380話 ダメ判定

 とんでもない暴露に、思わず頭が痛くなった。

 予想外なことに、ミルは平然としている。


「ミルはいやじゃないのか?」


 ミルは、小さくため息をついた。


「私の気持ちより、ずっと大事な問題があるのよ」


「大事とは?」


「アルが元気になってから思い返したのよ。

どうしても引っかかることがあったの。

だから、出会ってからのことをね」


 ずっと前? 引っかかる?

 俺が首をひねっていると、ミルが視線を合わせてきた。

 いつになく厳しい目つきだ。

 ミルは、大きく息を吸って……吐き出した。


「正直に答えて。

いつから死ぬ気でいたの?」


 げ……そこを突いてきたか。

 いつから……か。

 困った質問だ。

 しかし視線をそらせてはいけない気がした。


「正直分からない。

もし知っていたら、ミルと結婚しない」


「それは知っているわよ。

ラヴェンナに来て……いつ頃から?

考えてみれば……いろいろ思い当たるのよ。

それで人生の仕上げにするつもりだったって」


「漠然と考えたのは、そうだな……。

よく分からない。

でも意識しだしたのは、ドリエウスと戦い始めたあたり。

使徒が降臨したら、そうなるだろうと。

確信したのは使徒降臨を聞いてからだ」


 ミルは厳しい目のままだ。


「それを黙っていたの? 私やキアラを置いていく気だったの?」


 この手の話は、実に苦手だ。

 感情が優先される。

 冷静に計算すると、これが一番犠牲が少ない。

 胸を張って言えるかとなると……後ろめたい気持ちが強い。


「できるならそんなことはしたくない。

でもさ……他に手はなかった。

ようやく形になってきた、使徒に頼らない世界。

使徒が来ないなら、そのままでも完成した。

でも使徒が降臨するとそうはいかない。

珍しい物好きな使徒は絶対に絡んでくる。

皆の世界を失わないためには……使徒が俺に絡んできたときに利用するしかないんだよ」


 パチーンと音が響いて、頰に痛みが走る。

 ミルに平手打ちをされた。

 思わず驚いて、言葉に詰まる。

 ミルは目に涙をためている。


「知ってるわよ! でも当然のように言わないでよ! どうして一緒に考えようとしないのよ! 襲われても怪我する程度だと思っていたのに……」


 また泣かせてしまった。

 むしろ、そっちのほうが痛い。


「ゴメン。

俺自身、そうやって自分を追い込まないと……絶対に踏み切れなかった。

ミルとキアラを置いて本当に死にたくはなかったさ。

確かに……逃げようと思えば逃げられた。

でも、やっぱりダメなんだ。

ここにたどり着くまでに失われた人の命を無駄にすることには……とても耐えられない」


 ミルは涙目のままだったが、少しだけほほ笑んだ。


「そう……死にたくはなかったのね。

その言葉が聞けたから良かったわ。

それがアルの本音よね」


 そう言って、ミルは下を向いていたがすぐに顔を上げた。


「それと……たたいてごめんなさい。

でも簡単に死ぬことを選んでいたら、私たちの生活だってその程度なのかと……。

そう思ったら、とても悔しくなったの」


 やっぱり俺はダメだな。

 深いため息がでた。

 

