413話 知らんぷりは寝覚めが悪い

 移住に関しての承諾は得られた。

 次は防衛に関する話になる。


「避難所とそこの民の防衛は、ラヴェンナ騎士団が受け持ちましょうか。

ルスティコ卿の配下を遊撃のポジションに置けば、防衛の目処が立つのではありませんか?」


 エドモンドは驚いた顔をしたが、すぐに眉をひそめた。


「その申し出は願ってもいないことです。

ですが、ラヴェンナの防衛はどうなさるのですか?」


「それはご心配なく、しっかりと計算した上での申し出です。

いかがでしょうか?」


 エドモンドはバルダッサーレ兄さんに、視線を向ける。

 団長の一存で決められる話ではないからな。

 バルダッサーレ兄さんはエドモンドに、うなずきを返した。


「アルフレードの申し出を受けて問題ない。

少なくとも、これから騎士団にかかる負荷は大きくなる。

できるだけ負担を減らすことを考えて良かろう」


 エドモンドは俺に、視線を戻して一礼した。


「では、ご助力を受けさせていただきます」


 アミルカレ兄さんは安心したように、小さく息を吐き出した。


「では、避難所はつくる方向で良いだろう。

場所についてだが、ラヴェンナからの輸送もあるだろう。

ラヴェンナ側からの条件はあるかな」


 俺は、ミルにアイコンタクトを送る。

 俺が宿題としてミルとキアラに条件を考えるように指示した。

 その回答に小さな指摘をして完成した条件は、満足がいくものだった。


 ミルは、少し緊張した面持ちでうなずいた。


「では、ラヴェンナからの要望をお伝えします。

5000人分の食糧輸送量は大量にならざる得ません。

ですので輸送効率は最優先課題となります。

海に面していれば、陸揚げしてから陸上輸送より効率的でしょう。

ですが…海であればどこでも良いとはいきません。

浅瀬だと寄港が難しくなります。

条件として一定の深さが必要と見ており、理想は水深15メートル以上ですね」

 

 アルバーノが首をかしげた。


「奥さま、お言葉ですが…現在主流となっているコグ船では、10メートルもあれば座礁しないと思われます」


 ミルはアルバーノの言葉に、首を振る。


「今は良いのです。

ですが、技術が発展すれば、船は巨大化するでしょう。

そうなると港としては廃れます。

また河川の近くでは、砂利が堆積するでしょう。

その場合は、浚渫も想定が必要になり、コストが増すと思います。

ラヴェンナとしては避難所を一時の施設ではなく、戦乱が終わったあとに有効に使える港湾都市にすることを希望します」


 俺は一つのことを一つの目的でやらない。

 ずっと、隣で見ていたからだろう。

 それに沿った案になるように頑張って考えてくれたようだ。

 ミルとキアラが導き出した回答は、俺の希望とも一致した。

 よくここまで成長してくれたなと、感慨深いものがある。


 アルバーノは少し考えて、ミルに頭を下げた。


「奥さま、恐れ入りました。

確かに使用が終わって廃れてしまうのは、費用の面から見てもよろしくありません。

では、その条件に合う立地を選定しましょう。

港ができるまでは、沖合から小舟で輸送することになるでしょうが」


「ええ、最初は手間です。

でも致命的ではありません。

港が完成するまでの辛抱ですね」


 バルダッサーレ兄さんが腕組みをする。


「ミルヴァさん。

話としては素晴らしいが、避難所どころの話じゃない。

予算はそこまで、潤沢に用意できませんよ?」


 ミルがバルダッサーレ兄さんにほほ笑んだ。


「ラヴェンナが建設に協力します。

こちらが全額を出すのはいろいろな問題から、よろしくないでしょう。

出せる範囲で、本家からは出していただければと。

勿論、夫は承諾しています」


 バルダッサーレ兄さんが一瞬、微妙な顔をした。

 内心で爆発しろと言っている。

 きっとそうだ。


「それは助かるが、とんでもない借りをつくりそうだ」


 ミルは俺をチラ見した。

 ここは、俺が回答しないとだめだろうな。


「貸し借りの話ではありません。

本家が倒れたら、ラヴェンナとしても無事で済みませんからね。

それにこの港湾都市によって、本家が発展すれば、ラヴェンナの発展にもつながります」


 アミルカレ兄さんが興味深そうな顔になる。


「治安以外で他に、ラヴェンナにメリットがあるのか?

