


「ファルネーゼの人ね。

アルの計算要素って、お邪魔虫って意味?」


「今のところはなんとも。

単純な二股かもしれない。

ただ……」


 ミルが俺の隣に腰かける。


「保留つきね。

敵か味方も分からないの?」


「小貴族なら、両属して家の生き残りをかける可能性が高い。

でも……大貴族だからなぁ」


「個人での生き残りは考えていないの?」


 俺は皮肉な笑いを浮かべて首を振る。


「一からやり直すなら、それもあるけどね。

少なくとも元の家からは断絶してしまう。

個人だけだと、仮に生き残っても残った家臣から信用されない。

そして主君も、家臣を信用できない。

一から家を興すほうが楽だろう。

家を興すにしても、家臣なりの戦力を率いていなければ勝ったあとに存在感を発揮できない。

大貴族の一員なら、家臣をつれてきたほうが楽だろう。

貴族なら必ず学ぶことだからね。

知らないとは考えられない」


「元々嫡男なら、付き従う人たちにも困らないわよね。

見放されて孤立無援ってのも考えにくいわ。

考えるほど怪しいわね」


「そんなところだよ。

妄想ならできるけど、今考えると根拠の無い妄想に引きずられる。

だから監視をするにとどめるかな」


「そうね。焦っても答えに近づくわけじゃないからね。

これだけ濃い人だらけだと、王都ってどんなところなのかしらね。

行けなかったのはちょっと残念ね」


 王都か……。

 ある意味行けなくて良かったと思っている。

 だが口にでたのは違う言葉だ。

 

