411話 わが家の仕組み

 歓迎の宴は、和やかに終わった。

 兄さんたちはえらくミルを気に入っており、俺の味方をしてくれない。

 逆より良いけどさ…。

 

 なれそめをしつこく聞かれて恥ずかしいことこの上なかった。

 やっと解放されて、自室のベッドにミルと二人して並んで寝転んでいる。


「疲れた…」


 ミルも力なく寝転がっている。


「ええ…。

思っていたのと逆の意味で疲れたわ…。

アルの実家って変わった貴族なの?」


「外向けの態度と、内向きの態度が違うだけだよ。

元々武門で名高い家だからね。

プライベートでの礼儀にはうるさくないよ」


「外向きってことは、役人とか騎士団の人たちと会うときの話ね」


「そうそう」


 ミルは俺に、体を寄せてほほ笑んだ。


「そこはちゃんとやるわよ」


「そこは心配してないよ。

ちゃんとやれるさ」


「それより今回の騒動、皆が全く動揺もしてないのがすごいわね。

むしろお義兄さんたちは、この状況を楽しんでいるみたいよ。

お義父さんはうんざりしていたみたいだけど」


 ミルにもそう見えたか。

 今の世の中は、自分の実力を試すことができる機会でもある。

 地道な政務よりは、胸が躍るのだろうな。

 

「俺と違って戦うことに、楽しみを見いだせるタイプだよ。

ずっと政務ばかりで内心は退屈だったと思うよ」


 俺は、戦うことで気分は高揚しない。

 面倒くさがりなのだよ。


「アルはこの時代の人の中でも、すごく戦闘意欲ないわよね。

それなのにどうして、好戦的な人より危険な目に巻き込まれるのよ…」


「まあ、決めるのは俺じゃないから。

それに新しいことをやってるからね」


 ミルは、小さく頭を振った。


「分かってるわよ。

普段はできるだけ、私たちに心配掛けないように立ち回るけどね。

無理だと思ったら、驚く程むちゃなことするわね」


「戦乱が終われば平和になるよ。

皆が戦争は、コリゴリだってなればなおさらね」


 ミルは俺の手を握る。


「そうね。

私も精いっぱい力になるわ。

どこまで役に立てているのか、ちょっと不安だけどね」


 俺は、ミルの手を握り返す。


「ミルはものすごく優秀だよ。

自覚はないのかもしれないけどね」


「そうなの?」


「断言するよ。 政務では、一番頼りにしているしね」


 ミルは俺の言葉に、うれしそうに笑った。


「良かった。

でも皆の前で言ったら、大変そうね」


「2人きりのときに、他の人の話はしなくて良いよ」


 ミルは俺の言葉に笑いだした。


「ごめん、普通逆よね」

 

 そのあとは、仲良く夫婦で夜を明かした。

 朝食の前の身支度は、使用人がきて手伝ってくれる。

 ラヴェンナでは自分でやっているが、ここは使用人に任せるのがマナー。

 

 2人で、朝食に向かうとマリオと出くわした。

 また小太りに戻ったようだ。


「マリオ、久しぶりですね。

体重も戻って元気そうでなによりです」


 マリオは真面目くさって、俺たちに一礼した。


「おかげさまで」


 ミルはマリオにほほ笑む。


「あなたが噂のマリオね。

キアラとルードヴィゴさんから、話は聞いているわ」


 キアラと言う単語に、マリオはビクっと反応した。

 いつの間にか、脂汗をかいている。


「は、はい。

ルードヴィゴとは手紙のやりとりをしていますが、奥さまの話題はたまに出てきます。

ラヴェンナで、一番の常識人かつ皆の癒やしだと…。

困ったら奥さまを、頼りにするとも言っていました」


 まあ、ミルが一番の常識人だよな。

 あの濃いメンツの中では特に…。

 そしてキアラはトラウマなのだろう。

 あえて、言及を避けたな。

 ミルはマリオの言葉に、優しくほほ笑む。


「癒やしなんて大げさよ。

確かに皆変わってるけど…非常識じゃないわよ。

私はここの生活に慣れていないから、迷惑を掛けるかもしれないけど…よろしくね」


 マリオは突然涙ぐむ。


「もったいないお言葉です…。

噂どおりお美しくて、優しい…女神のようなお方ですね。

アミルカレさまと、バルダッサーレさまも、よく話題にされていました」


 ミルが大げさな賛辞に、困惑顔になる。

 俺に、救いを求めるような目を向ける。


「ウチは女性陣が強いですからね。

ミルのように穏やかな女性は新鮮なのですよ」


 ミルは俺の言葉に、小さく苦笑する。


「強いのかは分からないけどね。 

でもキアラはかわいいし、お義母さまは凜としていて…とてもすてきよ」


 マリオは礼儀正しくうなずいていたが、目は正直だった。

 絶対そう思ってない。


「いえ、奥さまはそのままで十分すぎるほど素敵な女性です。

どうか…どうか…どうか…そのままで…」


 思わず吹き出しそうになった。

 これ以上いると、マリオが自爆しそうなので、別れて朝食に向かうことにする。


 ミルは困惑顔だった。


「ここまで歓迎されるなんて思っていなかったわ…」


「良いと思いますよ。

実家にきて、少しでも嫌な思いはしてほしくありませんから」


 ミルは、少し赤面してせきばらいした。


「ともかく、待たせるのも悪いから早くいきましょ」


 朝食の席では軽い世間話と、今日の予定などを話し合った。

 俺はアミルカレ兄さん、バルダッサーレ兄さんとともに、役人と今後の具体的方針をすりあわせることになる。

 当然ながら、ミルにも出席してもらう。


 ミルは、少し驚いたようだ。


「良いの? 私が参加しても」


「出てくれないと困ります。

ラヴェンナ内政の詳細は、ミルが一番熟知していますからね。

数値の話になると、私だけだとアバウトになってしまいます」


  アミルカレ兄さんが、大げさにため息をつく。


「こんなところでのろけるなよ…」


 バルダッサーレ兄さんは肩をすくめた。


「まあ…むさ苦しい空間です。 せめて華があったほうが良いでしょう」


 アミルカレ兄さんは首を振った。


「勿論そうだ。

だがな…弟2人に嫁ができて、私はなぜか後回しだ。

オカシイだろ!」


 俺は、アミルカレ兄さんの嘆きに肩をすくめた。


「次期当主ですからね。

相手は厳選しないといけません。

家格の問題もありますが、政情不安定なので、父上も売り込みを吟味するのに苦労しているでしょう。

だって3桁は、申し込みがあったのですよね」


 ミルが俺の言葉にびっくりする。


「100人以上も? すごいわ」


 アミルカレ兄さんがため息をついた。


「ミルヴァさん。 次期当主はね…嫁を選択する自由などないのだよ。

わが家はえらくなるほど不自由になる仕組みなんだ…。

アルフレードのように、節操なく旅先で恋に落ちるなんて、私には無縁なのだよ…」


 節操なくって、まるでナンパしまくってるみたいじゃないか。

 ミルは、少しひきつった顔で苦笑している。


「お義兄さんにも必ず、良い奥さまが見つかりますよ…」


「慰めないでくれ、悲しくなる。

くそう…アルフレードめ…。

こんな嫁さんをもらうなんて反則だろう。

それに飽き足らず側室まで作りやがって…。

ただの変人だと思っていたが、好色変人だったとはな。

ところで…私を哀れだと思ったら兄弟の立場を入れ替えないか?」


 なんで、俺に八つ当たりをするんだよ!? しかも無理だし!

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