383話 必要な能力

 王位継承の問題は、こちらからすぐにアクションを起こす必要はない。

 だが…準備は必要だ。

 正式に、領主を補佐する内閣として命名した会議上で、一通りの議題が話し合われた後で、俺は一つの注意をすることにする。


「メルキオルリ卿。

すぐではありませんが、本土に騎士団が出向く可能性があります。

準備だけしておいてください」


「承知致しました。

ラヴェンナの軍ではないのですな」


 俺は、全員を見渡してから、2代目騎士団長のロベルトに視線を戻した。


「あまり実感はないでしょうが、ラヴェンナの軍は数が多くて強力です。

その手札を見せるのは得策ではありません。

また、騎士と傭兵以外の軍事力を、外の住民たちは知りませんからね。

これがバレると、ちょっと面倒なのですよ」


 ロベルトが納得したようにうなずいた。


「なるほど…。

確かに、市民に武器を持たせるなど、王侯貴族からしたら、悪夢以外の何者でもありませんからね」


 そこで珍しく、親衛隊隊長のジュールが挙手した。

 俺は、黙って続きを促す。


「奥方さまが増えました、親衛隊を100名にまで増員したいと思います。

許可していただけますか?

ご主君が本土に出向かれるなら、今の人数では不足します」


「分かりました、許可します」


 もう一つ、全員に知っておいてもらうことがある。

 俺は、第3秘書のオフェリーに目をやる。


「オフェリー、マリー=アンジュさんから来ている手紙の内容を、皆に知らせてください」


 手紙のやりとりは再開しており、そこで相談事をされている。

 オフェリーが俺の側室になったことを知らせており、間接的に俺にアドバイスを求めている形だ。

 オフェリーが驚いた顔をしたが、すぐにうなずいた。


「はい、マリーからは、使徒が議会を立て直そうとして失敗していること。

それだけではなく、生まれより才能で人を用いると宣言しましたが、これも行き詰まっています。

どうしたら良いかと聞かれています」


 一同が騒然となる。

 オフェリーは手紙の内容を、ミルを筆頭にした女性陣には明かしている。

 だが、あくまで内密の情報だと思ったのだろう。


 敵にたいしてアドバイスを求めるのも変だと思ったろう。

 皆も、そんな相手に、回答をするのも変だと思っている。


 警察大臣のトウコが、首をひねった。


「余りにムシが良すぎる話ではないのか?

それこそご領主にしたことへの謝罪が先だろう」


 俺以外がうなずいた。

 俺は、ついつい苦笑してしまった。


「出てこないものを期待しても無理ですよ。

もし本人が、そうしたいと思っても、教会が拒むでしょう。

それこそ公開質問状の回答を求められます」


 法務大臣のエイブラハムは、渋い顔になった。


「確かにそうですが…。

とても納得できる話ではありませんね」


「その感情はおいておきましょう。

彼らには、ある程度成功してもらいますよ」


 今度は、全員が驚いた顔になった。

 俺は、手で全員を制した。


「彼らがある程度成功すると、変革に対する反動と反感は、全て彼らに向かいます。

そしてわれわれの社会の特殊性が覆い隠されるのですよ。

だから、彼らをわれわれの盾として使います。

それなら納得できませんか?」


 冒険者担当大臣のシルヴァーナが、俺の言葉に苦笑した。


「相変わらず悪辣よねぇ。

アタシは構わないわよ」


 全員がシルヴァーナの言葉にうなずく。

 俺は、せきばらいをした。


「そこで、なぜダメかという点と、今後の対処方法を伝えました。

後はなんとかするでしょう。

そして将来の話になりますが…彼らの改革が、うまくいけば、われわれの社会体制とひどい差は無くなります。

つまり一つのモデルケースとして成立するでしょう。

結果われわれは、無用に敵視されなくなります。

それに使徒がつくった社会と似ているとなれば、われわれを表だって攻撃する名分が無くなります」


 ミルが俺の言葉に、顔を曇らせた。


「それで、また自信を取り戻してひどいことをしたりしない?」


 そうはならない。


「そうなると、その成功は、彼が唯一すがれる心のよりどころになります。

社会や政治は無策のまま放置していると、ダメな方向に向かうものです。

虚弱な人体と同じです、健康に気をつければ、寿命まで生き延びることができます。

手を抜いたり不摂生がたたると、その前に死に絶えます。

ひどいことをする余裕なんてないのですよ」


 ミルは、まだ納得しないよううつむいた。


「それで成功すると、使徒の社会はまた持ち直すんじゃない?」


 俺は、答えを知っている。

 だが、これは明かせない。


「あれが最後の使徒でしょう。

使徒の社会は、降臨してご利益があることで成立します。

その最後の使徒が、あれでは神話にもならないでしょう。

ラヴェンナに図書館をつくってもらいました。

そこに今まで起こったことなどが納められています。

だから、あの事件を隠すことはできないのですよ」


 開発大臣のルードヴィゴが、頭を振った。


「これを予期していたわけではないですよね?」


「勿論、ただ使えるものを使っただけですよ」


 エイブラハムが身を乗り出した。


「以前、いきなり議会をつくっても、ダメな理由は教えていただきました。

生まれより才能で、人を用いる…話だけ聞けば、素晴らしいことに聞こえます。

これはなぜ、うまくいかないのですか?」


 もっともな疑問だな。

 ゲームにアニメ、小説では、そのかけ声だけでうまくいく。

 大いなる前提があればだが…。


「まず、生まれより才知として、その才知は、どのように計るのですか?

