421話 違和感と安心

 テントも完成したので、俺はミルの手を引いて逃げ込む。

 貴族のテントなので大型。

 中も広くて、テーブルと椅子が設置されている。

 簡易だがベッドもある。

 椅子に座ってため息をつくと、ミルは俺に苦笑した。

 そして口元に人さし指を当てて、懐かしい音声遮断魔法をかけてくれる。


「殿下のお相手も大変ね」


「ああ、正直言って疲れる……。

ミルはとても気が利くから、大助かりだよ」


 テントだから会話が外に漏れる。

 殿下に変に漏れたら面倒だからな。

 ミルは悪戯っぽい笑いを浮かべる。


「そのくらい分からないと駄目でしょ。

アルの妻なんだしね。

アルだって私が落ち込んだり悩んでいたら、すぐ気がついてくれるでしょ」


「それは気がつかないままにするのは嫌だからだよ」


「私も同じよ。

少しだけ話をしたけど、殿下は普通の人に見えたわね」


 俺はミルの素朴な感想に肩をすくめた。


「殿下は俺が、ミルに絡むと怒ると知っている。

それは得策じゃない……と言ってたよ。

だから表面的な会話で済ませていると思う」


「つまりアルには、絶対に嫌われたくないのね。

なんでそこまで、アルにこだわるのかしらね。

私たちはアルがすごいのは知っているわよ。

殿下は外部の情報だけでしょ」


「将来の指針を他の人に聞くより、俺に聞けば何か良い案があると思っているようだ。

社会体制の変革なんて魔法のように、パッと実現できるものじゃない。

俺が魔法の解決案をもっている……と勘違いされてもなぁ。

適した土壌と時期、正しい方法がないと実現が難しいね。

ラヴェンナが一定の成功を収められたのは、そこにいるのが行き場のない人ばかりだったからさ。

ところが普通の領土ではそうはいかない。

民衆は昔に回帰した安定を望むだろうね。

ずっと虐げられていたなら、変革の成功率は高くなるけどね」


 ミルは俺の推測に、少し渋い顔になる。


「そうね。

使徒の社会に順応できていた人たちは、社会が変わるのは怖いわね。

元々がひどければ、変わっても損はないと思うでしょうけど」


「多くの人は、秩序の回復を望むさ。

ただ……その安心できた社会は、使徒の正当性が前提だったからね。

人々が望んでも、大勢が納得できる秩序にはならない。

よほど圧倒的な実力で周囲をねじ伏せるか、戦乱で自滅すると気がついた連中が妥協するか。

そうでないと秩序は戻らないね」


 ミルはため息交じりに首を振った。


「ラヴェンナと本家は大丈夫だろうけど……。

他の領民たちが気の毒ね。

どっちの条件も難しいでしょ。

噂の英雄さんがどこまでやれるか分からないけど、平和を望んでいるように見えないのよね」


「そうだなぁ、俺のように犠牲が出ることにいちいち悩まないだろう。

何か大きな目標があるのか、単に自分の力を試しているのか……。

どちらにしても、情報が少なすぎる。

その英雄さんが、こっちに手を出してきたら戦わないといけない」


「そうなの? その人がアルと戦いたいとか?」


「彼が三つの王国を統一したいと思っているなら、戦わないと駄目だろうね。

使徒の世界に隙間を作って出来たのがラヴェンナだ。

一つにされては元の木阿弥だよ。

逆に乗っ取るだけの説得力、いや……支配階級に与える利益がない。

ラヴェンナの存在は抹消されるだろうね。

仮に恭順したとしても、将来は本家ごと俺たちをつぶそうとするさ」


 ミルは、ピンとこないようで首をかしげる。


「そんなことをするのは、メリットがあるからよね」


「緩い封建制のまま、つまり単純に現王家の代わりになるなら問題はない。

でもそれなら、大きな血を流して統一する必要は薄い。

そこまでするなら、中央集権を目指すだろうね。

王が神の代理人のような位置づけで、絶対的な存在にしようとする。

そうなると一家臣とするにはスカラ家のような大貴族の勢力は大きすぎる。

