406話 怠けたツケ

 あいつ、わざと紛らわしい表現にしやがったな…。


「別にシルヴァーナさんを特別扱いしたわけではありません。

ただ、冒険者稼業や世話焼きと次元が違う仕事ですからね。

注意を促したのです。

同じことを皆に言ったら、私が怒られますよ」


 ミルが俺の言葉に首をかしげた。


「教えてもらって怒るって、意味が分からないわよ?」


「シルヴァーナさんに何も言わずに、仕事を任せると…どうなると思いますか?」


「ええと…。

ざっくりと仕事して困ったら、アルに泣きつくかな…」


「まあ、そんなところです。

そこでいっぱい言い訳するでしょう」


「言い訳をするなって教えたの? わりと当たり前のような気がするけど」


「いいえ、言い訳は必要ならぜひしてください。

ただし…下手な言い訳はしないでくださいと言ったのです。

追求されてすぐ、返答に窮するような言い訳だったら認めません」


 キアラは俺の言葉に、首を振った。


「お兄さま学が未熟で申し訳ありません。

言い訳が必要な意味を教えてください」


「やるべき仕事が達成できるなら、問題ないですよね。

できないときに、どうするかです。

その段階で、まず言い訳を考えます。

そこで言い訳を成立させるために、必要なことを洗い出すわけです。

つまりやり残していることはないか、確認すべきことはないか…ですね」


「なんとなく分かってきましたわ。

できないと判断して報告する前に…できることが残っていないかを確認するのですね」


「そんなところです。

頭から否定するより、通る言い訳を考えて持ってきてください…と言った方が、シルヴァーナさんには良いでしょう。

皆に同じことを言ったら、どう反応すると思いますか?」


 俺の問いかけに、ミルは苦笑する。


「確かに、できないとすぐ言い訳する人だと思われてる。

そう感じて、ムッとするわね」


「これはシルヴァーナさん専用の教え方なのです。

言い方を変えただけですけどね。

言い訳を自分にできることに置き換えれば、普通の話でしょう?」


 ミルは妙に感心したようにうなずいた。


「そうね…。

言い方一つで変わるのねぇ。

ヴァーナに『できることを、ちゃんとやって』と言ったら『ちゃんとやるわよ!』って不機嫌になりそうだものね」


「ええ、説教じみた言い方は逆効果ですからね。

同じ内容でも、相手によって言葉を選択するのが1番楽です」




「特別ってそんな話だったのね。

この件でヴァーナをキッチリお説教するとして…。

ギルドは自治を認められているのに、どうしてアルに判断してもらおうとしたの?」


 普通は逆で、口出しを嫌う。

 理由は、一つしかないのだよな。


「まあ…昔に怠けたツケとでも言いますか…」


「昔ってどれだけ前のこと?」


 俺は、皮肉な笑いを浮かべる。


「1000年前ですかね」


 ミルがあきれた顔で、ため息をついた。


「どれだけ昔の話なのよ…」


「時間の止まった世界なら、1000という数値の大きさに、あまり意味がありませんよ」


「確かにそうだけど…。

じゃあ怠けたって、何を怠けたの?」


 俺はなんの気なしに、外の景色を眺める。

 あまり偉そうに言えることではないのだがね。

 俺自身、ちゃんとやれているのか絶対の自信があるわけではない。


「法律なり掟でも良いですが、それを運用するときは判断の基準が必要になります。

ラヴェンナの法律には、条文本体に前文を記しているでしょう。

法律の趣旨や目的のような、抽象的内容ですがね。

それをギルドは怠けて決めなかったのです」


「個別の条文はうろ覚えだけど…全体の前文なら覚えているわ。

ラヴェンナは他種族の集まりだから、お互いを尊重して円滑な社会を営むための法律を定める。

種族の違いは考慮するけど優劣はない…よね?」


「ええ、それが基準です。

条文の解釈はいろいろできるでしょう。

ですが基準を外れる…つまり、種族で優劣をつける解釈はできないのです」


 実に単純な話だ。

 ミルもこの理論は当然理解している。

 キアラは少し首をかしげて、あごに指を当てた。


「基準がないと、人々の解釈が異なったときの議論が大変ですわ。

ギルドが掟を決めるときに、その基準を怠けて決めなかったのですね」


「ええ、使徒が決めたことだから…と言って思考停止してしまったのですよ。

決めるのが楽ですからね」


「ですけど、基準を決めなかった理由は何ですの?」


 俺は、キアラに意地の悪い笑みを浮かべる。


「いつも答えてばかりでは不公平ですね。

キアラ、冒険者ギルトの掟はどうやって決めるのですか?」


「ええと…。

冒険者として、やってはいけないことを整理しますわね。

社会とトラブルを起こすと、依頼が来なくなりますから…。

世間一般の決まりを集めるのが、作業の始まりになると思いますわ」


「そのときに相反する決まりがあった場合はどうするのかです。

どちらかを捨てるのか、両方捨てるのか、曖昧なまま両方残すのか。

どちらにせよ、議論が必要になります。

そのときに、基準がないと議論が進みません。

基準が命を最優先なら、敵討ちはダメでしょう。

基準が公平性を掲げた相殺主義であれば、敵討ちの容認なり黙認の余地もでます」


 キアラは俺の言葉に、首をかしげた。


「ですわね。

でもそんなに迷う話なのですか?

