388話 隠された危険

「パトリックさん。

ただのカンですけど、ダンジョン自体が、どんな目的で作られたのか、自然発生をしたのか…。

そこから取りかかったほうが安全だと思いますよ」


 パトリックの目が細くなる。


「その真意は?」


「その魔物が、いきなり現れたのか分かりませんけどね。

そいつが特殊で強いのなら、ダンジョン自体が封印として作られた可能性もあると思いませんか?」


 パトリックが腕組みをして、天井を見上げた。


「ふーむ、確かに一考の価値はありますね。

幸い、最奥までいかなければ、そこまで危険はないので、調査を優先してみます」


「情報はできれば、こちらにも共有してください。

図書館に筆記して収納します」


 パトリックはその件を承諾して退出した。

 俺は執務室に戻る。

 新種の魔物の話をすると、皆が顔を背けてしまった。

 まあ、グロいしね。


 これに関しては情報待ちだな。

 餅は餅屋に任せておこう。


 もう一つ、ギルドが使徒に依頼を出した。

 そのことを全員に伝えるとオフェリーが、露骨に嫌な顔をした。


「あんなことをした人を、ここに入れるのですか?」


「使徒が嫌がってこの話は流れました。

実際に銀級がやられたなら、ギルドとしては当然使徒に依頼をするでしょう。

まず使徒の内諾をとってから、私の許可をとるでしょうね。

ギルドにとって、重要度は使徒のほうが領主より上ですから。

遺恨はありますが、ギルドはラヴェンナに、大きな借りを作る覚悟で確実な解決を望むはずですよ」


 ところが実際に来られても、力を発揮できなくて死ぬだけだろう。

 それでは困る。

 悪霊の栄養になるだけじゃない。

 もう一つの価値観まで壊すと、世界への影響が読めない。

 絶対に悪い方向に加速する。


「アルフレードさまはそれでも良いのですか? 私は嫌です」


 俺が個人的恨みを持っているか、気にするのか。

 普通はそうか…。


「もしギルドに、大きな貸しができるなら、私個人の感情よりラヴェンナの利益を優先しますよ」


 既にあの使徒のことは、利用する駒としかみていない。

 皆を悲しませたことには、怒りを感じるが、相変わらず俺個人への行為はどうでも良いと思っている。

 実際あいつは、悪霊の使い勝手の悪い駒だったわけだ。

 道具を恨むより、張本人を締め上げたい。

 そんな俺の人ごとのような表情に、オフェリーは大変不満顔だ。


「私は絶対に、あの人を許すことができません。

そう思っているのは私だけじゃないと思います」


 俺を大事に思ってくれるのは落ち着かないが、とても有り難い。

 だが…それにとらわれても良い結果にはならないだろう。

 自分の感情のまま振る舞えるような贅沢ができる立場ではない。

 社会的立場が重くなるほど、個人の自由は制限される。

 俺は、笑って手を振った。


「オフェリー個人はそれで良いですよ。

領主になると、全体の利益を優先させる必要がでるだけです」


 オフェリーは普段表情が表にでない分、一度表にでると感情に結構流される。

 夜に2人きりになったとき、特にそれが強くでる。

 強い表現ならミルもそうだが、求めるものが違う。

 ミルは愛情表現をして、俺のリアクションを大事にする。


 オフェリーはその手のやりとりが、まだ苦手なようだ。

 全力で甘えてきて、離れたがらない。

 まだ、感情に振り回されているようだ。

 小さい頃に、満足に甘えることもできなかったろうからな。

 そのうちに落ち着くだろう。


 それはそれとして、使徒にはまだ生きた盾になってもらう必要がある。


 

 

 その日の閣議で一つの議題が上がってきた。

 キアラが執務室で、俺に意図を聞いてきたが、これは全員に知らせる必要がある。

 この問題を閣議で話すように指示した。


「お兄さま。商人から使徒金貨とラヴェンナ金貨の交換レートを1対1にしてほしい。

そんな要望が、すごく多いですわ。

それを聞き入れないと、交易は難しいようです」


 貨幣の価値については、全員に伝えてある。

 ある意味ラヴェンナは、現在経済的な半鎖国状態。

 ラヴェンナ金貨10枚に対して、使徒金貨11枚。

 交易に関しては大きな足かせになるだろう。

 商人の交易は数が物を言う。

 それで10対11では差が馬鹿にならない。

 ラヴェンナのマーケットはそれを飲み下せるほど大きくない。

 まだよちよち歩きの経済規模にすぎないのだ。

 それでも将来性は嗅ぎ取っているだろう。

 だから諦めずに交渉を続けてくる。

 