俺がその立場なら絶対に潰すよ。

小さな貴族は、脅威にならないから放置するだろうけどさ」


「そうなると、特殊なラヴェンナの存在は認められないわね。

結局、戦うしかないと…。

一難去って、また一難ね」


 憂鬱な表情のミルに、俺は苦笑してしまった。


「ハッキリしない未来を悩み続けても仕方ないさ。

まずはどんな未来が来ても対応できるように、足場を固めようか」


 ミルは俺の言葉に照れたように笑った。


「そうね。

アルの心配性が伝染したみたい」


 結構心配をかけている自覚があるので否定できない自分が悲しい。


「まあ……避難所の成功に、全力を傾けようか」


「でも運営は、本家に任せるのでしょ。

私たちの出番は、あまりないと思うけど」


 俺はちょっと意地悪な笑いを浮かべる。


「そうだね、本家に任せるね」


 ミルはため息をつきつつ、ジト目になった。


「また……なにか悪いこと考えてる顔ね」


「またとか、人聞きが悪いな。

技術指導するエンジニアは、ラヴェンナから出すだろ」


「そう言っていたわね」


「つまりラヴェンナのやり方でないと、物事は動かないわけだ」


 ミルは、少しあきれた顔になった。


「確かに役人もそれに引きずられるわね。

やり方を変えさせると、効率が落ちるから……それに従うしかないものね。

しかもラヴェンナでは成功しているから言い訳もできないわ。

余計な口を出して失敗したって意味になるかな。

しかも派遣したのが分家の当主だから責任転嫁もできないのね」


「それで従来のやり方より効果が上がれば、それが前例になる。

だから本家も、さらに改革が進むだろうね。

内乱になれば、前例に固執する余裕は無くなって人的リソースは貴重になるからね。

勿論、前例のない改革もありはする。

それはよほどの自信があるか、ばくちでないとできない。

どちらにしても主導した人にしか正しいやり方は分からない。

自然と失敗率は高くなる」


「そうね、アルのやることは最初全然分からなかったわ。

丁寧にいろいろ教えてくれて、さら学ぶ機会をもらって……3年くらいで分かり始めたわね」


「改革どころか……むしろ内乱になると、前例に固執するのが人の性だ。

失敗する余裕がないからね。

ところが行政の一本化で、すでに事務方のトップが変わっている。

彼らのような改革派は実績を出し続けないと、旧来の役人にその座を奪われるから必死だよ。

前例を固執する古い人たちを批判して、改革を始めたからね」


 俺の淡々とした説明に、ミルはひきつった笑いを浮かべた。


「うわぁ……。

親切心で本家に大盤振る舞いしていると思ったら、徐々にラヴェンナ方式に本家を染める気なのね……。

ある意味乗っ取りだわ。

ほんと……タチが悪いわね」


 俺はミルに苦笑して、肩をすくめた。


「別に無理に押しつける気はないさ。

ラヴェンナのやり方を、そのままなぞってもうまくいかない。

下地が違うからね。

そこは考えて融合させれば良いさ。

俺はその背中を、ちょっと押すだけだよ」


 転生前でも、アメリカの効率的な経営方法を学んだ2代目が、日本での経営にそのまま適用して会社を傾けたこともある。

 ラヴェンナの方法は、封建社会から見れば異物だからな。

 それを今の社会にマッチするように、参考にすれば良いのさ。

 風習が異なる手法を、参考にするなら役に立つ。

 模倣すれば自滅する。

 それだけのことだ。

 ミルは俺に優しくほほ笑んだ。


「恩返しだけで大盤振る舞いしているのは、ちょっと違和感があったのよね。

やっぱりアルは、なにか仕込んでいるほうが安心するわ」


 ほほ笑んでそのセリフってどうなのよ。

 しかも安心って……。

 俺は四六時中何かを仕込んでいないぞ。

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