長年これでやってきた…それが理由になると思いますけど」


「それは危険な理由です。

間違ったまま続いていたことも、それが理由で変えられないことになります。

時代の変化に合わなくなった決まりも変えられません。

今回の話を考えてみましょうか。

殺人は罪である。

両親の敵討ちは無罪である。

これは相反する内容ですね」


「使徒が決めたのですわね。

敵討ちは禁止する。

殺人は良くないと。

ただし…自分だけは別でしょうけど」


 毒気がたっぷり混じったキアラの言葉に苦笑してしまう。

 実感がこもりすぎている。

 いや…殺されかけたのに、淡泊な俺が異常なだけだな。


「ええ。

それに関して、ちゃんと議論したのでしょうかね。

この場合、殺人の罪は厳格に裁かないといけません。

ところが…この話は両親を殺したヤツが厳格に裁かれていません。

殺人の処罰に関しては、従来の慣習のままで…つまり何も変えていないと思います。

どう考えても、恣意的に運用されていますからね。

そしておそらく…何も考えずに、敵討ちはダメだとしたのでしょう」


 ミルは少し複雑な表情になる。

 ミルは自分の境遇から、敵討ちをしたヤツに同情的だ。

 領主夫人の立場からうかつな発言を控えているが、表情にははっきりでている。


「そうね。

ちゃんと裁いてくれないなら、自分で解決したくなる気持ちは分かるわ」


「元来敵討ちが無罪だったのは、殺人の罪に対する処罰が徹底できないからです。

法執行が不完全なので、自力救済を容認せざる得ない。

少なくとも被害者は敵討ちすら認めない…よりは納得できるでしょう。

一見不合理に見える慣習も一定の支持を受けていたなら、それ相応の理由があるのですよ」


「それはよく分かるわ。

でも、それが怠けるって表現と…どうつながるの?」


 俺には決めたときの光景が容易に想像できた。

 苦笑交じりのため息が漏れる。


「もし前提を自分たちで決めていたら、殺人に対する処罰を厳格に行うように注意するでしょう。

復讐する権利を奪うなら、奪った人なりコミュニティーが代わりにやらないといけません。

復讐できる人ばかりではないので、刑罰の名を借りた復讐を平等に執行する。

だから皆は決まりを守るわけです」


 執行が不平等な法律なんて守るほうが損をする。

 そして平等な執行こそが難事なのだけどね。


 平等性が最重要であることを理解する習慣がない国では、法律は容易に形骸化する。

 法を悪用して利益を得ようとするものが、後を絶たなくなるだろう。

 そんな状態のまま無理に執行しようとすると、過酷な運用になって法への信用を失う。

 敵の排除手段か、抑圧して支配する道具になってしまうだろう。


「確かにそうでないと守る気はしないわね。

処罰されたのは、運の善しあしが原因って思うかもしれないわ」


 ミルは過去の経験で、そう思い込もうとした時期があったのかもしれないな。


「ええ、その通りです。

ただ…平等なだけでも足りないのです。

その法律の基準が、守る人々にとってある程度納得のできるものでない場合は危険なのです。

基準を使徒が決めたことだけを前提にするなら、使徒が絶対に正しいことが必須条件です。

