410話 毒入りの酒

 内乱と言っても、グダグダな展開が予想される。

 こんな予想だけは、俺を裏切らない。


 しなくても良いことをした揚げ句に、泥沼になる。

 ラッザロ殿下が庶兄のヴィットーレ殿下に、暗殺疑惑をなすり付けて討伐に動いたのだ。

 しかも、やるなら内密かつ一気に仕留めなければいけないところを、わざわざ大貴族のファルネーゼ家の支持を取り付けて、騎士団を呼び寄せる始末。


 大がかりに、何かやりますと言っているようなものだ。

 当然察知されて、ヴィットーレ殿下は姿をくらました。


 こうなると、パパンは危険を察知して、領地に戻っている。

 あのまま、王都にいたらドサクサ紛れに殺害か捕らえられる可能性まである。


 ヴィットーレ殿下を犯人扱いするラッザロ殿下に証拠を要求したからだ。

 逆ギレしたのか、ラッザロ殿下はスカラ家がヴィットーレ殿下についているのかと疑い始めた。

 筋目を通す役割をしているから、いい加減煙たくなっているのだろう。

 熱心な支持勢力でもないので疑念を抱いたのかもしれないがな。


 この騒動の対策をスカラ家で決める必要がある。

 俺も本家に呼ばれている。

 ついでと言ってはなんだがミルをパパンに会わせる必要もあり、今回の同行者はミル一人だ。

 キアラは俺が不在のときの責任者として、ラヴェンナを守ってもらう必要がある。

 俺、ミル、キアラの3人が不在のときの体制まではつくっていない。 

 これも考えないといけないなぁ。


 騎士団は今のところ必要ないと言われたので、最低限の護衛を連れて行くことになる。

 ミルはパパンと会うのは初めてなので、心なしか緊張しているようだ。


 移動中の馬車で黙り込んでいるので、俺はミルの手を握る。


「大丈夫だよ。 ちゃんと歓迎してくれるさ」


 ミルは俺の手を握り返してきた。


「ありがとう。 分かっていても緊張しちゃうわ」


「逆の立場だったら、俺も緊張してると思うよ」


 ミルは俺の言葉に、目を細めてほほ笑んだ。


「そうね。 でも…生きていたら、必ず歓迎してくれるわよ」


 ミルの緊張が少し解けたようだ。


「戻ったら、キアラにはいっぱいお礼しないとね」


「だなぁ…。 一体、何を要求されるやら」


「それだけじゃないわよ。

戻ったらアーデルヘイト、クリームヒルト、オフェリーのアル禁断症状治療が大変よ」


 戻ったときのことを考えたくない…。


「今日は良い天気だなぁ…」


 ミルはジト目になった。


「天気が良くても悪くても、未来は変わらないわよ…」


「ともかく、今後の話をしっかり決めようか」


「そうね。 スカラ家全体として、今後の行動を詰めるのよね」


 小さいため息が漏れる。


「と言っても、俺たちに主導権はないからね。

ラッザロ殿下が思った以上にバカなのが予想外だよ」


「アルはそんなタイプの相手は、苦手だものね」


「行動が読めない相手は、手の打ちようがないからね」


 そんなとりとめのない話をしながら、4年ぶりの実家が見えてきた。

 当然ながら、なにも変わっていないな。

 屋敷につくと、まず自室に通された。

 ミルは初めて入る俺の部屋に興味津々だ。

 

「遠慮せずに好きに見て良いよ」


 ミルはうれしそうにうなずいて、いろいろなものを手に取りだした。

 ほほ笑ましいな。

 そんなに面白いとは思わないのだが。

 そうしているとパパンに呼ばれたので、俺とミルが書斎に向かう。


 書斎では、家族一同が待っていた。

 パパンは少し老けたようだ。

 頭に、白い毛が増えている。

 気苦労がすごかったのだろう。

 