「そんなつもりはない。

正直……すごく悩んだ。

やっぱり俺は、どこか壊れているんだ。

残していくことはとてもいやだったけど、死ぬことが怖いと思わなかった。

だから犠牲を計算した結果として、傷つけてしま……」


 俺の口を、ミルが指でふさいだ。


「もう良いわ。

無理に言葉を探さなくても。

あのね……私とキアラだけだと足りないのかな……そう思ったのよ。

3人はアルのことが本当に好きみたいよ。

だから5人がかりなら、二度とそんな気を起こさないかなって」


「ミルとキアラを、とんでもなく傷つけたのは知ってる。

だから絶対に、もうしないよ。

5人がかりでなくても平気だ」


 ミルがにじんだ涙を拭ってから、首を振った。


「いいえ。

今更そんなこといっても遅いわ。

それにアーデルヘイトは3年よ。

女の3年は、男が考えるよりずっと重たいのよ。

勝手に待っていた……と思わないであげてね。

それとアルが心底3人のこと異性として嫌いなら無理強いしないけど……どうなの?」


「そう言う目で見たことがない。

いや見ないようにしていた……」


 ミルが悪戯っぽい目で、俺を見た。


「なら問題ないわね。

心底いやなら、見ないようにすることも無理だもの」


 何かを言おうとしても、あまりに負い目が強い。


「俺のどこが良いんだか……」


 ミルが、少し怒った顔になる。


「そんなこと言ったら、私を馬鹿にしてることになるのよ。

いい加減その、悪い癖は直してよ。

アルはとっても魅力的よ。

特定の人にはね」


「ゴメン。

気をつけるよ」


「じゃあ3人に、アルから伝えてあげて。

ものすごく喜ぶから。

できるなら……側室はあの3人で終わりにして欲しいわ」


 しかし……一つ、気になった。


「3人増えるかもってだけで、目眩がするのに……。

それ以上増やすなんてマジで勘弁して欲しい。

でもさ、キアラはそれで納得するのか? 大荒れしそうだけど」


 ミルは、小さく笑った。


「本人に聞いてみれば?」


 そうだな……。

 逃げてばかりでは始まらない。

 だが、今回の件で2人をとんでもなく傷つけたことに、自己嫌悪の思いが増していた。

 重い気持ちで沈んでいると、ミルが俺の手を握った。


「アルが後悔していることは分かってるわ。

だからこれ以上、自分を責めないで。

一番悪いのは、あの使徒だってのは知っているのよ。

それにアルの口から、『絶対』って言葉が聞けたわ。

初めてそんな断言を聞けたから……信じるわよ」


 本当にミルは、もう大丈夫なのだろうか。

 また何かの拍子に、感情が吹き出たりはしないのだろうか。


「ミルは本当に、もう大丈夫なのか?」


 ミルは、少し目を閉じた。

 俺を握る手の力が、少し強くなる。


「アルじゃないけど、そう言って自分を追い込むかな。

いつまでもグチグチ言ってたら……嫌われちゃう。

だから、あとは自分で消化するわ」


 やはりそうだよな。

 だからといって俺が、いつまでも気にしていては傷つけてしまう。

 転生前はそんな面倒な関係は、いやで深く関わらないできた。


 だが、ここではそれ以上に貴重なものが得られた。

 そんな、貴重なものを捨てるために自分を追い込みまくったが……。

 

「分かった。

俺にできることがあれば、何でも言ってくれ。

できる限りはするから。

傷つけたおわびじゃない。

ミルの喜ぶ顔が見たいからね」


 ミルが途端に笑いだした。


「アルって突然臭いセリフを吐くんだよね。

でも、有り難う。

ちゃんと考えておくわ。

覚悟しておいてよね」





 翌日は寝不足気味で、目が覚めた。

 久しぶりの夫婦のスキンシップに、お互い張り切りすぎたようだ……。


 政務といっても対外問題の検討。

 仕事を淡々とこなす。

 その日の夕食は6人になっていた。

 今までは3人だったからなぁ……。

 一気に倍増か。

 俺が特にとがめ立てしないので、3人は安堵したようだ。


 夜に、キアラの部屋を訪れることにした。

 キアラの部屋の扉をノックする。


「お兄さまですね、お待ちください」


 ノックの仕方だけで分かるのかよ。

 少しバタバタした音がしたが、すぐに扉があいた。

 キアラが、俺にほほ笑みかけた。


「どうぞ、お入りになってくださいな」


 お許しがでたので、部屋に入る。

 相変わらず奇麗な部屋だが、あのパペットがないな。


「あの怪しげな縫いぐるみは、どこにいった?」


 キアラの視線が泳ぎだした。


「べ、別に良いじゃないですか。

お兄さまからいらっしゃるとは、大事なお話ですのね」


 絶対ロクなことになってない。

 だが今回はそれの詮索が目的で来たのではない。


「ああ、あの3人のことだよ」


 キアラは、その言葉だけでうなずいた。


「私の許可をもらいに来たのですの?」


「まあ……そんなところ」


 キアラが、ジト目になった。


「今日のお兄さまはダメですわね。

全然ダメダメです」


「一体何がだ?」


 キアラが、盛大にため息をついた。


「私がいやだと言ったら、それを理由に断るつもりですか?

それならひどい話ですわ。

もし、私の返事が影響しないなら……聞かずに決めたことを伝えてくださいな」


 返す言葉もない。

 キアラの言葉を理由に断る気はなかった。

 それではあまりに、人を馬鹿にしすぎている。


「いや……そのつもりはない。

今まで妻は、ミルだけだ……と大見えを切ってたからな。

結局流されたのか……と思うと、自分が情けなくなってね。

つい、曖昧な言葉で聞くような感じになってしまったよ」


 キアラが、俺に優しくほほ笑んだ。


「あら、3年も粘ったのですし……。

それにあんなことがあったせいですわね。

私も反対する気が起きませんもの。

お姉さまも同じ気持ちだと思いますわ」


 あの事件が、元で皆の価値観や心持ちが変わったのかな。


「そうか……。

俺も、まだまだ未熟だな」


 俺が、頭をかくとキアラが笑いだした。


「そうですわね。

でも、そんな過去よりもっと昔の楽しい思い出話をしませんか?」


 そのあと夜更けまで、2人で小さい頃の昔話に花を咲かせた。

 いろいろあったけど、死ななくて良かった。

 ようやく、心からそう思った。

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