412話 封建社会での避難は難しい

 避難所の選定と食糧輸送体制などの、大まかな話を詰めることになる。

 平時ならば、役人同士で決める話。

 ただ防衛など安全保障上の問題があるので、役人だけでは決められない。


 出席者は、議長としてアミルカレ兄さん。

 行政全体の代表としてバルダッサーレ兄さん。

 安全保障の代表としてスカラ家騎士団長エドモンド・ルスティコ。


 エドモンドとは4年ぶりの再開だった。

 会議前の時間を利用して、彼のところに挨拶に出向いた。


「ルスティコ卿、お久しぶりです。

お元気そうで何よりです」


 エドモンドは俺とミルに、丁寧に一礼した。


「アルフレードさま、お久しぶりです。

アルフレードさまこそ、大変でしたな」


 使徒襲撃で死にかけた話だろう。


「悪運強く、しぶとく生き残っています。

ああ…紹介します。

妻のミルヴァです」


 ミルはエドモンドに、優雅に一礼した。


「初めまして、ルスティコ卿。

アルフレードの妻、ミルヴァ・ラヤラ・ラヴェンナです」


 同じ家の人間なので、デッラ・スカラは、省いて名乗るのがルール。

 そうでないとよその人間だと思われる。

 いろいろ面倒なのよね。


 エドモンドは丁寧に、ミルに一礼してほほ笑んだ。


「お初にお目にかかります、奥方さま。

騎士団長のエドモンド・ルスティコです。

以後よしなに」


 あとは、軽い世間話で済ませた。

 ここから、騎士団への負荷がかかる。

 なので、騎士団長を尊重する態度を示しておく必要がある。

 俺から挨拶に出向いたのは、そのためだ。


 ただでさえ、ラヴェンナは軍隊が主力となっている。

 騎士団を軽視していると思われかねない。

 必要に応じてとった統治形態の一つにすぎないのだ。

 その概念を外部に持ち込む気はサラサラない。


 会議室にはいると、役人たちが既に準備をすませていた。


 事務方の代表として、アルバーノ・ザンベッリ。

 30代後半の行政改革案を熱心にだしていた一人。

 抜てきされて、事務方のトップになっている。

 黒髪で黒い目のいかにも生真面目といった印象。


 そのアルバーノはスカラ家の役人代表として出席している。

 主に、財務や税収の実務のトップ。

 彼には、数人の助役が付き従っている。


 議長はアミルカレ兄さんが務める。

 全員がそろったところで、アミルカレ兄さんがせきばらいをした。


「さて…一同が揃ったので、始めようか。

隣国では傭兵を投入して、領地が荒れだした。

この影響は遅くても、来年にはハッキリでてくる。

その影響で食えなくなった連中が、どうするかは明白だろう。

それだけに飽き足らず、王位継承でも混迷を極めており軍事衝突も想定される。

この問題の対策について話し合いたい」


 アミルカレ兄さんが全員を見渡す。


「いくら当家の騎士団が精強といっても、数に限りがある。

複数地点を一度に攻撃されてしまっては、対応が遅れてしまう。

だからといって領民を見捨てるなどは有り得ない。

そこで、攻撃を受ける可能性のある土地の領民を、一時避難させる必要があるだろう。

まずこれについて議論したい」


 バルダッサーレ兄さんがエドモンドに、視線を向ける。


「ルスティコ卿。

全域のカバーは無理だろう。

だが、ある程度絞れば対応は可能だろうか」


 エドモンドは腕組みをして、難しい顔になった。


「ラヴェンナ方面からの攻撃がないのが救いです。

山からの攻撃もないと見て良いでしょう。

攻撃があるとすれば…海方面と王都方面、そして隣接しているデステ家方面からでしょうな。

それでも広すぎますな…。

残念ながら対応しきるのは難しいと思います。

一部は後手に回らざる得ないでしょう」


 アルバーノが身を乗り出した。


「それ以前に、前提の確認をさせていただきたい。

領民の待避をしてしまうと、あのあたりの納税は穀物です。

食糧供給の減少に直結するでしょう。

食糧の備蓄に余裕はありません。

余裕がない状態での供給減少は自殺行為です。

そうなると治安が悪化します。

当家が負けるとは思えませんが、勝った後での力は大幅に減少するでしょう」


 俺は、黙って議論の行方を注視する。

 ここで出しゃばる気はない。

 それと、各自の考えを把握しておきたい。

 有り難いことに、ちゃんとした議論だ。

 言い合いや責任の回避合戦になっておらず、それぞれの立場での意見をだす状態になっている。


 当家の方針として、領民を守ることを主張している。

 騎士団としては、その実現は現時点では厳しい。

 事務方としては食糧供給の減少にともなった治安悪化。 

 その結果当家の力が減退することを避けたい。

 冷酷な話だが、食糧供給が減っても人口が減れば傷は浅い。 

 決して軽症でないが、致命傷ではない。


 ミルは真剣に話を聞いているが、俺が沈黙を保っていることが気になっているようだ。

 ミルと視線が合ったが、俺が意図して沈黙を保っていることを理解したようだ。

 分家が本家の方針に、積極的に関与するのは良くない。

 理屈でなくて感情の話だからな。


 それは、兄さんたちも知っている。

 だから俺に意見を求めない。

 タイミングを見計らっているだろう。



 議論が行き詰まってきた。 

 そこでアミルカレ兄さんが、俺に視線を向ける。


「アルフレード、ラヴェンナ領主として何か意見はないかな?」


「そうですね…。

まずルスティコ卿の心配されている、海からの攻撃。

あるとしたら海賊でしょうが、こちらが対応を受け持ちましょう。

その際に、本家領への寄港許可と補給、船の整備を認めていただく必要がありますが」


 エドモンドはアゴに、手を当てて少し目をつむった。


