424話 師父認定

 視察はほぼ終わり、今日は野営をして戻ることになる。

 そこに早馬が駆け込んできた。


 伝令が息を切らせながら、俺に書状を差し出す。

 パパンからの早馬か。

 変事が起こったのだろうな。

 

 俺はミルに目で合図をして、そのまま視察を続けてもらう。

 書状を見た俺は、思わず肩をすくめた。


 殿下は教えてくれと言わんばかりの笑顔で、俺の隣に寄ってきた。

 一応伝えない訳にはいかないか。


「殿下、ファルネーゼ家の嫡子が当家に保護を求めてきました」


 ニコデモ殿下はわざとらしく驚いた顔になる。


「ほう……

イザイア卿か。

確か王都を混乱にたたき落としているオリンピオ卿に、家督継承権を奪われかけてたな。

ファルネーゼ家はじきに王都を荒らした非難を浴びるだろう。

巻き添いになることを嫌ったのかな」


「恐らくは。

ラッザロ殿下はファルネーゼ家の家督相続にも介入しているのですね」


 殿下は本気の気だるいため息をついた。


「家督相続の介入は、王にとって唯一残された諸侯を制御する武器だからね。

だが、適当に振り回しては逆効果なのだが…」


 正直、殿下と余り話したくはないが…。

 俺の表情を見て、殿下はうれしそうにほほ笑んだ。


「卿と私の仲じゃないか。

何か聞きたいことがあれば遠慮せず聞いてくれ」


 何だろう、この疲労感。

 ああ……あれだ……シルヴァーナだ……あのノリに近い。

 不本意だが、ラッザロ殿下のことはニコデモ殿下に聞くのが早い。


「ラッザロ殿下は一体、何をお考えなのでしょうか?」


「何も考えてないよ」


 思わずずっこけそうになった。


「多少は何か考えているでしょう……」


「見たいと思う結果しか見ない思考を考えている……と卿は言うのかね?」


 実はラッザロ殿下を嫌っているのか、見下しているのか。


「残念ながら」


 殿下は腕組みをして深いため息をついた。


「小さい頃から、次期国王として育てられていたからね。

ある前提が、血肉になってしまう。

社会体制が固定されている状況に特化した前提がね」


「つまり平時であれば、問題なかったとおっしゃる訳ですね」


 殿下は無表情にうなずく。


「卿には理解しがたいと思うがね。

王は無償の忠誠をささげられるものと教えられるのだよ。

実態とかけ離れていると思うだろう。

だが……見たくない現実を見続けられる人間は多くない。

つまり、心地よい夢が必要なのだよ。

そうでなければ誰も王になどなりたがらない」


 なるほどねぇ。

 お飾りの王と言われて、その地位を喜ぶものはいない。

 即位後にやけになって、無気力や刹那的に振る舞ったあげく国政が乱れては使徒に排除される。

 何か、餌がないとやっていられないだろうな。

 即位前に無償の忠誠をささげられる夢を見せる訳か。


 だが現実を即位して知ることになる。

 そこで王が暴走しないように、安全弁としての宰相家と大貴族が存在する。


 宰相家も1家では、安全弁としては不足だ。

 それだけではない、宰相に権限が集中しすぎては既得権益化する。

 3家にして、互いにけん制させるのだろう。


 小貴族や商会などは、宰相とよしみ を結ぼうとする。

 1家だと、その家の傘下になることが世襲化される。

 そうなると、鎌倉幕府の北条家のようになるだろうな。

 しかも、王家には王権神授のような正当性がない。

 鎌倉殿のように、祭祀権がある訳でもない。

 王家は簡単に乗っ取られる。

 だが、使徒にリセットを食らう可能性もある。

 そうならないように抑止するのが効率的となるのだろう。

 リセットされれば、ただ無駄な流血があるだけだ。

 誰でもそれは、非効率だと気がつくだろうな。


 安定させるために厳密に3家での持ち回りとする訳か。

 たった一代だけ相続しても既得権益化するだろう。

 そうなると、長尾景春と同じような形で反乱が起きかねない。

 宰相が一度でも親子で相続されると、その子孫もそうだと考える。

 本人にその気がなくても、周囲にいる既得権益保持者がたき付ける。


 そして、仮に既得権益化しても、それを矯正するための三大貴族か。

 ある意味、時代に合わせて試行錯誤した結果なのだろうな。

 

