409話 損切りの決断

 世の中思い通りには行かないものだ。

 ダンジョンの調査も、編成が難航している。

 無理に組めば可能だが、命がけでそんなことをしたがるやつはいない。

 掛け金は自分の命なのだ。


 おかげで閣議中は、シルヴァーナの機嫌の悪いこと悪いこと。

 俺からすれば、撤退してくれても一向に構わない。

 

 ギルドからすれば、そうは行かない。

 だが規律維持で精いっぱい。

 ここで撤退する決断ができずにいる。


 今日も、シルヴァーナの愚痴の独演会になっている。

 皆げんなりしているので、さすがに止める必要がある。


「シルヴァーナさん。

不満なのはよく分かりました。

ラヴェンナとしてはぜひとも調査しないとダメな訳ではありません。

今のところダンジョンの奥に行かなければ危険はないのですからね。

最悪中止か延期の決断を、ギルドにしてもらうのが良いと思います。

それができないなら、こちらで決めますよ」


「ここまでやって止めちゃうの?」


「損切りができる素質は、組織の長には必要な要素です。

一番いけないのは、せっかく始めたのだからと、ダラダラ続けた揚げ句に、悪戯に傷口を広げることです。

失敗を認められない人とは、一緒に仕事はできませんよ」


 シルヴァーナが腕組みをした。


「損切りねぇ。

確かにジラルドさんも、冒険者たるもの失敗しそうなら無理せずに諦めろ…って言ってたわね。

OK、その話を突きつけてみるわ。

中止の場合は、どんな見通しになるの?」


「まずは拙速でも素早く撤収すべきです。

再開には時間が掛かるでしょう。

組織が落ち着いたら、事前準備をした上で、一気に始めて拙速でも軌道にのせます。

大体の大がかりな話は、拙速で行かないとつまずきますよ」


 チャールズが、俺の言葉に肩をすくめた。


「戦争と同じですな。

そのあたりは、人がやることなので、やり方は変わらないのでしょうな」


「そうですね。

何でも完璧にやろうとすると、時機を逸するものですよ」


 この話は、これで動くだろう。

 正直なところ、内乱の対処で手一杯なのだ。

 冒険者の問題に関わっている暇などないのだよ。

 議題が一段落ついたとき、珍しくオフェリーが挙手した。


「アルフレードさま、親衛隊の件でお話があります」


「それはジュール卿にしてもらうのが筋かと思いますが?」


 オフェリーは首を振った。


「私の小さなお友達のマノラのことです。

マノラも14で、17になったら、職に就くでしょう。

そろそろ将来のことを、気にし始めています。

ですが今のところ、女性は、親衛隊に入れない規約です。

アルフレードさまは、親衛隊に入れると約束されたのですよね」


 ああ…そっちか。


「実戦部隊はそうですね。

ですが人数が増えて、総務的な役目が必要でしょう。

事務職であれば性別を問う必要はない…と思いますよ」


 マノラの母にも頼まれている。

 事務なら心配もないだろう。

 ジュールが俺にうなずいた。


「そうですね。

今事務仕事で首脳陣がアップアップしていますからね。

私もたまに、書類が夢にでてきます…。

なので事務関係の仕事ができる人は有り難いです。

ただ事務ができる人の競争率が…」


 アーデルヘイトはジュールの言葉に苦笑する。


「そうですね。

学校で事務に関する基礎教育をしてくれるようになったので…。

もう争奪戦です。

即戦力ではありませんが、準戦力にはなりますからね。

当然…事務仕事は大切です。

ですが…体を鍛えることも大事だと思います!」


 それは、お前の趣味だろう…。

 トウコがアーデルヘイトに、満面の笑みでうなずく。


「そうだろう。 そうだろう。

最近、皆学問ばかりを気にする。

謝肉祭の前くらいだぞ。

鍛えることがはやるのは。

それではダメだろう」


 まあ、基礎体力を伸ばすのは良いけどね…。

 このあたりは、俺が口を出すことでもない。

 そう思っていると、アーデルヘイトが満面の笑みで胸を張った。


「そうです! なので、クリームヒルトにお願いして、ルイさんに講義を定期的にしてもらっています。

1人だと手が回らないので、ルイさんがリーダーの筋肉救護隊の面々も、各地の学校に派遣しています。

それで良い反応があるようなので、将来はもっと鍛える人が増えると思います!」


 筋肉救護隊ってあの12人か…。

 待てや、どんな理由で子供にボディビルの講義するんだよ!

