422話 望外の成果

 翌日は馬車に揺られながら、俺はぼんやり外を眺めている。

 転生前のように、都市に人が集中しておらず、人口は分散気味。

 それでも核となる町や村に人は集まる。

 

 人は水がないと生きていけない。

 なので井戸が掘れるところか、川沿いに人の集落はできあがる。

 

 井戸だけなら村が限界。

 大きめな町以上は、川沿いが相場となっている。

 避難所は注文したとおり、川沿いではない。

 だが上流に川がある。

 水に関しては水路を引けば良いだろう。


 そしてこの一帯は無人の土地だ。

 前領主たちの中間地点にあり、利害調整が難しかったので放置されたらしい。

 それだけではなく、上流は暴れ川らしく度々洪水が起こっていた。

 そのため、治水事業は必須。

 ところが領地の境界線となっており、利害調整が困難で放置される。


 それぞれが自前でやると、隣はタダ乗りで工事の恩恵を受けるのが許せないとか…。

 共同でやるにしても、優先度はそれぞれ違ってくるとか…。

 とにかく利害調整が余りに面倒なのだ。

 

 それなら何もしないほうがマシ……となってしまう。

 隣同士の仲が良ければ協調して開発するだろう。

 あくまで例外で隣同士は基本仲が悪いものだ。


 前の領主たちはことあるごとに張り合って、とても不仲だった。

 スカラ家がそれらの領地を統合したので、その障害はなくなった。

 でも行政の分断に振り回され続けて、新規開発まで手が回っていない。

 そして得られる利益も不明なため、ずっと放置されていた。


 事務方代表のアルバーノは、昔からこの地の可能性に言及していたらしい。

 行政の統合に伴い抜てきされて事務方のトップになったが、この土地の開発は後回しになっていた。


 今回のラヴェンナからの提案は、渡りに船だった模様。

 俺とミルが驚くレベルで、熱意をこめて今回の土地を推薦してきた。

 これだけ熱意があるなら面従腹背はないだろう。

 あとは防衛上の問題がクリアできれば良いかな。


 そんなことを考えていたが、横から視線を感じた。

 ミルが少し退屈そうな顔をしている。

 余りに暇で何かを話したかったらしい。

 

「アル、避難所ってどんなところかしらね。

地図もざっくりだったから分からないのよね。

そうなると痛感したのだけど……アルの始めた地図模型ってすごいのね。

アレを見たら、どんなところか分かるもの」


「でも地図は、安全保障の問題があるからね。

簡単に詳細な地図をつくる……とはいかないさ。

なにしろ欠点は分かりやすい。

だから反対するのは簡単だよ。

でもこのメリットは分かりにくい。

大勢の賛成は得られないからね」


 ミルは少し考えてから、俺に苦笑する。


「ラヴェンナの場合は、アルが唐突に始めたものね。

子供の遊びだと思っていたら、いつの間にか正式な事業になってたわね。

そもそも反対しようにも社会が変わりすぎて、誰もそれどころじゃなかったわ。

狙って既成事実を積み上げたわけじゃないよね。

アルの決めたことに、誰も反対はしないし……」


「それに関しては反対を心配していなかったよ。

それより正確な地図をもつメリットを説明しても、理解は難しいな……と心配はしていたな。

だから、子供の遊びから初めたよ。

実際にそれを目にして考えたときに、初めてメリットを実感するだろ?」


「そうね、私はアルの代理をしたときに実感したわ。

あれのおかげで、すごく具体的な話がしやすかったもの。

そういえばクリームヒルトから聞いたけど、子供たちの遠足って地図を見て子供たちに計画させてるんでしょ。

あれはびっくりしたわ」


 俺もあれには驚いた。

 そこまで期待したわけじゃないけどなぁ。

 望外の成果とでも言うべきか。


「あれは勝手に、子供たちが言い出して決まったみたいだよ。

良いことだから、そのまま任せてあるしね。

皆でいろいろ考える、良い切っ掛けになると思うよ」


 ミルは俺の言葉に笑いだした。


「子供たちが考えて自主的にやるから、大人もうかうかしていられなくなってるみたい。

おかげでだいぶん仕事が楽になったわ。

たまに議論がエキサイトして収拾がつかなくなるけど……。

虎人同士だと議論に熱中すると、すぐ拳で語り合うみたい」


「虎人は習慣だから……。

でも議論で済んでいるなら良いよ。

一番悪いのは、自分の意見が否定されると、自分の人格否定されると思い込む人がでてくることだね。

そうなると感情論が先走って、議論にならない。

そして波風を立てないことばかりが最優先される。

行き着く先は、全員で考えると非効率だから、1人の優れた人に任せてしまえとなるなぁ」


 ミルは俺の、憂鬱な表情を見て笑いだした。


「それは大丈夫よ。

あくまで議論だと徹底しているからね」


 今のところ大丈夫なら良しとするか。

 未来を心配しすぎて、ガチガチに固めようとすると無意味になる。


「そうか。

それはおいておこう。

明日には避難所につくから、立地の確認をしないとな。

川沿いではないけど、上流から水を引いて水源にするんだったかな」


「それなら、土砂がたまることもないからね。

下水からのゴミはでるけど…」


「土砂よりはなんとかなるな。

しかしまあ……ラヴェンナはすっかり土木工事のエキスパートになってるなぁ」


 ミルは俺の言葉に、小さく笑った。


「あれだけ工事していればね。

しかも、兵士が作業しているけど、戦うより土木工事している時間のほうがずっと長いでしょ」


「新しい社会では、殺し合いよりインフラの整備が最優先だよ。

そんなことに関わっている暇はないのさ」


「本当にアルは、戦うことに喜びを見いださないタイプね。

それでも戦う人より成果がでているから、義父さんたちは不思議がっていたわよ」


「戦ったほうが、効率良いなら戦うよ。

戦争は俺にとって手段であって、道具の一つだからね」


 中世のような世界であっても、常に腕力が正解ではない。

 もちろん、正解率は高いけどね。

 腕力でねじ伏せれば、誰でも受け入れざる得ないだけの話だ。

 それ以外の方法で目的に到達できれば、それに越したことはない。


 そしてもう一つある。

 死ぬことが簡単に発生する世界では、法治は根付かずに発展も遅い。

 法による抑制力が弱くなる。

 技術発展より、名誉心と団結力ばかりが高まってしまう。

 それに俺の性分に合っているから、そうすることが苦にならない。

 これは、結構大事な話なのさ。

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