425話 喜劇の舞台

 無事に視察は終わった。

 あとは戻るだけだ。

 帰りの馬車の中で、ミルはぼんやり海を見ている。


「これでラヴェンナに帰れるかな?

ちょっとの間離れただけなのに、不思議に懐かしくなるのよね。

ホームシックってやつかな?」


「そうだな。

俺もなんだか帰りたくなってるよ」


「それよりも、キアラを筆頭にアル禁断症状がでてるかもね」


 思わずため息がでた。


「言わないでくれ……。

できる限り、現実を見ないでいたかったのに……」


 ミルは笑って隣にやってきて、俺に寄りかかってきた。


「私はたっぷり独り占めしてたから満足よ。

だからと言って……戻っても私のアル独占日は減らさないわよ」


「情けない話だが、そのあたりは任せるよ……」


 俺の睡眠時間はピンチになりそうだけどな……。


「そういえば、ヴェルネリ……さんが言っていたけど」


 元々は『さま』づけだったのだが、ラヴェンナではミルのほうが社会的地位が高い。

 なので敬称は不要と言われて、ミルは困ってしまった。

 最初は呼び捨てにしてみたが違和感ありまくりだったようだ。

 相談を持ちかけられて、『さん』づけで良いだろうと提案した。

 それで納得したのだが、まだ違和感があるらしい。

 ミルは小さくせきばらいをした。


「これから海にでる機会が増えるでしょ。

もしかしたら、伝承でしか聞いたことがない……シーエルフに会う機会ができるかもね」


 そういえば、百科事典にあったな。

 元々、エルフは植物から派生したらしい。

 普通の陸の植物は普通のエルフ。

 ダークエルフは夜の植物。

 海の植物は、シーエルフに派生したとか。


 この世界でのものは、全て光合成で成長するものだけではないらしい。

 月光を浴びて成長して、昼間はつぼむ植物もある。

 その一つが月光花。

 貴重な花らしく、市場に出回っていない。

 そしてその生息地は、ダークエルフの領域。

 幸いにもラヴェンナにダークエルフはいない。

 いたらエルフとは不仲だから色々面倒なことになったろう。

 そんなダークエルフ自体が人間と接点を持ちたがらないので、めったに見ることはない。

 たまに冒険者になるらしいが、ダークエルフの中でもはぐれ者らしい。


「シーエルフってどんな姿をしているのかな?

百科事典にも存在しか書いてないだろ」


「まるっきり分からないわ。

陸にも上がることはできるけど、基本は水中にいるんじゃないかな。

ともかく謎ね。

どうやって会話するのかな。

でもアルの変な誘引力で出会うかもね」


「誘引力って何だよ……」


 ミルは小さく俺に笑いかける。


「さあ? でもいろいろな人たちが引き寄せられてる気がするわ。

おかげで退屈しないけどね」


「平凡で良いよ……。

平和に本を読みながら、静かに暮らしたい」


 ミルは俺のボヤキにたまらず笑いだした。


「無理でしょ。

分かってるくせに」



 そんな他愛もない会話をしながら、本家に帰り着いた。

 ファルネーゼの長男と、俺は会う必要はないだろう。



 そう思っていた時期が、俺にもありました。



 殿下の謁見に列席せよと、有り難いご命令が下った訳だ。

 殿下に渋々付き従って謁見の場に向かう。

 殿下は俺に朗らかに笑いかける。


「手間を掛けるが、卿にもぜひ同席してほしくてね」


「殿下と同席など、恐れ多いことです……」

 

