387話 問題はいつも仲間連れ
いつこの国に嵐が吹くのか。
正直なところ読めない。
教会は公開質問状に沈黙を貫いたままだ。
結果として、かなりの荘園が奪われている。
教皇は公表内容を信じれば病床。
枢機卿は保身を考えて、身動きがとれない。
下からは突き上げが激しい。
この教会が王位継承問題とつながるかと言えば、可能性は低い。
教会と貴族との分断をするための公開質問状だ。
新国王が取り下げを承諾すると、貴族たちからの反発は必至。
そんな馬鹿なことはしない。
だが空手形で、教会を利用する可能性はある。
今の教会は空手形でも飛びつきかねない。
利用価値は情報だ。
縁戚が複雑に絡み合っている。
その気がなくても、別の貴族を敵に回すこともあり得る。
教会は国にとらわれない分、情報が集約されている。
はてまたは貴族の弱みを握っているケースもあるだろう。
かつて貴族から寄進された荘園が0にならないのは、そんな要因もある。
ライバルに弱みを暴露されたくないから、荘園に手をだせないケースだな。
王位継承争いは予想どおり、庶兄の立場が弱い。
集めた情報では庶兄ヴィットーレが、一番大きく動く必要がある。
本妻の長兄ラッザロは、現在本命。
末弟のニコデモは、動きが見えない。
漁夫の利を狙っている可能性もある。
深入りするのは危険だが、情報を集めないのも危険だ。
問題は中央への情報コネクションがないことだ。
いつかは出向く必要があるのか……。
それは、今急ぐ話ではないな。
と考えていると…………。
キアラが少し難しい顔をしながら、手紙を持ってきた。
「お兄さま。
バルダッサーレお兄さまからお手紙ですわ」
珍しいな。
個人で手紙をよこしてくるとは。
とにかく目を通す。
「兄上に婚約者? はじめて聞きましたよ」
キアラも首をかしげている。
「私も初耳ですわ。
本当にそうなのかも謎ですけど」
「やはりそう考えますか。
でもフェイクだった場合、そこまでする理由がわからないのですよ」
「はじめて聞く婚約者をここでかくまってほしい……ですものね。
出自も不明です。
命を狙われているのだとしたら、どんな人なのか……」
「ともかく本家からの要請です。
こちらで可能な限り保護しましょう」
俺がため息交じりにキアラと話していると、ミルが隣にやってきた。
「アル。
説明してもらえる?」
手紙をミルに渡す。
「私もわかりません。
出自など名前まで、すべて本人から聞いてくれの一点張り。
怪しさ満点で……。
兄上からの話でなければ拒否していましたよ」
ミルが手紙を見て眉をひそめた。
「これ……。
だれかが偽装した手紙じゃないよね?」
「残念ながら本物でしょう。
キアラに慎重に調べてもらいました。
偽装はまずないと思います」
「ここ最近の騒ぎと関係があるのかしら」
「それもわかりません。
予兆もないし……いきなりの話です。
わからないことだらけで、私も困っていますよ」
お手上げといった俺の顔を見て、ミルは苦笑した。
「どうしてウチに保護依頼を?」
「ラヴェンナは比較的安全でしょう。
見ず知らずの人間が、ラヴェンナに入り込んだら目立ちますから。
ともかく本人が来たときに、話を聞きましょう」
いつの間にかオフェリーまでやってきた。
「アルフレードさま。
もし、その人が婚約者でない場合、どんな関係なのでしょうか」
「それもわかりませんよ……」
オフェリーは後ろで手を組んで、無表情のまま首をかしげた。
「それよりもです。
義兄さんの婚約者や愛人でないとしたら……。
私のライバルになるのでしょうか」
はい? 俺は、何を言っているのか分からなかった。
ミルとキアラが、顔を見合わせる。
キアラは、頬を膨らませた。
「これ以上増やして、どうする気なのですか?」
ミルが頭を振った。
「さすがに認められないわ」
オフェリーは、ふたり真顔でうなずいた。
「私もアル成分補給時間が減るのは死活問題です」
いやまさか……。
「待ってください。
どうしてその人が、私の側室になると思っているのですか……」
もう前後不覚にはならないからな。
今度は、先送りなんてしないぞ。
オフェリーが俺の言葉に、首を振った。
「不思議なことですが……。
気がつくと、アルフレードさまに夢中になっているのです。
そしてそれを決めるのはアルフレードさまじゃありません」
「いや、そうですけど……。
さすがに勘弁してほしいですよ」
「はい。
私もできる限りブロックします。
アルフレードさまとの時間が減ると、最近落ち着かないのです。
シルヴァーナさんはそれをアル中毒だと言っていましたが……」
俺は依存性の薬物かよ!