 皆は、俺がこれから海運に注力する意向であることを知っている。

 そんなときに交易の足かせになる、交換レートの維持はとても矛盾していると思うだろう。

 だからこそキアラは、俺に確認をとってきたのだが…。

 キアラの話を聞き終えて、首を振る。


「可能な限り、使徒貨幣をラヴェンナで流通させる気はありません。

経済的に鎖国をしていても、自給自足でやっていけますから」


 キアラは俺の返事に、首をかしげている。


「ですが、お兄さまは将来は交易を主体にして、経済を回すつもりでしたよね。

今それを止める理由は何でしょうか?」


 ここは、皆に知っておいてほしい。

 確証はないが、顕在的なリスクが使徒貨幣にあることを。

 最初は量に懸念を持っていた。

 もっと危険な、もう一つの問題に後で気がついた。

 それを明かす前に襲撃されたからな。


「使徒貨幣はどうやって生み出しているのでしょうか。

石か土を、金や銀にしていると思いますけど。

もし金鉱床を探して、力業で取り出しているなら杞憂ですが…」


 シルヴァーナが俺の言葉に、首をかしげた。


「元が石でも金になれば、価値は金じゃない?」


「本質的に金になっているなら…ですね」


「本質的って、実は偽の金だって思ってるの?」


 シルヴァーナの言葉に、皆が一斉に俺に注目する。

 シルヴァーナは直感的に、物事を把握するからな。

 周りからすれば、大袈裟な表現になることも多い。

 


「時間制限付きなのではないか…と疑っています。

それこそ錬金術のような変換をしているなら、危険度は一層高いでしょう。

使徒が死んだあとに、その魔法が解けて元の素材に戻る可能性があるのですよ。

少なくとも金ではなくなると思います。

巡礼で使徒が亡くなったあとに、奇跡は失われていくと知りました。

ですので使徒貨幣も、同じ末路をたどるかなと。

困ったことにやっている本人はだましていると思わないでしょうけどね。

それこそ言い掛かりだと思うでしょう」


 オフェリーが俺の言葉に、難しい顔になる。


「否定できません。

歴代の使徒で、金貨を鋳造した人はいませんでした。

でも、使徒が贈った豪華な宝石がただの石になったことがあったそうです」


「教会が貨幣の鋳造を止めたのは、インフレよりそっちを心配したのかも知れませんね。

力業で採掘なら量は限られますからね。

錬金術だと話は変わります。

マリー=アンジュさんがそれを理解しているか不明ですが」


 オフェリーは何かを考える顔になった。


「多分知らないと思います。

使徒没後のことは、興味を示しませんでした。

マリーの関心は、いかに正妻の座に納まるかですから」


 まあ、自分が死んだあとのことだろうしなぁ。

 

「それを明かすと、大パニックになりますね。

だから、希少価値の差を建前として拒否しているのですよ。

その動機自体は嘘ではありませんけどね。

本音は危ないからです。

しかも忘れた頃に発覚する。

私たちの子孫に毒いりの食事を渡すようなものですよ。

それに、このことに気がついている商人がいるなら、必死に交換したがるでしょうね。

古い貨幣かラヴェンナの貨幣と…使徒貨幣をね」


 キアラが、興奮気味にメモを取り出した。


「そこまでリスクを計算されていたのですね…。

お兄さまの時間的視野はとても長いですわ。

これも書き記さないと…」


 見慣れた光景に、俺はため息をつく。


「書くのは自由ですけど…、出版は辞めてください…。

あとこの話は極秘ですからね。

内閣のみの機密事項です」


 俺の言葉に、クリームヒルトがせきこみ始めた。

 なぜ、クリームヒルトが? 俺の視線に気がつくと、あからさまに目を泳がせる。

 すごく嫌な予感がする…。

 クリームヒルトは俺に視線を合わせないまま、冷や汗をかいている。


「じ、実は子供たちの読み書きの学習テキストに、キアラさまの作品を使っている教師が一部います…。

難しい言葉や変な造語を使わないので、教材として有効だと…。

テキストの選択は、教師に一任していますから。

アル語録とかお兄さまの教えとして一部に好評です…」


 おいいいいいいいいいいいいいい!

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