 取り次ぎ役も微妙な表情をしている。

 俺が出しゃばっていないことは、よく知っている。

 だが、同席は望ましくないと思っているだろう。

 殿下たっての望みとあって止めきれなかったようだ。


 部屋に入ると、大柄な男がひざまずいていた。

 彼がイザイア・ファルネーゼだろう。

 形式的な挨拶が終わり、男が顔を上げた。

 武骨で実直な感じがする。

 でも、どことなく線の細さを感じた。

 ミスマッチ感とでも言うべきか。

 体格ではない。

 雰囲気だな。


 俺は、殿下の後ろに控えて起立している。

 殿下は俺に視線を向けてから、イザイアに笑顔を向ける。


「紹介しよう、わが友にして師父。

アルフレード・ラヴェンナ・デッラ・スカラ卿だ」


 俺は、イザイアに一礼する。


「お初にお目にかかります。

アルフレードです。

以後よしなに」


 イザイアは穏やかな笑顔を見せる。


「イザイア・ファルネーゼです。

こちらこそ、以後よしなに」


 やはり違和感がある。

 かすかな演技臭さとでも言うのだろうか。

 どちらにせよ、彼も大貴族の子弟だ。

 ただの一般人ではない。

 とは言え……今のところは敵ではないだろう。


 そのあとの会話で首都での現状をイザイアから伝えられた。

 かすかだった違和感がますます強まる。


 原因はその情報だ。

 一見詳しいが、微妙にボカしている。

 まだ、真意は見えないが……。


 会見を終えて、イザイアが退出すると、殿下は取り次ぎまで下がらせた。

 2人きりとは、不本意極まりない。

 椅子を勧められたので、渋々着席する。

 殿下は、小さくため息をついた。


「さて、わが友よ。

彼をどう見るかね。

ああ……つれなくされると長々と世間話をしたくなるよ」


 俺は小さく頭を振った。


「殿下の友人など私には、身に余ります」


「実に冷たいなぁ。

その話は棚上げしよう。

で、どうかね?」


「正直何とも明言できることはありません」


「推測を聞いているのだよ。

明言など期待していないさ」


 本当に粘着質な御仁だ……。


「推測を含めて、何も言うことができません。

今のところはですが」


「それが卿の見解か。

私も同意見だよ。

彼が何を望んで、何をしたいのか……。

何とも言えないな。

いずれにしても……面白いことになりそうだね」


 俺は小さく首を振った。

 下手をすればここで騒乱がおきる。

 獅子身中の虫というやつだ。

 可能性は0ではないのだ。

 つまり余計な被害が領民に及ぶ。

 それを愉快と思えるほど、俺の神経は図太くない。


「少なくとも面白いことではないと思いますよ」


 俺の仏頂面に、殿下は少しバツの悪い顔になった。


「ああ、すまないね。

自分で何もできないので、状況を楽しむくらいしかすることがないのさ。

悪気はないのだ、できるなら気を悪くしないでほしいね」


「いえ……こちらこそご無礼をお許しください」


 殿下は、ちょっとわざとらしいため息をついた。


「友人への道は遠いなぁ。

卿は名誉や利益で釣れるタイプじゃない。

ある意味対応に困る相手だな。

そんなのは大概世捨て人で、実務能力は皆無なのだがね。

話は変わるが、カールラ・アクイタニア嬢の処遇は卿の進言かな?」


 中ぶらりんになっていたカールラの処遇。

 パパンからアドバイスを求められたときに、婚約を発表したのだからそのまま実施したほうが良いと言った。

 パパンも同意見だったらしく、あっさりうなずいた。


「見解を聞かれましたが、父上の腹は決まっていました。

私の言葉で、処遇を変えた訳ではありませんよ」


 殿下は、楽しそうな笑顔になった。


「行為は同じでも、考えは異なるだろう。

ラッザロ兄上もとんだ肩透かしだろうな。

兄上の読みでは、婚約破棄となって送り返してくると思っていたはずだ。

オリンピオ卿の妻にする予定が崩れてしまった訳だ」


「次男坊では正当性に欠けますからね。

アクイタニア家の人間を、妻に迎えれば権威を補えますから」


「フェルディナンド卿は、アクイタニア嬢に過失がない以上は盟約を違える必要がない。

大貴族の矜持からの判断だろう。

卿は兄上への揺さぶりを、視野に入れての進言だろう?」


「どうでしょうか。

少なくとも、ラッザロ殿下とヴィットーレ殿下には、もう少し仲良く踊ってもらうほうが良いでしょう」


 俺の言葉に、殿下は笑いだした。


「なるほど、ファルネーゼ家の不安定要素を残す訳だ。

そうすると、必死に踊るだろうな。

オリンピオ卿のダンスは、実に下手くそだからな。

自然と自滅に近づく訳か。

卿にとって、ラッザロ兄上は、眼中にないようだな。

とんでもない相手を、敵に回したことを知る由もないか。

むしろ……知らないまま喜劇の舞台から降板しそうだがな。

そしてヴィットーレ兄上も、重要な演者とは見なしていない訳か」


 俺は返事の代わりに小さく肩をすくめた。

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