「勝手にそうだと決めつけるのも失礼でしょう。
もしものときは、私もキッパリ拒絶しますよ」
ミルがオフェリーに苦笑した。
「オフェリー。
それ自覚すると、結構大変よ。
私も大変だったもの」
俺が何か言おうとすると、シルヴァーナが入室してきた。
「アル。
ちょっと面倒な話が、ギルドから来たわ」
いや女性問題よりずっとマシだろう。
「どんな問題ですか?」
シルヴァーナが珍しく難しい顔で、腕組みをした。
なんかいやな予感がする。
「前にダンジョンを見つけたの……。
覚えているでしょ」
「ええ」
「最深部にヤバいのがいたらしいのよ。
ひとりだけ逃げ帰ってきて、あとは死んだらしいわ」
目まいがしてきた。
これは冒険者がかなり入ってきそうだ……。
深いため息をついてしまう。
「ギルドは本腰をいれて討伐する意向ですね」
「ええ。
パトリックさんが、今まで見たことがない新種だと言っていたわ。
外に出てこないだけマシだけどね」
それなら放置してもいいと思うが……。
「そこまで急ぐ話ですか?」
「問題はね、今回壊滅したパーティーは金級手前の銀級パーティー。
つまりとんでもなく強いのよ」
冒険者のヒエラルキーで、使徒以外は金が最高位だ。
銅級<真鍮級<大真鍮級<銀級<金級<(越えられない壁)<使徒級。
それだけの強敵だと、急ぎたくなるのか?
いや、それでも急ぐものではないだろう。
じっくり、対策を練るはずだ。
「危険なヤツなのはわかりました。
どうしてそこまで急ぐのですか?」
「使徒に話を持ちかけたら、断られたのよ。
ここにはやっぱ来たくないみたい」
思わず冷笑してしまった。
「それは大変結構な話です」
シルヴァーナが珍しくため息をつく。
「それと壊滅したパーティーは、冒険者たちの中で影響が強かったのよ。
いい意味でね。
それを放置すると、ギルドにしても突き上げを食らうのよ。
銀級を使い捨てにするのは大問題だわ。
遺体の回収すらできていないからね」
シルヴァーナのくせに理詰めだ……。
反論の余地がない。
「まあ放置できないことはわかります……」
「あとでパトリックさんが説明しに来るわ。
詳しいことはそこで聞いて。
それで討伐に本腰をいれるから、冒険者用の町の拡張許可が欲しいってさ。
これはアルに許可をもらわないとだめだからね……。
アルどうしたの? 頭抱えて」
「シルヴァーナさんのせいではありません。
どうして問題って、こんなにも仲間を連れてやってくるのか……」
シルヴァーナが笑いだした。
「よくわからないけど、問題だからでしょ。
簡単に片付く話なら問題じゃないし。
だから別々に発生しても、連れてきているように見えるのよ」
最近ヤキが回ったのか、シルヴァーナに反論できないケースが増えたきた。
シルヴァーナが出て行ったあとで、俺は思わず天を仰ぐ。
キアラがひきつった顔になっていた。
「お、お兄さま……。
気をたしかに」
「いっそ現実逃避したい気分です……。
どうしてこんなタイミングでと……」
警護のハードルが上がった……。
しかも思いっきり。
なぜかミルは視線を泳がせていた。
俺に気がつくと、舌を少しだす。
「アルが完治するまでの間、大きな問題が起こっても対処できないから……。
ダンジョンの本格調査を中止させていたのよ。
再開の許可をだしたら、まさかこんなことになるとは……ね」
「ミルは悪くありませんよ。
それよりパトリックさんは、ここに滞在しているのでしょうか」
ミルが補佐官に、何事かを確認した。
「ええ。