そうでないと、説得力のある不満がでてきます。

殺人を犯しても、力がある人は軽い罰で済んでしまう。

それを正さないで、敵討ちだけを禁じるのか…とね」


「厳格な執行はよそだと無理なのよね?」


「外の社会では無理でしょうね。

使徒がいるときは近辺だけなら可能でしょうが、使徒は身内に甘いのです。

だからこそ、持ち上げてご機嫌をとることがなにより重要。

いるときですら厳格な執行は不完全で…いないときは絶対に無理です。

使徒は一応正しいことを言っています、

教会から常に正しい人だと言われている。

しかも本人は規格外の力を持っている。

表だって不満の表明はできません」


 オフェリーは困惑顔で、ため息をついた。


「使徒は絶対と教えられますから…。

そんな疑問を持つことが、そもそも許されませんね」


「でしょうね。

それと楽なのですよ。

自分たちで前提を決めた場合、片方を捨てるとき、理由を明確に説明できないといけません。

反対する人を説得する手間が省けます。

これはなかなか魅力的ですよ。

反対派の説得は、とても骨の折れる作業ですから」


「使徒の正当性が揺らぐと、冒険者ギルドにまで影響するのですね…」


 俺はオフェリーのため息に肩をすくめる。


「実は使徒の正当性だけが問題ではないのですよ。

現在のところギルドの決まりが、拘束力を失っているのです。

だから私の権威にすがろうとして、判断を仰ごうとしたのでしょう。

せめて理念だけでも胸を張って言えるものであれば、毅然とした態度がとれて説得力が増しますけどね。

両輪が壊れてしまいました」


「そうなのですか?」


「ええ、自治区の冒険者が3割も抜けて傭兵になったでしょう。

ギルドの要請に応えて、現地に来たのにドタキャンですよ。

普通なら除名処分などペナルティーがあるので思いとどまるでしょう。

ですが、冒険者ギルドから除名されても傭兵という逃げ道があります」


 オフェリーが俺の話に首を振る。


「つまりギルドの決まりを守らなくても、なんとかなるわけですか」


 普通に考えたら、ズルいと思うだろう。

 でも、普通に生きたがらない人が冒険者になる。

 除名という恐怖がないと、ギルドは規律の維持ができなくなるわけだ。


「そんなところです。

元々冒険者は、一般社会のコミュニティーに属さないか属せない人の受け皿です。

どこのコミュニティーにも属さないと、この世界で生きていくのは難しいでしょう。

だからこそ冒険者ギルドを除名されるのは、恐怖に値します。

ところが逃げ道があると…」


「決まりを守りませんね。

決まりの根拠が崩れて説得力が無くなった上に、ペナルティーがないと…どうしようもないです。

ですがそうなると、傭兵が最後の受け皿ですよね」


「ええ、傭兵隊の軍紀は守るでしょう。

と言っても、傭兵隊の軍紀が、どれほどのものかしりませんが…」


 結局…恐怖なり不利益での強制力がないかぎり、大勢の人に決まりを守らせることはできない。

 これは、どの世界でも変わらないな。

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