389話 過去の遺物

 そんなこんなで、周囲が慌ただしくなるなか、バルダッサーレ兄さんの婚約者と称する女性が到着した。

 相手の素性、立ち位置が不明。

 無条件で信じる相手ではないな。

 公的な面談ではないから連れて行く人を選ぶ必要がある。


 つまり顔の広さでいけば、キアラかオフェリーだろう。

 キアラと俺は、ほぼイコール。

 だが女性に関してなら、もしかして知っている可能性もある。

 キアラとオフェリーに、俺の付き添いを頼む。


 ミルは俺の説明に笑ってうなずいた。


「分かってるわ。

気を使ってくれて有り難う」


 公的なら、ミルを連れて行くのは確定だがな。

 理由を説明するのは癖だな。

 相手が分かってくれると思い込むのは、危険な気がしたからだ。

 今すぐではない。

 毒のようにたまってある日、突然爆発する。


 2人をつれて、応接室に向かう。

 部屋で待っていたのは、栗色でセミロングの髪、活発そうに見える若い女性。

 緑の瞳で気の強そうな目つき、日焼けした肌。

 スポーツウーマンか。

 ドレスかと思ったが、ズボンを履いており活動的な格好をしている。

 年の頃は17-8か。

 俺の入室を見て、立ち上がって一礼した。

 キアラやオフェリーとは、やはり面識は無いようだ。


「アルフレードさま、突然の訪問をお許しください。

カールラ・アクイタニアと申します。

バルダッサーレさまの婚約者として、保護に感謝致します」

 

 アクイタニア…?

 ともかくこちらも、自己紹介を済ませて、お互い着席する。


 キアラが、何かに気がついた顔をした。


「アクイタニア王家の血筋につながる方ですの?」


 ランゴバルド王家の前に存在していた王家の名前だな。

 1000年以上前の王家なので、すっかり忘れていた。

 過去の遺物ってやつだ。

 カールラはその言葉にうなずく。


「はい、父が先日亡くなりました。

現在、私が唯一の生き残りです」


 引っかかる表現だな。

 保護依頼と何か、関係がありそうだ。


「生き残りとは?」


「恐らく毒殺です」


 オフェリーは驚いた顔をしている。

 キアラはさもありなんといった表情。

 しかし…アクイタニア王家の血筋に、そこまでする価値があるのか。

 俺と同意見なのだろう。

 キアラはカールラに一転して怪訝な顔を向ける。


「確か王家はアクイタニア王家の血筋を保護すると宣言したはずです。

それが守られなくなったわけですの?」


 カールラが薄く笑った。


「今は王家一丸で、その誓約を守りたいわけでありません」


「そうですわね…。

そうなると次の王が、あなたを保護する必要があると思われますの。

それをなぜスカラ家に?」


「私には分かりません。

ラッザロ殿下とフェルディナンドさまとの話し合いで決められました」


 だろうな。

 状況が、まだ読めないな。

 だが、彼女自身は、知らないところでの話だろう。

 俺はカールラにうなづく。

 

「なるほど、では兄上の代理として、あなたをお守りしましょう。

恐らく不本意だと思いますが、しばらく外出は控えてください」


 カールラは俺に、深々と頭を下げた。


「ご迷惑をおかけします。

勿論、お願いをしている立場ですので、それ以上は望みません」



 彼女の護衛の手配を済ませて、執務室に戻る。

 それまで、ずっと俺はこの依頼の理由を考えていた。

 オフェリーは何かを聞きたそうにしていたが、キアラに止められた。

 こうなると、俺が外部に反応しなくなるのを知っているからだ。


 席に座っても、考えは続く。


 黒幕はラッザロ殿下の権威を傷つけたい側。

 ラッザロ殿下が自作自演をするにしては発覚したときのリスクが高すぎる。

 リスクとリターンを考えると、残る2人だよな。

 ランゴバルド家は元々、アクイタニア王家の側近だった。

 王が若死にして、戦乱の最中。

 そこで諸侯に、ランゴバルドが推戴されて、王家となる。

 そのさいアクイタニアの血筋は、高家として保護されている。

 

 家格は高いが、力は無い。

 俸禄自体は高く、贅沢な暮らしはできる。

 むしろ、そうすることでランゴバルド家の寛大さが広まる。

 アクイタニアの血筋を担ぎ出す大義名分を、反体制派は失う。


 今回の王位継承争いでも、蚊帳の外。

 アクイタニア家にしても、保護者が変わるだけ。

 