「海からの攻撃を意識しないなら、かなり現実味がでますな。

それでも若干手が足りません。

戦力は減りこそすれ、増えはしません。

短期で収束する話でもないでしょう」


 もう少し議論を深める必要があるな。

 事務方トップのアルバーノが納得しておらず、領民をただ待避させるとなると、食糧の大幅減少になる。

 生産者がただ避難した場合、単に人数分供給減少ではない。

 倍以上の負担と計算しているだろう。

 1000人の農民が3000人分の食糧供給を止めた場合は、単純計算で4000人分の損失。

 自分たちの分と納める分だからな。

 一度農地を放棄すると、再度耕作可能になるまで、一定の期間が必要。

 トータルではどれだけの損失になるのか不明で、容易に承諾できないだろう。

 封建社会での避難は簡単な話ではないからな。

 転生前の人命最優先の概念が無いからなぁ。

 そんな正当な疑念を無視して話を進めると、感情的に反対に回る可能性が高い。

 最悪…面従腹背になりかねない。


 アルバーノは俺を、けげんな顔で見た。


「アルフレードさま。 

避難民がでた上に、海上防衛の補給を受け持つと、さらに食糧への影響が増します。

ルスティコ卿がおっしゃった長期戦にすら…持ち込めない可能性がでますぞ」


 正しい認識だな。

 俺はアルバーノにうなずく。


「では避難民を、労働に従事させるとどうなりますか。」


 この程度は当然考える話だ。


「その場合は、別の土地を耕作させるとしてもすぐには効果がでないでしょう。

それまで持ちこたえられますかな」


 収穫が最短で1年後、そこまでの損失に耐えられるのか。

 土地によっては、開墾に手間取りもっと時間がかかるだろう。

 その問題の解決案を提示する必要がある。

 それに待避した人数分の耕作地があるのか…といった問題もある。


「避難させる民に、耕作に限らず土木工事にも従事させてはどうでしょうか。

勿論、技術習得が必要です。

そのためのエンジニアは派遣しましょう。

湿地帯の干拓に従事させれば、耕作地を拡張もできます。

他家は傭兵が荒らしてしまって、食糧生産すらおぼつかないでしょう。

売るなり交渉のカードにするなり使えると思います」



「確かに一時だけの負担で済みますが…。

十分な備蓄があるならば、やりくりでなんとか時間を稼げます。

ところが4年前の飢饉のダメージが、ようやく癒えたところです。

余裕がないところに我慢は危険だと思われます」


 俺はミルと無言でうなずきあう。

 

「避難民の食糧は、ラヴェンナから供給しましょう」


 アルバーノは俺の言葉に仰天した。


「人数次第でしょうが…可能なのですか?

支援した結果、ラヴェンナの食糧が不足することは望んでおられないでしょう」


「そうですね。

概算ですが5000人程度なら、2-3年供給することは可能です」


 元々戦乱は想定していたので、食糧生産は多めにしている。

 肝心の労働力だが、ラヴェンナ地方の人口把握はできていなかった。

 辺境だからそれは仕方ない。

 平定完了後に、各総督が頑張ってくれたので、大まかな人口は把握できている。


 ラヴェンナの総人口は、3万5千といったところ。

 最初に聞いたときは、さすがに驚いた。

 2万人弱だろうと想定していたのだ。

 今まではロクに人口管理もしておらず、隠れた集落も多かった。

 こんなに散っていたのか…と。


 戦乱で人口が減るのは、戦火に巻き込まれて死ぬだけではなく、統治者が人口を把握する力が衰えるから…という話を聞いたことがある。

 俺たちに接触してきたのは、比較的固まって統率のとれた集団だったのだと実感した。

 だからこそ戦ったりできたのだろうが。


 このままだと、行政のフォローが及ばないので、半ば強制的に移住させた。

 最初は当然不満もあったが、身の安全の心配をしなくて良くなったことを実感すると、自然と不満は消えていったようだ。

 労働力が、一気に増えたので基幹産業となっている農業に割り当てた。

 おかげで生産量が増えたのだが…。

 総人口が予想外に多かったので、生産量も予想外に増えてしまった。


 現在は余剰分を買い上げて、食糧の価値をなんとか一定に保っている。

 戦乱を見越して、生産を増やしたのだが…増えすぎた。

 世の中うまくいかないものだ。


 

 予備を残しつつも、本家に成人5000人分は援助できる量だと報告を受けた。

 この計算も以前の貧民受け入れの経験が生きており、いつの間にかノウハウとなっていた。

 トラブルも何かの拍子に対応した経験が役に立つ…といったところか。


 アルバーノはしばし考え込んで、控えている助役と短いやりとりを始めた。

 すぐに俺に視線を戻してうなずいた。


「他領と接触している地域の人口密度は薄いですね。

5000人分の食糧をアルフレードさまが用意していただければ、避難させることに異存はありません」


 デッラ・スカラ家の総人口は把握できていないが、10万人程度。

 人口は都市部に、そこそこ集中している。

 他領と隣接している地域の密度は少ない。

 幸い、最大の穀倉地帯は中心部に近いので、侵攻の被害は受けにくい。


 これは偶然ではない。

 転封されたときに、意識的に食糧生産の中心部を守りやすい内地に定めたからだ。

 あとは流通も考えてのことだな。


 解決案を提示したから、事務方の態度もソフトになったかな。

 面倒くさがって、ゴリ押しをすると…あとでツケを払うハメになる。

 内乱の最中に面従腹背とダンスを踊る余裕は、全くない。

 決定打のない内乱は、どちらが自滅しないかがカギだからなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る