408話 乱の予測

 海面が落ち着いてからラヴェンナ本土に戻ると、港でキアラが待っていた。

 キアラだけということは、緊急の知らせがあるのだろう。

 馬車で2人きりになると、キアラが書類を差し出した。

 表情は真剣そのもの。


 書類に目を通した俺は、自然と渋い顔になった。

 隣国での貴族の小競り合いは、お互い仲間を増やして、雪だるま式に規模が大きくなる。

 本格的な内戦が始まって、予想どおりに傭兵に後背の領土を荒らさせる。

 つまり大規模な略奪が始まった。

 こんな時は隣国の介入が予想されて警戒するのだが、3カ国全てが内乱かその一歩手前状態。

 心置きなく争えるわけだ。

 そしてこの国での面倒な話が書かれていた。


「ラッザロ殿下の暗殺未遂ねぇ。

白昼堂々なので、暗殺と言って良いのか謎だけどさ」


 キアラは、あきれ顔を隠さなかった。


「追放した家宰に、領地を奪われた誰かの手引きでしょうね。

家宰の追放に乗じて復讐しようとしたら、警護が厳重なので殿下を狙ったようですよ。

殿下は自分が狙われることが理解できないようですけど」


「家宰を殺したければ、保護者の殿下を殺せば、ほぼ確実に目的を達成できるからね。

心当たりがありすぎて、正確な犯人は割り出せていないだろうね」


「情報が届くまで時間差がありますので、もしかしたら既に判明しているのかもしれませんが」


 下手人はその場で殺されている。

 殺した死体に死霊術を使っても、相手にその気がなければ、答えは引き出せない。

 意のままに動かせるほど意識が弱くなれば、記憶も薄れるから証拠にならない。

 そして死霊術自体が表向きの組織では使われない。

 下手に使って弱みを握られるのは嫌だろう。

 そのあたりの汚れ役を引き受ける家宰は追放されている。

 これは、ちょっと面倒な話になるな。


「これを好機と勘違いするのは危険なんだけどなぁ。

目先の利益に飛びついて、対抗馬の庶兄を黒幕と決めつけ、討伐に乗り出す可能性もある」


「それはちょっと乱暴すぎません? 中立派まで敵に追いやりかねませんわ。

そもそも殿下の自作自演の可能性も捨てきれませんもの」


 考えが浅すぎて……殿下ならやりかねないと思ってしまう。

 決めつけるのは危険なのだが…。


「父上は、恐らくサジを投げているだろう。

形式的に付き合いはするだろうけど…。

次の殿下の動きで、もう少し状況が見えてくると思うけど…。

恐らく別の大貴族をバックにつけるかなぁ」


「これが内戦の引き金になりそうですわね。

内戦はどうなると見ていますの?」


 類似のケースを連想して、ため息が出た。


「まず、仲間を集めようと必死になるね。

当然ながら貴族同士でも、遺恨は山ほどある。

つまり仲間を集めれば集めるほど、戦争を終わらせることが困難になる。

遺恨の相手が敵対勢力にいるからと、参加を決めるケースが多いだろう。

集団として求めるものが多くなりすぎる。

でも劣勢を甘受できないから生き残るために、約束手形を出しまくるね。

結果として全員の同意がないと、争いを止めることができなくなる。

1人の約束を反故にすると、他の人たちも疑心暗鬼になって、敵に寝返るだろうからね」


 キアラは小さくため息をついた。


「首都での戦いが長引くのですか…」


 それは見通しが甘すぎる。

 俺は苦笑して、肩をすくめる。


「最初は首都での争いになるだろうね。

早期に決着がつかないと、お互いが手詰まり状態になる。

それを打開しようとしてやることは一つ。

首都にいる敵対勢力の足元を狙う。

つまり敵の本領で、火事を起こす。

結果として全土に、争いが広がるだろうね。

そして制御されないまま、思い思いに戦いを繰り広げる」


「ああ、変に姻戚関係が広がりすぎて、幾らでも介入できそうですわね」


「それだけじゃないさ。

ウチだって高みの見物はできない。

改易された貴族が、失地回復を狙って敵対勢力に肩入れするだろう。

でも、兄上たちは優秀だからね。

負ける心配はない……が」


「なにかご心配でもありますの?」


「こんなつまらない争いに、領民が巻き込まれるのが嫌なだけだよ。

たくましいから敗者に襲いかかって、金品を剝ぎ取るくらいはするだろうけどね。

そこまでの力のない人たちは、ただ生活が荒らされる。

治安が悪くなって、一次産業が壊滅する。

その結果傭兵か野盗だけが増えていく。

そんな連中もさすがにラヴェンナには、手は出せないけどね。

だからといって、本家の領民に被害が及ぶことを無視できないだろ」


 キアラは俺の浮かない顔に心配そうな顔をする。


「ではどうなさるおつもりですの?