 俺の疑問の表情を無視して、トウコが上機嫌でうなずく。


「われわれからも派遣しても良いぞ。

しかし、ご領主が率先してくれれば、もっと効果があるのだが…」


「鍛えませんよ」

 

「ご領主の筋肉量は、まだ全盛期から100分の85程度にしか回復していないぞ」


 やめてくれ…その正確な判断は。

 しかも全盛期とか言われると悲しくなる。

 ミルは薄情にも苦笑している。


「アルはいろいろ忙しいから鍛える暇ないのよ」


 シルヴァーナが珍しく真面目な顔をしている。


「アタシは思うんだけどさ。

アルが運動神経抜群になったら、ほぼ完璧よ。

身分は大貴族の三男で、分家の当主。

知能はオカシイって、レベルで高い。

かといって、頭でっかちでなくて、実際の統治も戦でも結果だしまくってるし。

性格だって謙虚で、傲慢からはほど遠くて度量も広い。

困った人は親身になって助けるでしょ

優柔不断とは無縁で…決めるところは、ちゃんと決められる。

だから運動音痴で良いんじゃない? 他に無理に挙げる欠点って…地味な見た目くらいでしょ。

皆の精神衛生上には、運動音痴のほうが良いんじゃない。

ほら…アタシが巨乳になったら、他の女の子が気の毒でしょ」


 いや…お前中身が…。

 ミルはシルヴァーナの言葉を聞いて、俺に悪戯っぽくウインクした。


「まあ、ヴァーナの身体的願望は実現不可能だからおいておきましょ。

アルはこのままで良いと思うわよ。

運動がダメなのは、アルの個性よ。

アルが完璧すぎると、私もなんか落ち着かないしね」


 シルヴァーナはミルに絶望した表情を向ける。


「ミル…ホント、アルみたく口が悪くなっているわよ…」


 この話は触れると危険だ。


「褒められているのかけなされているのかは謎ですが…。

ともかく忙しくてそれどころではないのです。

暇があったら、他のことをします」


 キアラが当然といった顔になる。


「暇があったら、お兄さまは妹をいたわる時間に回すべきですわ。

殺人光線の次は、殺傷力抜群の光の剣を教えてもらうのですから」


 ライトセイバーまで習得する気かよ…。

 あれはマジで危険なので使わないようにしてるんだけど。

 オニーシム専属の切断業務以外は…。

 オフェリーは俺のボヤキに、珍しく苦笑する。


「確かに忙しいですからね。

ともかくマノラの件は、親衛隊の総務担当で進めて良いのですよね」


 俺がジュールにうなずくと、ジュールも真面目な顔でうなずき返してきた。


「承知しました。

性別を問わずに、事務に携わる人も一定数募集します。

マノラ嬢に関しては、ご主君とオフェリー夫人の推薦と言うことで、枠を空けておきます」


 オフェリーは満足した笑顔になる。


「ぜひそうしてください」


 その後、突然何かに気がついた顔になる。


「オフェリー夫人って響き良いですね。

学校でも先生じゃなく、そう呼んでもらおうかな…」


 いやいや、学校は先生じゃないとダメだろう。


「学校は先生で良いでしょう。

学校関係以外では夫人となりますけどね。

オフェリーが夫人と呼ばれ出したら、2人の大臣も夫人と呼ばれ始めますよ…」


 クリームヒルトは俺のボヤキに苦笑した。


「確かに職場で夫人と呼ばれると、違和感ありますね」


 アーデルヘイトは首をかしげている。


「あれ? 私は夫人って呼んでもらってますよ?

たまに変な言葉が混じって、筋肉夫人なんて呼ばれますけど…」


 それは、お前の自業自得だよ…。

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