 ミルはパパンに、丁寧に一礼する。

 パパンはミルにほほ笑む。


「初めまして。

私がアルフレードの父、フェルディナンドだ。

もっと早く会いたかったのだがね。

面倒ごとが多くて、今日までかなわなかったわけだ。

アルフレードにはもったいない美人じゃないか」


 まあ、容姿では釣り合ってないわなぁ。

 ミルも少し緊張気味にほほ笑む。


「初めまして。 

アルフレードの妻。ミルヴァです。

私もお会いできてうれしく思います。

アルフレードは私には勿体ないくらいの、素敵な旦那さまですよ」


 ママンがパパンに何事か耳打ちする。

 それを聞いて、パパンはせきばらいをした。


「ああ…私たちは家族だ。 

そこまでかしこまらなくても良いよ。

ミルヴァは私の娘になったわけだからね。

実は私も息子の嫁と会うのは初めてでね。

しかもアルフレードの嫁だからね。

ガラにもなく緊張してしまったよ。

おかげで少し堅苦しくなってしまったようだ」


 ってなんだよ…。


「はい、ありがとうございます」


 俺はミルの手をとる。


「立ったままもあれですからね。

座りましょうか」


「ええ」


 俺たちが着席すると、パパンが真面目な顔になる


「さて、歓迎の宴の前に、真面目な話を片付けようか。

王位継承の醜態劇は聞いているな?」


「はい、父上。

本人たちは至って大真面目なのでしょうけどね」


「冗談であってくれたほうが、まだマシだな。

ファルネーゼ家の騎士団を王都に呼び寄せたのは良いが、これからのプランがあるとは思えないな」


 パパンの疲れた顔を見ると、どれだけ苦労したかがよく分かる。


「ラッザロ殿下はともかく、ファルネーゼ家は当然今後を考えているでしょう」


「そこなんだがな…。

ファルネーゼ家でも次男が、騎士団を率いている。

当主と嫡男はあずかり知らないことだったらしい」


 どこの家もグダグダだなぁ。


「ここでも家督相続ですか。

そんな強引な手を使っても、後始末が大変なだけだと思うのですがね。

そもそも家中で反対すら起こらないのですか」


 アミルカレ兄さんが皮肉な笑いを浮かべた。


「ところが、ファルネーゼ家の次男坊。

オリンピオ君の妻が、枢機卿の縁者でね。

教会も裏で、糸を引いているようだ」


 バルダッサーレ兄さんも肩をすくめた。


「公開質問状の取り下げも狙っているだろう。

次男が相続するときの正当性の欠如は、教会がバックにつくことで補完できると踏んでいるようだよ。

教会とのつながりを全面的にアピールしているからね。

そして騎士団長も教会と縁続きだからね。

ファルネーゼ家は教会の味方になるようだ」


 やはり教会の正当性が揺らいでも、そこにすがる人は一定数存在するか…。

 そしてそんな人たちは固まるだろう。

 それがファルネーゼ家だったのか。

 そこまで情報を集めてなかったからなぁ。

 教会の影響力を少し甘く見ていたか。

 正当性は形だけでも残っている、と言ったところか。


「教会が望む公開質問状の取り下げは、他家が賛成する話ではないでしょう。

ファルネーゼ家単独では当家より力は弱いですよね。

他家の協力が不要とも思えません」


 パパンが、俺の言葉に腕組みをした。


「なにも取り下げる必要はない。

新たな土地を、教会に与えれば良い。

そんな動きが見えている。

まだ空手形だがね」


「ああ、新たな荘園ですね。

別の名称にして使徒騎士団を常駐させて、教会の直轄領にするわけですか。

となると、狙いはウチですかね」


 パパンは俺の言葉に苦笑した。


「さすがだな、その通りだ。

暗殺未遂の共犯と決めつけて、強引に奪いに来るだろう。

大義名分は大事だが、それはあくまでガワにすぎないからな。

勝てば正当性など幾らでもひねり出すだろう。

皮肉なことに、本来は大義名分や秩序を守る王家がこのていたらくだ。

ただ…新しい秩序をつくる見通しがあるとは思えないな。

目の前の事柄に反応した結果が連鎖しただけだろう」

 

「ええ、多分そうだと思います。

教会がバックについたとは言え、随分なりふり構っていませんね。

ストルキオ修道会がたき付けているのでしょうか?」


 ママンが、俺の言葉に難しい顔になった。


「急で乱暴な動きですからね。

可能性は考えたほうが良いでしょう。

利益だけで動くなら、もう少し慎重に動いているはずね」


 そして絶対に確認しなければいけないことがある。


「父上、当家は誰を担ぐおつもりですか?」


「決めたいのは山々だが、ラッザロ殿下に敵対されたとなれば2択。

われわれで話し合っても、明確な答えはでなかった。

アルフレード、お前の考えを聞きたい」


「まだ決めていないなら、降りかかる火の粉を払いつつ状況を注視すれば良いと思います。

最初の攻撃をはね返せば、どちらかがもったいぶって手を差し伸べてくるでしょう」


 パパンは深いため息をついた。


「隣国では傭兵を使った略奪などが始まって、戦火は際限なく広がっている。

来年の収穫をどうするつもりなのやら。

今周囲は火の海だ。

火の粉を払ったは良いが大やけどを負っては、空いた手にナイフをもって手を差し伸べてくるやもしれんぞ」


 アミルカレ兄さんは首を振った。


「われわれも傭兵を雇うと、こちらの領土も荒廃する。

そもそも傭兵など、酒をタダで飲みたいだけの碌でなしの集まりだ。

どこでもお構いなく土地を荒らすだろう。

そうすると給料が払えなくなって、領内の略奪を黙認せざる得なくなる。

略奪を禁止するなら法外な雇用料を要求するだろう。

そんな傭兵を雇わずに済めば、それに越したことはないのだがな。

だが騎士団だけでは、領土をカバーしきれない。

酒が足りないからと言って、毒入りの酒を皆競って飲んでいるようなものだよ…」


 俺は、ミルと無言でうなずきあう。


「そこで私から、提案があります」。


 ここで、ラヴェンナで決めた援助案を提案する。

 本家の騎士団を、遊撃の位置におくことができれば、守るのはかなり楽になるはずだ。

 領内の地理にも精通している。

 遊撃にするのが一番力を発揮するだろう。


 アミルカレ兄さんは俺の説明に、腕組みをした。


「それはこちらにとっては、願ってもない話だ。

役人たちも両手を上げて賛成するだろう。

だが、お前の領土は大丈夫なのか? 食糧の負担だって相当大きいはずだぞ」


「ご心配なく。

食糧の必要量は計算して準備してあります。

仮に襲撃があっても撃退できる体制は、すでに作り上げていますから」


 バルダッサーレ兄さんは俺の言葉にうなずいた。


「確かに、この前遊び…いや、訪ねたときの様子を見れば、噓でないことは分かる。

さすがに食糧は計算したと言っても、計算どおりにいくまい。

それを頼りすぎると共倒れだな」


 パパンはしばらく、目をつむって腕組みをしていた。

 やがてうなずいてから、目を開けた。


「耕作地を守ることは可能だろう。

全ては難しいがな。

しかし…もう、アルフレードに助けられるとはな。

頼もしいが少し我が身が情けない気もする。

だが…領民を守れないのであれば、貴族を名乗ることはできまい。

我が家の家訓は貴族の責務を果たすことだ。

その方針でいこう」


 大方針は定まったな。

 あとは細部の詰めだけだ。

 最初の攻撃をしのいで、簡単にはつぶせないことを教えれば今後なにかとやりやすくなるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る