379話 閑話 ちょっとの間

 アルフレードさまが、使徒の襲撃に遭ってから町は騒然となった。

 でも、こんなときだからこそ私にできることがある。


 使徒が逃げ帰ったのを見届けて、これ以上の被害の拡大はないと確信した。

 だから最優先でアルフレードさまの容体を確認したい。

 急いでアルフレードさまが運ばれた屋敷に向かおうとすると、突然手をつかまれた。


「どうしたの? マガリ婆。

私は急いでいるのよ?」


 マガリ婆は私を見て、首を振った。


「アーデルヘイト、アンタはまだ甘いね。

こんなときだからこそ、きっちり決めないといけないのさ」


「一体何を?」


 早く屋敷に向かいたいのに、どうして押しとどめるのだろう。

 最近、仲良くなったクリームヒルトも、私のところに駆け寄ってきた。


「アーデルヘイト! どうしたのよ! 急いで、アルフレードさまのところにいかないと!」


 マガリ婆は私たちに意味ありげな笑いを浮かべた。


「アンタたち、改めて聞くけどさ。

あの坊やの女になりたいのかい?

ああ、一族のためとか利益とかじゃないよ。

そんなのあの坊やが嫌う動機だからね」


 私とクリームヒルトは、顔を見合わせる。

 言うまでもない。

 最初の動機はそれだったけど……。

 今は違う。

 あそこまで、私たちに寄り添ってくれて恩を着せない。

 それだけでなく、私の人生を開いてくれた。

 

「私は自分の意思よ」


 クリームヒルトもうなずいた。

 彼女も、最近アルフレードさまの魔力にやられた口だ。

 あの魔力は、本当にとんでもない。

 

「私も同じです!」


 マガリ婆は満足気にうなずいた。


「では、坊やの首を縦に振らせる秘策を授けてやるよ。

この機を逃したら、すっぱり諦めて他の男を捜すのさね。

チャンスは一度きりだよ」


 私とクリームヒルトは、思わず顔を見合わせた。

 今まで壁を作られて、領主とその部下でしかなかったのに、チャンスがあるの?


