414話 税金の形

 場所の選定などは急ぐが、時間がかかる。

 その決定を、俺は本家で待つことにした。


 そしてもう一つ、面倒事が持ち上がった。

 王都に進駐しているファルネーゼ家がやらかした。

 

 騎士団が王都で、粗相をするとは思えなかった。

 俺自身の見立ての甘さを痛感する。

 騎士に従卒がついても、王都をカバーしきれない。

 だから、最低限の協調路線をとると思ったのだが…。


 人数不足をカバーするために、急きょ増員を行ったらしい。

 騎士はなることが難しく、それ相応の規範をもっている。

 人数も少ないが故に、プライドも高い。

 それ故に、汚れ仕事は基本的にしない。


 そこに、汚れ仕事をする傭兵を雇ったのだ。

 そんな盗賊か蛮族か分からない連中が、王都に進駐すると…。


 見事にヒャッハーして、王都は混乱状態に陥った。

 略奪や暴行が目立たないところで起こり始めたらしい。

 そして他の貴族たちも、大慌てで傭兵を雇い入れ始めた。

 このあたりは、なじみの商人、王都にいるシンパが内々に情報を伝えてくれる。

 日頃の付き合いは、大切ってこった。


 複数の情報を突き合わせて、これはほぼ事実だと判明した。

 そしてラッザロ殿下は、王都の治安を維持する力がないことを、自ら証明したわけだ。

 実は定期的にオウンゴールをしないと死ぬ病気にでも……かかっているのではないか。

 そんなどうしようもないことを考えたくなる。


 そして、王都にあるスカラ家の邸宅も略奪にあったらしい。

 この報告を聞いたときのパパンは無表情だったが、内心腸が煮えくり返っているのは明白だった。

 こんなときは、皆トップの顔色をうかがう。

 取り乱したり怒り狂っては、部下に影響がでてしまう。

 ホント偉い人はつらいよ。


 差し当たり防衛体制の構築を、急ピッチで進めるようにとの指示がでた。

 俺にできることは、ラヴェンナに早馬で準備を急ぐようにと、指示を出すだけだった。




 家族との会合を終えて、ミルと俺は自室に戻ってきた。

 ミルは俺の隣に座って、盛大なため息をついた。


「王都から荒れ始めるなんて思わなかったわ」


「俺もだよ。

人の愚かさは、想像を超えるよ…。

こうも予想外だと予測するのも、ばからしい気になってくる」


 ミルは俺の愚痴に笑いだした。


「でも予想しちゃうんでしょ?」


「……反論できないのが、悔しいところだ」


「でも、自分たちの足元は固めているから、なんとかなるでしょ」


「それは最低限の条件だからね」


 ミルは何か気になることがあったのか、少し首をかしげた。


「足元と言えば、ラヴェンナは大丈夫?

短期間なら負担も平気だと思うわ。

長期になったら耐えられるのかな?」


「負担していると意識しなければ平気だね。

つまり自分の生活に影響しない限り、本家との関係を重視する方針に、異を唱えないよ」


「内部の状況は知ってるから、大丈夫だとは思うけど…」


 珍しく、ミルが口ごもる。

 俺の催促する表情に諦めた様に、ため息をついた。


「アルは…トラブルを呼び込む体質だから…ほら…いつも…ね」


 正直否定しきれない自分が悲しい。


「ま、まあ…。

そのときは、なんとかするよ。

何もしないと、もっと酷いことになるからね」


「ホント、アルと一緒になってから、退屈とは無縁よね。

そうね、そのときは私もできるだけ力になるわ」


「頼りにしてるよ。

内政に関してはもう、俺より詳しいからな」


 実際、情報は与えられているが実務は任せっきり。

 ミルは多少自信がでてきたようで照れたように笑った。


「それは良かったわ。

最近ちょっとだけ、皆自信がでてきたみたい」


 4年間、ラヴェンナの立ち上げから協力してくれている。

 政務のノウハウも覚えているし、ミルは自己評価よりずっと能力は高いと思っている。

 望外の能力と言ったところか。

 それも、俺のためにやってくれているのはとても有り難い。

 好きな人のために頑張る側面は大きいだろうが…。

 果たして俺は、それに報いることができているのか…。

 最近自問自答することが増えた。


 などと考えにふけろうとすると、頰をつつかれた。

 ミルは、少しお冠のようだ。


「また余計なこと考えてるでしょ」


 思わず頭をかいてしまう。

 簡単に見抜かれるのも困りものだ。


「なんで分かるのかなぁ」


 俺のボヤキに、ミルは悪戯っぽく笑った。


「内緒よ。

それで何を考えていたのよ。

未来のことを考えている顔じゃなかったわよ」


 どうして、そこまで分かるのか…。

 返事に困るな。

 俺が言葉を選んでいると、ミルは小さくため息をついた。


「あぁ……そのパターンは、私のことね。

私はとても幸せだから悩まなくても良いわよ」


 最近、めっきり頭が上がらなくなっている。

 

「降参だよ」


 ミルは俺にほほ笑んで寄りかかってきた。

 黙って肩を抱き寄せると、ミルは上機嫌でウインクした。


「素直でよろしい」


「まったくかなわないよ」


 これは、偽らざる本音だ。

 

「そういえば、お義兄さんたちが気にしていたけど、工事ってそんなに大変なの?

ラヴェンナでは頻繁にやってるでしょ」


 人間社会のことは、あまり知らないからか…。


「普通の領地では、労役と言って税金のようなものになるからね。

そして工事のために労役に参加しない人から臨時の税金を徴収するから、民力を大きくそいでしまうのさ」


「税金って言うと…。

ラヴェンナの工事と違って、給料はでないのね」


「そう、その間の収入はないからね。

工事が長引くほど、民の暮らしは厳しくなる。

長い工事が終わって戻ると、家が借金のカタとして取られているなんてこともあり得る。

労役中は借金の支払いは中止するようにとお達しがでているけどね…。

裏道はどこにでもあるからなぁ」


「ラヴェンナの土木工事は、単純に仕事で給料はでるし食事も支給されるから喜ばれるわね。

よそはそんなことしないのね…。

本家もそうなの?」


 俺はミルに苦笑を向ける。


「そうだよ。

でもかなり注意して、労役を課しているよ」


「これも簡単には変えられない話なのね…」


「税金を集めるのも手間だからね。

必要な工事を、税金代わりにさせるのも立派な徴税だよ」


 ミルは、ちょっと考え込んだ顔になった。


「アルはどうして、そうしなかったの?」


「簡単だよ。

新しい町をつくるなら、土木工事はとても多くなる。

それを税にしていたら、皆逃げ出すよ。

だから兵士にセカンドキャリアの選択肢を増やすことも兼ねて、土木工事のエキスパートになってもらっただけさ。

工事の規模と範囲が広くなると兵士だけでは足りなくなる。

足りないから…と兵士を増やしすぎても健全な社会にならないから、普通の労働者が必要になってくる。

そのころには雇うだけの予算もでてくるから、雇って解決するよ。

つまり他に、手がなかっただけさ」


 ミルはあきれたような感心したような、微妙な顔になった。


「言われてみればそうなんだけど…。

最初にそこに着目するのがねぇ。

私たちをどんなところに連れて行く気なのかしら」


 連れて行く気はないさ。

 ただ、道を選べるようにしたいだけだ。

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