アルへの面会のアポ調整で、今日から滞在しているわ。
優先で会えるようにするから、すぐ来るんじゃないかな。
ヴァーナに話を通したの、面会の優先度を上げてもらいたいからでしょ」
俺は現実逃避気味に天井のシミを数えていると、優しく肩をたたかれた。
オフェリーだった。
「オフェリー。
どうかしましたか?」
「パトリックさんが来ました。
その体勢で30分くらい固まっていましたけど……。
首が痛くなりません?」
気がつけば、首が痛かった。
「言われてはじめて気がつきました」
オフェリーが俺に優しくほほ笑んだ。
「今日は私の日ですから、夜にマッサージします」
「楽しみにしておきますよ。
では……会いに行ってきます」
◆◇◆◇◆
応接室でパトリックが、書類をテーブルの上に置いて待っていた。
挨拶もそこそこに、パトリックが身を乗り出してくる。
「割り込みをして申し訳ない。
事態が事態でしてね」
「いえ、構いませんよ。
それほどまでに危険な魔物なのですか?」
パトリックが真面目な顔でうなずいた。
「ええ。
為す術もなく、銀級がやられたのです。
この地方の特殊性が詰まった強敵らしいですね」
「どんな魔物かは分からなかったのですね」
パトリックは渋い顔になる。
「話を聞いても、要領を得なかったのです。
記憶投射で、その光景を再現しました。
見た目からして異常ですね。
かなりグロテスクです」
記憶投射は特定の記憶を抜き出して映像化する魔法。
記憶なので、勘違いがあった場合、それが投射される。
時間がたってから投射しても、曖昧になって断片化していく。
そしてついには引き出せなくなる。
認知バイアスで、記憶が書き換わるケースまである。
つまりそこまで実用的ではない。
だが、このような緊急時での情報を引き出す手段としては……非常に有効だ。
逃げてきてすぐなら、記憶も鮮明だ。
しかし一つリスクがある。
受けた衝撃が強すぎると、脳が自己防衛本能として、記憶を曖昧にしようとするときがある。
そこで記憶投射すると、精神への負担が非常に大きい。
最悪気絶して、そのときの記憶が永遠に失われる。
「見た目が強さとは直結しませんよね」
「ええ。
ですが関係があるとは思います」
妙にこだわるな。
なにか確信があるのか、それほど特殊なのか。
「見た目にこだわっているようですが、どんな姿をしているのですか?」
「見た目は胎児です。
ただし大きさは5メートル以上。
体全体が膜のようなものに包まれています。
肌の色はピンクですが、所々緑色の組織が向きだしになっていました」
肌はピンクで筋肉などは緑とか……グロいわ。
しかし疑問が出てくる。
「それだと動きが鈍いと思います。
なぜ腕利きが負けたのですか? 勝てなくても逃げることなら、可能ではないでしょうか」
パトリックが困惑顔で首を振った。
「その空間全体が、魔物のように動きだしたそうです。
床から突然ピンク色のアメーバのようなものがにじみ出てきて、冒険者たちを飲み込んでいったのです」
「よくひとりだけでも生き残れましたね」
「リーダーがひとりを、部屋の外に突き飛ばしたのです。
その衝撃で骨に、ヒビが入りましたけどね。
突き飛ばされた直後、沸いてきたアメーバに、部屋にいた残りの全員が……取り込まれたそうです」
これはまたとんでもない話だな……。
この地方は触れたら危険なものが、実は多いのか?
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