数値で見られるものではありません。

それこそ、理想論や目新しい言葉を操る人を見れば、才能があると思うでしょうね」


 教育大臣のクリームヒルトは、心当たりがあるようでうなずいた。


「私が族長のとき、そんなこともありましたね。

画期的で素晴らしいと思ったので採用しようとしたら、テオに止められましたけど…。

理由はちゃんと教えてくれませんでした。

絶対に失敗するとだけ言われましたけど」


 さすがお目付役、クリームヒルトは族長にしては若い。

 実質的な族長はテオバルトだったのだろう。


「仮にその人の才知が本物だとします。

実際に、そのアイデアを運用するのは、下級の役人です。

意図をしっかり説明するのか…。

納得はできなくても、意義を知らないと十全に動けません。

ところが、飛び込みで弁舌だけが巧みな人は、そんな地味な作業は基本的に嫌います。

自分の言うことが正しいのだから従えと思うでしょう。

そうなると、人は反感を覚えますよ。

結果的に言われたことを言われたとおりにしかしません」


 公衆衛生大臣のアーデルヘイトは、経験があるようでしきりにうなずいていた。


「意図を理解してくれたときって、指示が漏れたりすると、ちゃんとそれにそって考えて動いてくれますね。

指示って大体言っただけだと、うまくいきませんし…」


「そのとおりですよ。

だから組織がどう動いているか知らない人がトップになっても、大体うまくいきません。

組織の内情に通じつつ、トップの意をくんで、手足のように動いてくれるスタッフが欠かせないのです。

そしてもう一つの問題が、あるのですが…皆さん分かりますか?」


 皆の成長を見て見たいこともあって、質問を投げかけてみた。

 皆ああでもない、こうでもないと話し始めたが、議論はまとまらなかった。

 キアラが、天を仰いだ。


「お兄さま、答えを教えてください。

抽象的すぎて分かりませんわ」


 ちょっと意地悪すぎたかな…。

 俺はせきばらいを、一つした。


「その人の権威です。

つまり、この人の言うことなら従おう…と思わせる力です。

ラヴェンナの大臣たちについて話しましょう。

まず、皆の身分差はほぼありません。

移住当初は私の任命ですので、私の権威を貸している状態で始まりました。

でも実績を積んでいくと、その人たちには権威が備わります。

だから、面従腹背になりにくいのです。

そして移住してきた人たちには、族長などの指導者クラスに、仕事を回しました。

これは既に備えている権威です。

だから反抗などされないのですよ」


 その言葉に、ミルは首をかしげた。


「私はそんなものないわよ」


「ミルは私の婚約者です。

それだけで立派な権威ですよ。

それに以後は、仕事をこなすことで、十分な権威を得ました。

私が不在のときに、立派にできたのはそのためです」


 アーデルヘイトが挙手をした。


「私は族長代理ですけど…」


「アーデルヘイトは疫病対策の最前線で、最後まで働き続けた。

その実績による権威です。

だからこそ大臣に任命したのですよ」


 シルヴァーナがつまらなさそうにしていたが、何かに気がついた顔になった。


「デルはいきなり大臣にしたでしょ。

受付に権威なんてないわよ」


「読み書きができることは、大事な技能です。

そして、その必要性は皆知っています。

それに、いきなり大臣ではなく、省内の部から始めました。

実績を十分積んだからこそ、大臣にしたのですよ」


「アタシは? ジラルドさんでも良かったでしょ」


「シルヴァーナさんは、触れると面倒だから、誰も寄りたくない権威があるのですよ」


 引退した人と現役では持っている情報の鮮度も違うからだが…。

 皆は、俺のうんざりした声に笑いだした。

 シルヴァーナは憤まんやるかたない…といった顔だ。


「ちょっと失礼すぎない!?」


 俺は、せきばらいをして、話題を戻すことにした。


「号令を掛ける人は、優秀なスタッフと権威が備わっていないと、うまくいかないって話ですよ。

だから、権威を持っている人たちを見て、才能がある人を選べと言いました。

権威がない人は、下積みからやらせるべきだともね。

そうすればどうやって、組織を動かすかを知ることができます」


 平等の概念と教育制度が完備されていないと、いきなりの抜てきは、無理だってことさ。

 それでも虎の威を借る狐は、どこの世界でも嫌われるもんだ。

 それに組織運営のノウハウを知らない変革は、失敗率が高くなる。

 既得権の外でなく、外周にいる人の改革が比較的成功しやすいのも、これが理由だと思っている。

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