「マガリ婆、ぜひ教えて!」


「お願いします!」


 マガリ婆は楽しそうな笑いを浮かべた。


「あの坊やはね、周囲がよく見える。

だからアンタたちの気持ちは知っている。

でも、何か自分の信条か知らないが……そいつがアンタたちを拒んでいる。

領主なんだし、統治的にもアンタたちものにした方が得策なんだけどね。

そんな意味不明な信条をぶち壊すには、既成事実を積み上げれば良いのさ。

幸いすぐには、意識を取り戻さない。

つまりやりたい放題さ。

意識があったら、そんなことはさせないだろうけどね」


「どう言うこと?」


「ここからは24時間の看病が必要さね。

つまり泊まり込みさ。

ところがミルヴァとキアラは、それだけにかまけられない。

坊やがいない間の統治もしないといけない。

そして、使用人にも任せないだろう」


 やっと話が理解できた。


「つまり、私たちも泊まり込みで、看病をすれば良いのですね!」


 マガリ婆は体を震わせて笑っていた。


「そうさ、今はミルヴァとキアラは気が動転している。

そんな申し出をされたら受けるしかないんだ」


 クリームヒルトが渋い顔をする。


「それだと、何か罠にはめているようでスッキリしないですね……」


 マガリ婆はあきれたような顔になる。


「何を馬鹿なこと言ってるんだい。

あの坊やがアンタたちを拒むガードをかいくぐるなら……こうでもしないと無理だよ。

じゃないと、アンタ……になるよ。

それどころか、外から来た女に取られかねないよ。

世間に坊やが知られてしまった。

他所の連中が放っておく訳ないだろ。

能力的にも家柄的にも……超がつく優良物件なんだからね」


 クリームヒルトは言葉につまってしまった。

 私は、クリームヒルトの手を取った。


「私はやるわよ。

あなたはどうする?」


 クリームヒルトは、少し考えてうなずいた。


「そうね、やるわ。

このままだと、アルフレードさまは私たちを近づけないようにする可能性もあったから……」


 マガリ婆は満足気に笑った。


「そして、次が一番大事だよ。

対外的にもアンタたちが、あの坊やの女になったように見えることが大事さね」


 クリームヒルトが不審な顔をして、首をかしげた。


「対外的に……ですか?」


「24時間の看病だ。

泊まり込みだよ。

いや……住んでしまえば良いのさ」


 ここまで言われれば分かる。


「事実婚ですね!」


 マガリ婆が苦笑している。


「そうなったらあの坊やは、アンタたちを他人扱いできないさ。

ただ一つだけ注意することがあるよ」


「注意?」


 マガリ婆が息を吸った。


「ミルヴァが坊やの嫁さんで、あの子が坊やにとっての1番。

それを尊重することが大前提。

家の中をかき回すことをしたら、あの坊やはバッサリやるよ」


 クリームヒルトは、青い顔をして首を振った。


「そんなことはいやですよ。

それにミルヴァさまのことは尊敬していますよ。

族長の家柄でもないのに、あそこまで統治に熟達するようになるのはすごいです。

かなり努力したと思いますよ」


 マガリ婆は満足した顔になった。


「それを忘れるんじゃないよ。

あと、看病している間に、自分の仕事をおろそかにしたら坊やに嫌われるからね。

最後の仕上げとして……看病している間に、ミルヴァにアンタたちの気持ちを知らせれば良いさ。

わざわざ言葉にしなくて良いよ。

かえって逆効果だ。

態度で示せば良いのさ」


 言われるまでもない。

 アルフレードさまは、そんなことは殊の外嫌う。

 甘い人ではないのは、よく知っている。

 だからこそ、認められるとうれしい。

 そしてミルヴァさまが嫌がることは、絶対にしないのも知っている。

 あそこまで純粋に愛されているのは羨ましいとも思っていた。



 屋敷にたどり着くと、病室に通された。

 ミルヴァさまとキアラさま、オフェリーがいた。

 数人の使用人が固唾をのんでそれを見守っている。


 オフェリーが必死に、治療魔法を掛けている。

 アルフレードさまの服はボロボロ。

 手と足が、変な方向に曲がっていたがこちらは何とか戻せたらしい。

 口から、すごい血を吐いていたがそれも止まっている。

 血を拭う暇もないのだろう。


 何とか踏みとどまれたのかな。

 やっぱり、オフェリーの力はすごいと実感する。

 他の人たちでは、間に合わなかったろう。


 オフェリーが額の汗を拭ったところで、私は手持ちのハンカチを手渡す。

 さすがに、顔色が悪い。


 一人では、無理がある。

 一番大事なところは任せるとしても、それ以外の治療は他の人でもできる。

 私は、通常の業務に支障がない限りでの応援を頼んだ。

 

「オフェリー、あなた一人だと無理があるわ。

応援がすぐ来るから、交代で休んで」


 オフェリーは力なくうなずいた。

 すぐに、キアラさまが私の手をつかんだ。


「アーデルヘイトさん! 可能な限り人を集めてください!」


 気持ちは、痛いほど分かる。

 でもそれじゃ、ダメなことは痛いほど分かっている。

 