「そうだな」


 ミルは俺を、ジト目でにらんできた。


「ア~ル~。

キリキリ吐きなさい」


 やっぱりバレている。


「王都は昔一度だけ行ったことがある。

表は華やかだよ。

文化経済の中心だからね」


「裏は?」


「王都はね、領地から逃げてきた貧困層の逃げ込み場にもなっているのさ。

本来なら他の領地に逃げ込んでも、追い返される。

王都だけは別物でね。

王の慈悲と言って、元の領主のところに戻されない」


「それって王都にとって良いことがあるの?」


「王の事業として、土木工事に貧民を使うこともある。

あとは汚れ仕事をさせるかな。

下水の清掃とかね。

まあ……それだけじゃないけどね」


 ミルの視線が厳しくなる。

 俺が前置きするときは、ひどい話と相場が決まっている。


「他にどんな使い方をしたの?」


「いろいろ。

これも先生から聞いた話だけどね。

先生は裏話が好きで、こっそり教えてくれたよ。

教会に寄進する奴隷、商売女……それ以外で使い捨てにする労働力が欲しいところはたくさんある。

身寄りの無い貧民を売り出すのさ。

王家にとってちょっとした収入源だったらしいよ」


「ちょ、ちょっとまってよ。

教会に寄進する奴隷ってなに?」


 教会は転生前の一神教のように、神の元に平等とはうたっていない。

 転生前でも、と言っているだけだがな。


「表向きは教会が、貧民を保護する名目。

主に子供を引き取る。

しっかりと洗脳をした上で、教会の構成員にする。

見た目が良いなら、上層部の愛人になるケースもあるらしい。

貴族への贈り物にされることもある」


「そんなことまでしていたの?」


「子供にしてはどうなのかな。

死ぬよりはマシなのかもしれない。

俺には判断できない問題だよ」


 ミルは小さくため息をついて下を向いた。


「ゴメン、責めたわけじゃないのよ。

ただ……やりきれないと思っただけよ」


「知ってるよ。

謝ることは無いさ。

大人になると洗脳するのは難しいから、教会には寄進されない。

主に王家の雑務をさせる。

でも……病気になったら、手当もされずに放置。

代わりを連れてくるだけだよ」


「想像もしなかったわ。

人間社会ってそんなに厳しいの?」


 俺はぼんやりと天井を見る。

 ミルの目を見て言う気になれなかった。


「使徒の平和によって、戦争が起こらないからね。

人口は増え続けるよ。

そして貧富の差は広がり続ける。

冒険者が活躍する場があるから、魔物の襲撃で一気に人口が減ったりしない。

人は増えるけど、技術なんかは発達しない。

そうすると食糧も足りなくなる。

ドロップアウトする人も増えてくるよ」


「話が飛んでしまうけど……。

アルは戦争って嫌いよね。

今の話だと必要な口ぶりだけど」


「嫌いなのは確かだね。

でも歴史上での戦争は人口調整の意味もあるのさ。

そしてもう一つ、戦争は貧富の差を埋める効果もある」


 ミルは驚いた顔をしている。

 それもそうだろうな。

 こんな発想は、あまり歓迎されない。


「人口は分かるわ。

でも、貧富の差が埋まるの?」


「まず物の価値が高くなって、金の価値が下がる。

生産する人も減るし、輸送も安全でなくなるからね。

富裕層は不動産をもっているけど、貨幣をため込んでいる。

国は戦争になると、富裕層から金を吸い上げる。

貧乏人からは吸い上げるにしても大した額にならないし、手間ばかりかかる。

そして、戦争が終わった直後は、貧富の差は始まる前よりはかなり縮まる。

戦争直後はブレ幅も大きい。

商才がある人は一気に資産を増やせる」


「アルは戦争が必要悪だと思ってるの?」


「いや、そんな次元の話ではないさ。

ただ、争いの無い人の社会は存在しないだろうね。

普通は受け入れられない要求ですら、戦争に勝てば敗者に飲ませることができる。

負ければ受け入れるしかない。

同等の強制力が得られて、戦争より楽な方法が見つかるまでは残り続けるよ。

そんなものが仮に存在するとしても、俺の手では届かない。

戦争は悪いけど必要だ……とは思ってないよ。

人である限りは、どうにもならないといった諦めだね」


 平和を強制する形態の一つが使徒の平和。

 それに俺が風穴を開けた。

 むしろ、穴を開けたら一気に崩壊してしまった。

 良いことをしたとも、悪いことをしたとも思っていない。

 ただ、俺のエゴで関わる人だけは不幸にしたくないと思っただけだ。


「そうね……。

ゴメン、話をそらしちゃったわね。

つまり人が増えて、それを社会で受け止められなくなってこぼれているのね」


「そんなところだよ。

人間は数が増えやすいからね。

他種族に比べて、それが長所だろう。

それだけだと夢が無いから、人間は優れていると思い込みたがる人はいるわけだ」


 ミルはドリエウスの戦いを思い出して、渋い顔になった。


「あれは理解できなかったわ」


「だろうね。

話を戻すと、王都の表通りは華やかさ。

それ以外は、上級、中級、下級で居住区は壁によって区切られているよ。

流れてくる貧民は保護区と呼ばれる特別区に入れられる。

内実はスラムと変わらないらしい。

そして、上級エリアの住民が、贅沢をして食べ物を捨てている。

同じときには、下級エリアの外……つまりスラムでは飢え死にする人がいる。

そんな場所だよ。

簡単に言えば人間社会の縮図だね」


「スラムがあるの?」


「表向き王都にあるのは上級から下級までだけどね。

一定の納税を満たせないと、下級から追い出される。

スラムの中でも、階級があるらしいよ。

さすがに行ったことは無いけどね。

そして一度落ちたら戻れない。

だから足の引っ張り合いはすごいらしいよ」


 それでも王都への人の流入が止まらない。

 だからこそ成り立っている。

 管理できる人口が自然と調整される仕組み。

 その仕組みが文化と経済の発展を促進している面があるのだろうな。

 社会は進歩しないが競争だけは激しい。

 つまり陰謀や妨害工作の技術だけは発展する。

 足を引っ張る技術大国だ。

 それも、使徒の平和に寄りかかった一面でもある。

 これから、どうなるのだろうな。

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