407話 無理をしない主義

 教会での原理主義者の勢力が増したことは、一気に内乱に向けて加速する可能性が高い。

 準備を急ぐ必要がある。


 チャールズ、ロベルト、ベルナルドの3人でベルナルドが戦った戦争の情報を精査させている。

 地図をベースに知りうる限りの情報、状況の変化を整理するように命じた。


 敵方の情報は分からないが、負けた側の情報は分かる。

 そこから逆算して、相手のことを調べたい。

 本来は俺も出席したかったのだが、どうしても先にある仕事を済ませたかった。


 ラヴェンナの沖合にある島の開発状況を視察している。

 海軍基地と、中継港にする予定だ。

 時間がかかるので、今のうちに見ておきたかったのだ。

 女性陣は全員おいてきた。

 不満の目が厳しかったが、海路は予定が変動するので、大臣格を動かす余裕がないのだ。


 将来は、海運を主にする。

 それもあって、港の対岸にある島を開発して、制海権を確立しておきたい。

 本来より優先度を上げて着工する理由の説明には、随分手間がかかった。

 制海権の概念が無いからな…。

 なんとか理解を取り付けて、建設に取り掛かれたわけだ。


 内乱の速度が速まるなら、俺の目で見ないと駄目な部分を最低限確認しておきたい。

 港を含む町の整備は、まだまだ始まったばかりだ。


 島の大きさもそこそこあるので、ラヴェンナ本土とうまく補完しあえば良いだろう。

 漁業の発展も見込めるのだ。

 当面はこの島の鉱山と港湾の開発、航海技術の向上を意図すれば良いだろう。

 この島を経由して、旧魔族領に開発している港湾と連携も必要。


 この話は、頑張れば明るい未来が待っているから、気が楽だ。

 細かな調整だけを指示して、首都に戻ることになる。

 そう思ったが、ここ数日は海が荒れるとの報告を受けた。

 陸地まで50キロ程度で、すぐにたどり着く。


 だが俺は天気が落ち着くまで、ここで待つことを通達する。

 1日を惜しんで、事故になってもばからしい。

 素人目にも海の荒れ具合が大きい。


 転生前のような頑丈な船でなく、木造で技術も未熟。

 勿論、船長に安全の見通しを確認した上で、その判断に従ったのだ。


 海軍部の長として、俺に随行しているタルクウィニオが、俺を興味深そうに眺めている。


「普通のお偉いさんなら、足止めを嫌うものですけどね。

ご主君はちっとも不機嫌そうに見えないのが不思議ですな」


「船は速く移動するための道具ですよ。

危険な航海を強要して、あの世に早く着いたのでは行き先が違いすぎますからね」


 タルクウィニオは皮肉な笑いを浮かべた。


「船乗りたちにうわさ話がありましてね。

今日みたいな天気で危険だからと船長に言われて、一応引き下がった領主がいたらしいのです。

ですが次の視察のときに、その船長は首になっていましてね。

これまた似たような状況になったのですが、首を恐れた船長は安全だと断言して出港したのですよ」


「伝わる話なら、その結末は沈没ですか」


「ええ、ですが領主だけはしぶとく生きて、目的地に流れ着いたそうです。

当然生き残った領主は激怒したそうです。

激怒した理由が、予定に遅れたことと言う笑い話ですよ」


「私だったら、正直に危険を知らせてくれる船長でないと乗りたくありません。

漂流や水没する趣味はありませんからね。

しかも私だけじゃなくて、大勢が巻き込まれます。

危険をわざと冒す気はありません。

待てば海路の日和ありです」


 タルクウィニオは俺の返事に、腕組みをして考え込んだ。


「そいつはまともで大変結構ですがね、良いんですか?

ご主君は多忙で、数日の遅れは響くと思いますが」


 そこまで、気を使われていたか。

 俺は、タルクウィニオに苦笑する。


「視察のスケジュールに、2週間程度の余裕を設けています。

だからある程度なら何とでもなります。

何にせよ…死んだらそれ以前の問題です。

遅れるもへったくれもないでしょう」


「そこまでお考えなら、何も言うことはありません。

足止めをされている間ほかの視察をしますかな?」


「いえ、雨風が強いですね。

この島は開発中で、建物の強度も十分ではないでしょう。

予想外の事故が起こるかもしれません。

私が無理な視察に出て、そちらに注意を引きつけては、事故発生時の対応が遅れます。

なので休暇だと思ってのんびりしますよ。

何事もないのが1番ですけどね」


 タルクウィニオが俺にあきれた顔を向ける。


「チャールズがご主君は変わり者だと言っていますが、それ以外に言いようがありませんな。

老人のような慎重さですなぁ」


「20歳の若造ですよ」


「そう言うことにしておきましょう。

ですが人の噂と、海の荒れ模様は手のつけようがありません。

観念して受け入れるのも見識かと思いますがね」


「認めたらさらに悪化するじゃないですか…」


 タルクウィニオは苦笑しつつ、頭をかいた。


「多分変わらないと思いますよ」


 ひどい答えだ…。

 話題を変えよう。


「ともかく…海軍の構築はどうですか?」


「川の移動は、問題ありませんな。

小型船の練度はなかなかのものです。

海はここの基地ができることによって、練度も上がっていきますな。

今まではちょっと、沖にでて戻るのが関の山でしたからな。

船も3隻の大型船、10隻の中型船までできましたが、練度がまだまだです。

養成は長い目で見てもらえると助かります」


 もっともな話に、素直にうなずく。


「最悪、陸の兵士はそこらの人を連れてきて武器を持たせれば、最低限の戦力になります。

海軍の養成に、時間がかかることは覚悟しています。

だからこそ、周囲が意識を向けていないうちに着手したのですから」


 タルクウィニオは苦笑気味に荒れた海を見ている。


「よそは海賊退治が関の山ですね。

海軍みたいな大規模なものを、わざわざ作る領主がいませんでしたな」


「陸地の輸送は、あくまで海運の補助ですから。

それを守るには海軍が必要です。

戦争で相手から領土を分捕るくらいなら、港の使用権がほしいですね」


「これは商会の連中も、あとで泡を吹くかもしれませんな。

ラヴェンナの許可なくては、海で商売ができなくなるかもしれません」


「そこまで脅す気なんてありませんよ。

身の丈に合わないことはしないのが良いのです。

破滅の元ですよ」


 将来子孫が背伸びするのは構わない。

 俺が背伸びをして、子孫を後始末に終始させるのが嫌なだけだ。

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