「キアラさま……治療に当たれるのは、一度に一人だけです。

大勢集めても、意味はありません。

それに……そんなことをして一般人の治療が間に合わなかったら、アルフレードさまは決して許してくれません」


 キアラさまが、強く頭を振った。


「でも!」


 そこに、ミルヴァさまがキアラさまの肩に手を置いた。


「アーデルヘイトさんの言うとおりよ。

ここはアーデルヘイトさんに、判断を任せましょ。

私たちは私たちでできることをしましょう」


 キアラさまは、ミルヴァさまに抱きついて泣き始めた。

 私も流されて泣きたくなる。

 でも今はダメだ。

 冷たいようでも、一番効率の良い方法を選ばないといけない。


「治癒魔法を掛けすぎても、効果がないですよね。

ですが容体が急変したときのために、寝ずの番を交代でしましょう」


 ミルヴァさまとキアラさまは、顔を見合わせた。

 ミルヴァさまが、私にうなずいた。


「ええ、アルがアーデルヘイトさんは、医療で修羅場を経験してきたから判断に従うようにって言っていたわ。

だから、お願い」


 急に周囲に頼られると、すごいプレッシャーを感じる。

 でも……私にとって、アルフレードさまは大事な人だ。

 絶対に死なせない。


「用心して寝ずの番をする人は限りましょう

ミルヴァさまとキアラさま、私とクリームヒルトで」


 4人だと、ちょっとギリギリだけど……。

 と考えていると、オフェリーがアルフレードさまに、治癒魔法を掛けながら手を挙げた。


「私もやります」


「オフェリーは治癒魔法担当でしょう。

ちゃんと休まないとダメよ」


「いえ、今は、マリーの治療をしたから疲れているだけです。

普段なら平気です。

それに私の業務は、そこまで多くありません。

皆さんの日常業務は多いでしょう。

4人では絶対に息切れします」


 確かに、彼女の力は見たことがないほど強い。

 でも、そんなに負担を掛けて良いものか……。

 悩んでいると、クリームヒルトに肩をたたかれた。


「オフェリーもいれて、5人でやりましょ。

応援は何人呼べそう?」


 オラシオさんとテオバルトさんの、地域にトップクラスは派遣していた。

 ここにいて、すぐに手配できる腕利きは3人程度。


「3人ね。

こっちに向かってもらっているから。

オフェリーのサポートに専念してもらうわ」


 クリームヒルトはアルフレードさまを見て、ため息をついた。


「それでなんとかなりそうね。

ミルヴァさま、キアラさま。

私たち3人が、自宅から通うよりここに住み込んだほうが何かと良いでしょう。

許可していただけますか?」


 ミルヴァさまは、アルフレードさまから視線をそらさずにうなずいた。


「ええ、そうして頂戴。

でもそうなったら、大臣の仕事をうまく部下に任せないといけないわ。

そこはしっかりやっておいて」


 本心では治療に専念したくて仕方ないのだろう。

 でも、ミルヴァさまはアルフレードさまの代理。

 それだけに関われない。



 少しして、応援が到着したときに、オフェリーが私たちを振り返った。


「内臓の治療は終わりました。

骨折部分は最低限だけ治癒したので、そちらをお願いし……」


 そう言い掛けて意識を失ってしまった。

 ミルヴァさまが慌てて抱き留めて、使用人に別室に連れて行ってもらっていた。

 私は応援にローテーションを指示して、クリームヒルトとうなずきあった。


「じゃあ、私たちは、一度戻ります。

用事を済ませたら、すぐに戻りますから」


 戻ってやることがある。

 仕事を部下に任せる指示を出す。

 そして使用人に荷物を運び込んでもらう。


 そのあとは、もうバタバタし通しだった。

 一命をとりとめたとはいえ、日に日に痩せていくアルフレードさまの姿を見るのはつらい。

 でも5人だったので、お互いに励ましあって、何とか乗り越えることができた。


 いつの間にか、5人は仲が良くなって、アルフレードさまが回復したら6人で出掛けようと話し合った。



 半年後に、アルフレードさまの意識が戻る。

 本当に報われた気がした。

 私とクリームヒルトは、抱き合って喜びあう。


 マガリ婆のアドバイスどおり、既に外堀は埋め終わった。

 はめているようで……ちょっと気の毒な気もしたけど、だからといって諦める気はなかった。

 だから良心には、ちょっとの間目をつむってもらうことにしよう。

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