11章 動乱の始まり

382話 失敗に弱いタイプ

 予想外の残りの人生を、手に入れた。

 だが気がつけば、既に俺の人生は俺のものでなくなっていた。

 

 一人で、先生の銅像の前に座る。

 護衛も遠ざけている。

 どうすれば良かったのかな。


 勿論、先生の銅像は語らない。

 生きていたら


 『俺に聞くな。

 女のことなんて知るかよ』


 そう答えたろう


 何が、俺の心に引っかかっているのだろう。

 自分自身で妻は一人で他は要らないと言っていた。

 ところがこれだ。

 俺が、俺自身に裏切られた気でいる。

 他人ならそいつを責めれば良い。

 そうはいかない。

 受け入れておいて今更何を悩むのだ? 悩むくらいなら断れば良い。

 でも断れる状況ではなかった。


 無理に拒絶するには、負い目が大きすぎた。

 それに彼女たちが悪い訳ではない。

 俺が死んで終わりだと、策を怠ったせいだな。

 深いため息をつくと人の気配に気がつく。


 誰も近寄らせないように……と言ったはずだが……。

 見上げるとシルヴァーナだった。

 ああ、こいつなら誰も止められないな。


「どうしましたか?」


 シルヴァーナは俺の横の椅子に座った。


「銅像は答えなんてくれないわよ」


「どうして銅像と話していると思ったのですか?」

 

 シルヴァーナはフンと鼻を鳴らした。


「めったにしない人払いをして、銅像をじっと見ていたら丸わかりじゃん」


「どうでしょうね」


 シルヴァーナは先生の銅像を見て、肩をすくめた。


「ちょっと美化しすぎよね。

まあ、良いけどさ。

どうせアルのことだし、悩んでいるのは自分のことでしょ」


「どうでしょう。

急に増えた女性の話かもしれません」


 シルヴァーナがジト目になった。


「ないわ。

アルが他人のことで悩むのは、見たことがないもの。

そんなときは達観しているからね」


 この喪女、カンだけは鋭いのだった。

 俺が黙っていると、シルヴァーナはフンスと胸を張った。


「どうせ、ミルたちの前ではそんな素振り欠片も見せてないわね。

それでキツくなって、一人で黄昏れているんでしょ」


 実に的確だ。

 正直言って腹立たしい。

 俺の、不機嫌な顔を見てニヤニヤ笑っている。


「アンタ本当に、自分のことには厳しいわね。

マゾなのって思うくらいよ」


「失礼な、私はドがつくSですよ」


 シルヴァーナがウンウンとうなずいた。


「だからよ! だから消化できなくて不機嫌なのよ」


 妙に的確なのが、余計腹がたつ。


「どうしろと言うのですか」


「そんなの知る訳ないでしょ。

アタシはアルのことそこまで知らないんだから」


 思わず脱力してしまった。


「どうして自信満々なのですか……」


「知らないことを知っているからよ。

あ……これアルのパクリね」


 あちこちから、俺の投げたものが戻ってきている。

 忸怩たる思いだ。


「では、何をしに来たのですか」


 シルヴァーナはフンスと胸を張った。


「悩めるアルフレードを救ってしんぜよう」


 こいつは一体、何を言い出すのだ……。


「寝言は寝てから言ってください……」


 俺の言葉を聞かずに、シルヴァーナは俺に指を突きつけた。


「悩んだって解決しないわよ! つまり考えるのを止めなさい! あとはなるようになるわよ!

他にやること一杯あるでしょ! 解決しないことを悩むくらいなら解決できることをやりなさい!」


 一応の解決策ね。

 乱暴なようだが、一つの真理か。

 俺が生きている以上、俺がかじ取りを間違う訳にはいかないからな。


「確かにそうですね。

よもやシルヴァーナさんから何かを教わる日が来ようとは……。

人生は驚きの連続です」


 シルヴァーナがジト目で、俺をにらむ。


「アンタ、好きになってくれる人や……慕ってくれる領民には事欠かないわ。

でも対等の友人がいないからね。

そんなヤツは、だいたい自分の問題で悩むのよ」


 これまた驚いた。

 中身は別人なのか? 俺の驚いた顔を見て、フンと鼻を鳴らした。


「アルはアタシとは逆だからね。

アタシは友達はいるけど、他は持ってないもの。

だから悩みは、専ら自分のこと以外よ。

あの理不尽な呪い貧乳以外はね。

だから逆だろうと思っただけよ。

それに領主なんて立場だと、対等の友人なんてとんでもない贅沢だからね。

まあ、適度に悩みなさい」


 手をヒラヒラさせて、シルヴァーナが去って行く。

 俺は不覚にも、ぼうぜんとしていた。


 この問題に、答えは出ないのだろうな。

 それこそ、過去に戻らないと解決できない問題だ。

 戻れたとしても、的確に処理できるのか?

 いや、どうだろうな……。

 むしろ、確実に死ぬ方法を考えるだろう。

 詮無いことだな。

 

 俺の本来目指したものはまだ壊れていない。

 皆の未来をつなげることはしくじっていない。

 そちらを、せめてしくじらないようにするか。

 

 俺は、失敗に対しての免疫が弱いな。

 だからこそ、極度に根元の対処に集中する訳だが。


 頭を振って、息を吸う。

 たまに、心を整理しに……ここに来ても良いだろう。

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