423話 人材と環境の因果関係

 避難所予定地についた。

 海岸線はあるが砂地ではなく砂砂利なので、急深サーフとなっているとのこと。

 水深も調査済みで、ミルの出した案に合致しているらしい。

 ざっと説明をうけながら、視察を続ける。

 役人たちが棒きれを立てながら、大まかな構成イメージを説明してくれている。


 だいたいの配置には、問題がないな。

 殿下は興味深そう周囲を見ながら、ブツブツ独り言をつぶやいている。

 一生他人に見えない誰かと、会話をしていてくれ。


 細かい疑問点は、ミルが質問をして確認を取っている。

 最初はお飾りだと思われていたが、今は俺がお飾り扱いになっている。

 細かな疑問点があると、皆が俺を素通りしてミルに質問にいく始末。

 細かいこと聞かれても答えられないから、良いけどさ。

 特に難しい話もなく、騎士団とも事前にすりあわせが済んでいるようだ。

 実際の目視確認を残すだけとなっていたもよう。


 俺が真剣に考えすぎたか。

 だが、現地を視察して損はないだろう。

 あくまで、念のためだからな。

 そして確認はミルが全部してくれて、俺の出番がない。

 改めてその成長ぶりに感慨深いものがあるな。


 そんな、楽しい感慨にひたる時間は打ち切られてしまう。

 殿下が俺の隣にやってきたのだ。


「アルフレード卿、卿の奥方があそこまで政務にたけているとは……初耳だよ」


「事実、大したものですよ。

任せきって、何の心配も要りませんからね」


「一つ疑問なのだがね。

エルフは人間社会の早さにはついてこられないイメージがある。

長い時間の視点で物事を見るからな。

奥方が特別なのか? 卿が仕込んだのかね?」


「ミルは才能的に、特別優れている訳ではないと思いますよ。

私の力になりたい一心で、ここまで成長してくれたと思っています。

ですから、本人の努力のたまものでしょう」


 殿下は妙に感心したような感じでうなずいた。


「なるほどなぁ。

卿も大概不思議な存在だが、その周囲も考えれば不思議なものだ。

奥方もそうだが、キアラ嬢も相当の才媛らしいではないか。

あとは辺境の族長あたりを集めて、政務を担当させているはずだな。

辺境の族長が、あの高度な行政機関を運用できるなど……おかしな話だと思わないかね?」


 この御仁は、どうしてラヴェンナにここまで詳しいのだ。

 戻ってからになるが、どこから情報が漏れているのか確認するか。


「機会がなかっただけでしょう。

適切な機会を与えて試行錯誤させて、本人たちに熱意があれば、相応の結果を出してくれるものですよ。

機会も与えずに、成果だけを欲しがるのであれば不思議に見えるでしょうが」


 つい不愉快になって非礼な物言いになってしまった。

 この癖だけは、どうにも治らない。

 だが……彼らの努力を知っているだけに、単に天才などの軽い言葉で片付けたくないのだ。

 俺の珍しく強い調子の言葉に、殿下は小さく笑いだした。


「やはり、卿は自分のことを軽く言われても、歯牙に掛けない。

だが……仲間を軽く言われると憤慨するようだな。

実に分かりやすい。

だからこそ、辺境で信望を得られる訳か。

誤解がないように言っておくが、私もラヴェンナに特殊な連中ばかりがそろっているなどとは思わないさ。

1人2人ならあり得るが、関わっている人数が多すぎる。

不思議なのは、さほど学のない族長たちをどうやって、大がかりな行政機構を動かすまでに導いたか。

どんな魔法を使ったのだ?」


 魔法ってねぇ。

 大したことは一切していない。

 細分化すれば、普段彼らのやっていることの延長でしかない。

 ただそれを、無理なく積み上げただけだ。


「魔法はありませんよ。

難しく見えるのは、トータルの完成品を見ているからでしょう。

細かく分割して、段階を経ていけば、彼らがいつもやっていることの延長で処理できる話です」


 殿下のこの話に、いたく興味があるのか妙に熱心だ。


「なるほど、適切な環境を整えれば、力を発揮するものは多いと。

実績を出している卿のことだ、噓ではあるまい。

裏を返せば部下の力を発揮させられないのは、主が愚かであると言いたい訳か」


「断定はできません。

ですが部下の不出来を嘆く前に、やるべきことはあるのではないか……と愚考する次第です」


 殿下は俺の言葉に肩をすくめる。


「踏み込ませたのに、結局逃げられてしまったか。

だが、貴重な本音が聞けただけ良しとすべきだろう」


 さいでっか……。

 これだけ粘着されると面倒なだけだよ……。

 殿下は俺に、気だるい笑顔を向ける。


「勝つだけなら卿の尻馬に乗って、余計なことをしなければ良いだけだ。

問題はそのあとなのだよ。

当然人材が必要になる。

これは……と言える人材が、卿以外見当たらない。

それは私の見方が無い物ねだりと言うことらしい。

ここは卿の言に従って、人材の見分け方を考えるべきだな」


「従来のままで良いなら、従来のままの人材登用法で問題ありません。

変えたいのであれば、登用法は変えないと用途に合いません」


「そのようだな。

そのあたりの機微は、誰も教えてくれたことはない。

卿はどこで、それを知ったのかね」


 既に知っていたとは、口が裂けても言えない。


「なんとなくと言いますか……。

成功は理由なく成功しますが、失敗には必ず理由があると思っています。

そして幸いにも、スカラ家に生まれました。

人を使うケースを、目の当たりにしたわけです。

結果はそれぞれでした。

そこで気がついたことがあります。

護衛を募るときは、騎士から選びましょう。

書類仕事ばかりしている役人からは選ばないでしょう。

つまり人に仕事を任せるときは、適した人材と適した指示を与えなければ、仕事を全うできないと」


 殿下は妙に感心したようにうなずいている。


「つまり卿は何か失敗した場合、常に原因があると。

それが自身の可能性もあると考えている訳か。

言われてみれば得心がいくが……。

こんな言葉は、老人に言われて納得するものだぞ。

卿が言っても不思議と違和感がない。

年齢不詳も納得だなぁ。

アミルカレ卿とバルダッサーレ卿は、卿の年齢の後ろに0を足せと言っていたな。

確かに納得だ……。

どちらにしても、卿が王位継承の対抗馬でなくて幸いだよ」


 この話まだ続いてるのかよ……。

 4年も引っ張るネタじゃないだろ!

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