助力はとても有り難いが、領民に本家に良いように使われるだけ…と思われると良くないだろう。

タダでさえお前は、領民に好き勝手言わせているのだ」


 その話は、もう伝わっているのか。

 思わず苦笑してしまった。


「そのあたりは、問題ありません。

なんとでもしますから。

そして港湾都市として発展すれば、交易によって利益をラヴェンナも得られます。

港の使用権利は、しばらくタダにしてもらいますから」


 アミルカレ兄さんは俺の言葉に笑いだした。


「なるほど、確かに多くの負担をしてもらって、使用料を取ることはできないな。

ところでラヴェンナから輸出できるものはあるのか?

何か特産品でもないと利益はでないと思うがね。

魔物の発生スポットがあるのは知っているが、それだけで莫大な利益とはいかないぞ」


「歴青の池があります。

それだけでなく、生産もあと少しでできる見込みですよ」


 魔族領にあった天然アスファルト。

 いわゆる歴青、俺の知らない用途が報告されてきた。


 接着剤だけではない。

 防腐、防水に効果があるそうだ。

 筆写させた百科事典に記載があり、試したところその通りの効果が得られたらしい。

 科学技術省に出入りする子供たちは好奇心が旺盛だ。

 昔の百科事典としてきて、読みあさって色々試している。

 歴青もその中にあったようだ。 

 悲しいことに忙しくて、俺は読めていない…。


 船に塗ることによって、防水性が高まる。

 道路の舗装も歴青は、使えそうとの話だった。

 試作品を見学したが、転生前のアスファルトのように照り返しが強くない。

 むしろ馬への負担が減るから、積極的に推進すべきとの話もでてきている。

 野生でない馬のひづめは弱くなるので、蹄鉄は必須となっていた。

 


「歴青…なんだったけな…」


 俺とミルの頭以外に疑問符がついていたので、説明をする羽目になった。

 と言っても俺自身説明されるまでは、分からなかったけど…。


「歴青は天然アスファルトです。

接着剤として有効ですが、防腐、防水性も高いので造船にも役立ちますよ」


「なるほど…。

有効性が証明されれば需要は高まるが…。

供給できたとしても値段次第だな。

その製造方法を秘匿しきれる保証もあるまい。

それだけに頼るのか?」


 さすがに現実的だな。

 生命線が1本では、確かに危ういだろう。


「あとは将来の発明に期待しましょう。

当面はそれで良いと思います」


 石鹸など特産品にできるものはある。

 オリーブの生産ばかりを増すわけにいかないので、まだ輸出はしていない。

 なんにせよ、食糧は自給できている。

 交易に困ることはないだろう。


 アミルカレ兄さんが俺を、疑わしい目で見ている。


「アルフレード、またなにかたくらんでいそうだな…。

だが…お前に成算があるなら、それで良いだろう。

ラヴェンナの好意を、有り難く受け取るとしよう」


 ミルのお披露目もできた。

 タダのお飾りだとは、これで思われないだろう。

 言い方は悪いが、本家は戦乱で立地的な盾になる。


 こちらが過分ともとれる援助をしないと、容易にラヴェンナに不平が向かいかねない。

 そしてそんな隙があれば、遠慮なく敵は手を突っ込んでくるだろう。

 

 いろいろと理屈をつけているが、知らんぷりは寝覚めが悪いのだ。

 それにそんなマイナス状態を、未来に押しつける気もなかった。

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