本家の領民を守るために、ラヴェンナの軍を出しますか?」


「本家から要請があればかな。

よほどのことがない限りしてこない。

できるだけ、ラヴェンナの風習は持ち込みたくないだろう。

ただ後方支援の要請は、確実にある」


「食糧とかですわね」


「あとは孤児を引き取ることかな。

戦争が激しくなると、孤児が増えてしまう。

放置すると傭兵か盗賊の予備軍だ。

でも生きるためなら、そうするしかないからね。

それを抑えるためにある程度の領民を、こっちで保護することになる。

ただ、それは本家としても避けたいだろう。

だから、本家としても受け入れやすい援助方法を考える必要がある」


 キアラが、首をかしげる。


「確かに、一度ラヴェンナの生活に慣れると、本家に戻っても、ギャップが大変ですものね。

戻さないと、人口が減ったままで労働力が不足しますね。

本家の民をラヴェンナで保護したら、本家の社会には悪影響ですわ」


「だから本家のどこかにアジールを作って、俺たちがそこの防衛を担当する。

それなら本家としても受け入れやすいかな」


「アジールですか?」


「つまり避難所さ。

そこにくれば、食事と安全は保証する。

勿論、労働はしてもらうけどね。

アジールの運営は、本家の役人にやってもらう。

当座の食糧供給と防衛は担当する。

治安が安定したら、領民には元の土地に戻ってもらう形かな」


 俺の案に、キアラが苦笑する。


「随分本家に、気を使われるのですね。

そこまでする必要がありますの?」


「上層部がモメて対応が遅れると、被害をこうむるのは、いつも力のない人たちだよ。

だから本家も受け入れやすい形を提案する必要がある。

それと俺たちの立ち上がりには、随分本家に力を借りたろう。

返せるときに、少しでも借りは返しておかないとね。

ここであまりに事務的な対応をすると、本家の役人たちの対ラヴェンナ感情が悪化する。

それは将来にとっても良くない」


 キアラは俺の言葉を聞いてほほ笑む。


「お兄さまはお優しいですわね。

それだけ気を使っても、相手に何も求めないのは不思議ですけど」


「別に優しいわけじゃないさ。

自分のためにやっているだけだよ。

俺を勝手に神格化して、勝手に失望されても困るんだけどね」


「はいはい。

話は変わりますけど、内乱が始まったらお姉さまを連れて王都にはいけませんわね」


「ああ、父上から招集が掛かったら騎士団を連れて行かないといけないけど…。

ミルは連れて行けないな」


 キアラは少し思案顔になる。


「1人で向かわれるのですか?」


「将来を見据えて、王都の事情も理解できる人を増やしたい」


「その口ぶりですと、もう決めているのですね」


「ああ、プリュタニスを連れて行く。

彼はいろいろ吸収すれば、もっと成長できるからね。

ドリエウスの遺民たちの生活も安定しているし、ラヴェンナを離れても平気だろう」


 キアラは、少しふくれっ面になる。


「お兄さまはプリュタニスのことを、弟のように結構気に掛けていますわね。

ちょっと妬けますわ」


「キアラはラヴェンナで、耳目の統括をしてほしいからね。

特にここからは、情報が大事だ。

これはキアラにしか頼めないよ。

それに首都に連れて行くと、キアラに求婚が殺到するよ」


 18歳になって、キアラは美少女ぶりに磨きが掛かっている。

 優れた能力をしらなくても、息子の嫁にと願う貴族も多いだろう。

 家格も高い。

 かなりのハイスペックだろう。


「それは勘弁してほしいですわ。

お兄さまを超える殿方がいれば考えてあげても良いですけど。

いませんわね……絶対に」


「過大評価が過ぎるよ。

人並みに失敗するし大見え切ったことは実現できないわ……。

最近俺はダメなほうの男じゃないかと、自分で思ってるよ」


「完璧な人なら魅力はありませんわ。

ただのアクセサリーにしかなれませんもの。

それは嫌ですもの」


 折に触れて言うと、キアラが怒り出すから、しつこくは言わないが。

 どう考えても過大評価だよ。

 俺が女だとしたら、俺みたいな面倒くさいヤツとは関わりたくないわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る