 ただ、アクイタニア家を生かすにしても殺すにしても、価値があるから今回の話が出てきたのだろう。

 

 やはり、情報が足りない。

 本人に聞いても情報0。

 裏付けの無い推論を積み重ねると、その仮定に飛びついてしまう。


 と考えていると、頰を突かれた。

 オフェリーだった。

 ミルとキアラは止めていたが、オフェリー自身が我慢できなくなったようだ。


「どうしました?」


「すごく気になります」


「私が今、何を考えているか?」


「はい、見ていても、全く読み取れません。

気になって、仕事が手につかなくなります」


 そう言いつつ、さらに顔を近づけてきた。

 突然、オフェリーの体が引き離された。

 ミルとキアラだった。


「ちょっと、ドサクサまぐれに、キスは禁止よ!」

「ずるいですわよ! しかも、この前舌まで入れてたでしょ! 妹前猥褻罪ですわ!」


 オフェリーは大勢の前でも、気にせずにやってくる…。

 あのときは大荒れだった。

 しかも、騒ぎを聞きつけて、アーデルヘイトとクリームヒルトまで来たから、収拾がつかなくなった。

 仕方ない…。


「ちゃんと座ってください。

仮説でしか無いので、正直なところ話したくないですが…。

業務が止まっても困ります」


 オフェリーは我がままを言えない幼少期を過ごしたことは知っているので、ある程度大目に見るようにしている。

 それは、ミルとキアラも納得しているが…。

 オフェリーにもそれとなく言い聞かせてはいる。

 おかげで自粛しているが、今回は呼んでも、反応が無いから我慢できなくなったようだ。


 ミルが俺のボヤキに苦笑している。


「それで良いわよ。

ぜひ教えて」


「アクイタニア嬢がなぜ、バルダッサーレ兄さんの婚約者に、突然決まったのか。

本来なら、ランゴバルド王家が見繕います。

ただし、家格が高いので、相手も厳選されて実力が無い家が重視されました。

今回スカラ家に嫁ぐのは、とても異例なのです。

ランゴバルド王家と匹敵するような家格になりかねません。

自ら王位継承のライバルを作るようなものです」


 キアラがその言葉にうなずく。


「幾ら次男でも、ときと場合によっては当主になりますからね。

お兄さまがフリーだったら、お兄さまがターゲットにされてそうですが」


 オフェリーは首をかしげている。


「アクイタニア家は教会とは、元々敵対関係でしたね。

それで教会と親密だったランゴバルド王家の王位簒奪を支援した記録があります。

アクイタニア家の復活でももくろんでいるのでしょうか?」


 俺は、その言葉に首を振る。


「基本王家は男系である必要があるのです。

アクイタニア家は保護されたあと、男系女系入り交じって、既に男系ではありません。

つまり過去の歴史から掘り起こすような家ではないのです」


 ミルの頭に、疑問符が浮かんできた。


「ゴメン、そこまで勉強できてないわ。

男系って?」


「その子供の父親をたどると、開祖にたどり着く家系です」


「それに何の意味があるの?」


 さすがに、そこまでは貴族教育でもうけていないとな。


「男系王家とは王家以外の人間が、王になることを拒否する家柄です。

女王が即位しても、その子供の父親が、外部の人間だと王位を継げないのです。

その子供が、王になると、その王家は父親の家になるのです。

王朝名が変わりますよ」


 ミルがため息をついた。


「はあ…。

女性にとっては気の毒というか」


「違いますよ。

女性は王家の男性と結婚して、王族になることができます。

男性は王家の女性と結婚しても、王族にはなれません。

王族以外の男性を排除するシステムです。

そうして、血統や家格、権威が守られるわけですよ。

話がそれましたが、アクイタニア家を利用する動機は少ないのです。

血筋だけが続いている高家ですからね」


 キアラが、難しい顔をして外を見た。


「利用する動機は少ないですが、利用して、王位継承の邪魔をすることはできますよね」


 ミルがキアラに、けげんな顔を向ける。


「邪魔って?」


「つまり、アクイタニア家が断絶することがあれば、王位継承者としては、不適格だとレッテルを貼れるのです。

ラッザロ殿下の失点を望む人たちでしょうね」


 そこまでは、簡単にたどり着ける。

 問題はそこからだ。


「それは妥当な見方でしょう。

問題はその先なのです」


 そうこの先に隠れている問題を探らないといけない。

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