 そんな状況下でラッザロ殿下は、夢を見たまま現実を知らずに振る舞っている。

 社会が揺らいでいるときには、最悪のタイミングだな。

 あの短慮にも、こういった背景があるのか。

 確かに、無条件の忠誠が当然と考えるなら、あそこまで好き勝手する訳か。

 後醍醐天皇が新田義貞を裏切ったあとでも、当然のように彼の忠節を期待するのと同じようなものかもしれない。

 貴人とはなんとも厄介な存在だ。


 だから、制度を変えられる機会が到来したと感じて、ニコデモ殿下は思案を巡らせている訳か。

 それでも好きになるタイプじゃないが……。

 俺の口からもれたのは、本音混じりの社交辞令だった。

 

「ある意味気の毒なお方ですね」


 殿下はフンと鼻を鳴らした。


「そんな夢に付き合わされるほうが気の毒だと思うがね。

今までは鎖があって、夢に酔ってもできることは限られていた。

できてもせいぜい子供の火遊びだよ。

世界を縛る鎖がほどけてしまった。

いや、卿が食いちぎったと言うべきか。

おかげで、火遊びが大火災になっている」


 まあ、意識して崩壊させたのは確かだ。

 その表現はどうかと思うが……。


「どうでしょうね。

使徒が勝手に自滅しただけと思いますが」


 殿下は俺に意味ありげな薄笑いを向ける。


「それは否定しない。

だが、自滅したあとの策は実に念入りだ。

あそこまで効果的に世界のルールを壊すのは、計画していなければ能わない。

責めてはいないよ。

本心から感心しているのだ。

むしろ師事したいくらいだ」


「たまたま、運が良かったからですよ」


「やれやれ、卿は実につれないな。

この件は、おいおい明かすとして……。

俗な話になるがね。

もう一つ師事したいことがある」


 今度は何だ……。


「私はそんな、大層なものではありませんよ。

ましてや殿下にお教えするなど……恐れ多いかぎりです」


「いいや、これは多くの男たちが聞きたいと思うことだ。

卿は本妻に、側室が3人いるだろう。

よく諍いがないものだ。

本妻と側室、つまり女が2人でも裏で権力闘争が起こる。

何も手を打っていない訳ではあるまい。

ぜひ教えてもらいたいな」


 ああ、そっちか……。

 その程度なら良いか。


「女性が寵愛を巡って争うのは、それしか自己表現ができない場合でしょう」


 殿下は真面目な顔になって、首をかしげた。


「自己表現だと?」


「愛情の獲得にせよ、影響力の誇示にせよ自己表現です。

私の周囲の女性たちは、後宮に住むかごの鳥ではありませんから。

それぞれが仕事を持っています。

そして、何より大事な点ですが……」


「もったいぶらずに教えてくれないか。

私にとっても将来は人ごとでは済まないからな」


「私は彼女たちが、社会に貢献することを喜ぶのです。

それによって彼女たちが、社会から認められることがうれしいのです。

もし寝室から私に影響力を及ぼすことを、第一に考える女性であれば相手にしません。

ですので、男が寝室での色事や容色の興味が第一であれば、必然的に女性たちは権力闘争や足の引っ張り合いに終始するでしょうね」


 殿下は妙に感心したようにうなずいた。


「なるほど……確かに、女は男の歓心を得ようとするものだな。

その真意が、操るにしても慕うにしてもだ。

だが、その主人が夫人たちの諍いを嫌がっても、諍いは無くならないぞ」


「それは、男がその言葉だけで満足してしまう。

つまり彼女たちを、ちゃんと見ていないからです。

仲の良い夫人たちと言うイメージだけが好きなのでしょう。

思っただけで物事は、実現などしませんから」


「なかなかに手厳しいなぁ。

だが、卿がうまくやっている一端は、見えた気がするな。

確かに卿相手なら、裏で暗躍しようとする女性はそうおるまい。

やはり卿に師事することにしよう。

これから師父とでも呼ぼうか。

どうせ卿は年齢不詳なのだ。

構わないだろう」


 勘弁してくれ。

 勝手な友人の次は師父とか……。

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