378話 手遅れ

 使徒に関してめどがたったのは、単純に伝言があったからだ。

 リハビリもほぼ終わりに近づいた日。

 妙にハッキリしたビジョンを見ていた。


 夢と違うことはすぐに理解できた。

 夢は意識を保てない。

 単に流されるだけ。

 

 今は意識を操作出来ている。

 目をこらして前を見る。

 そこには人の形を投影した、第三の空の女王が佇んでいた。


「久しいの…ともがらよ。

の魔術が切れたようなのでな。

もう夢に邪魔しても、支障なかろう」


 魔術が切れたということは、最低限まで肉体が回復したのか。


「おかげさまで。

わざわざ夢にまで御越しになるのは、何か大事な話でもあるのでしょうか」


「然り。

この交信は、吾主わぬしの精神に、大きく負担がかかる。

故に魔術が切れるまで待っておった。

吾主わぬしの娘御より、言伝がある」


 ラヴェンナと会ったようだ。

 ドラゴンにもなると、そんなこともできるのか。


「ラヴェンナから……ですね」


吾主わぬしが懸念しておる使徒のことぞ。

吾主わぬしらが、悪霊と呼ぶ存在が、今どうなっているかは推測がつくかえ?」


「かなり弱っていると思います。

それと使徒が、何か関係するのでしょうか」


 第三の空の女王は、薄く笑った。


「娘御が言うには、使徒の力は悪霊を通じて兄界けいかいより力を引き出しておる。

その悪霊の力が、大きく衰えて使徒は存分に力を発揮できないとのこと」


 最初に話したときには、そんな話を聞かなかったが……。


「私と会ったときには知らなかったのでしょうか」


「悪霊の力が衰えて、娘御の感知が及ぶようになったらしい。

使徒が再び、この地に現れても人並みの力しか発揮できない。

娘御の力で妨害できるそうな」


 それは、めっちゃ助かる……。

 しかし、そこまで悪霊が弱ったのか?


「悪霊の力が、急激に弱まったのですか?」


「左様。

悪霊に使徒降臨を望む心が強く届くと……召喚への強制力が働くらしい。

今それを行うと、自身の存在が消滅してしまう。

故にその願いに対して、必死に抗っている……とのことぞ」


 好きに召喚できるわけじゃないのか。

 願いが届くと、使わざる得ない状況に追い込まれる……。

 つまりあの使徒は外れだから、本物を降ろしてくれと教会で祈っているわけか。


「人々の願いの数が多いのでしょうか?」


「悪霊との結合が強い集団からの願いは、より強く反映するらしいのう。

教会の総本山で、祈りを捧げているのではないのかえ。

娘御はそう言っておった」


「それではじきに召喚せざる得なくなって消滅してしまうと」


「そう見ておる。

だがその前に使徒が死ねば、魂を食らってある程度は持ち直せるだろうと。

いずれにしても、よほどの奇跡が無ければ消滅に向かうであろう。

いつの間にか陥った状態から脱するために、世界を融合させて創造神たらんとしたようだの。

神の視点とやらも、なかなかに興味深い」


 こんな面倒なことをしていたのは、自己の生存のためだったか。

 分かりやすいことは確かだ。

 使徒の攻撃を、気にしなくて良くなるのは有り難いが……。


「使徒本人は力の衰えに気がついているのでしょうかね」


 第三の空の女王は、首を振った。


「感知できるのは同領域の存在のみ。

異なる領域の使徒までは知り得ない。

ただしこの地を訪れれば分かるらしい」


 使徒がどう思っているかは不明でも、力を封じられるなら実に有り難い。

 一つ懸念が減ったか。


「もし、願いにあらがいきれなくなって……召喚すると、単に悪霊が消滅するだけでしょうか?」


「魂を呼び寄せても、降ろす力までは無いであろう。

そう娘御は見ている。

だが早い内に使徒が死ねば、あと100年程度は存在できるであろう」


「有り難うございます。

将来の方針が、少し建てやすくなりました」


「構わぬ。

だがこれ以上話すと、吾主わぬしの体にもよくあるまい。

さらばだ」


 その言葉の終わりとともに、意識が途絶える。

 そして翌日、めちゃくちゃ疲れていて監視のミルが慌てたまでがセットだった。




 祭りが終わって、屋敷に戻り自室のベッドの上に転がったとき……そんなことを思い返していた。

 ミルは風呂に入っていて、今は俺一人だ。

 使徒降臨の願いが強くなると、悪霊が弱まる。

 つまり、戦乱が起これば良い。

 大勢の命と引き換えに、未来の自由を得るべきか。

 黙っていれば、誰も分からない。


 そのトリガーを引くのは簡単だ。

 それに引かなくても良い。

 勝手に言い訳が用意されて……都合の良い未来がやってくる。


 だが……どうにもスッキリしない。

 よその領地の民までは、考えてやれない。

 だが戦乱になると、ラヴェンナも無関係とはいかない。

 戦乱を避ける力が、俺にあるのかと言われれば無い。

 

 自分でも分かっているが、どうしようも無いことで悩んでいる。

 予定していなかった未来を前に困惑しているのが実態だ。


 未来のことを寝転がっている間に考えようとした。

 試したが、ダメ。

 思考ですら、エネルギーを使うことを実感させられる。

 考えることができるようになったのは、ごく最近。

 使徒の情報をもらえたのも数日前だ。

 何かの準備をするにしても、時間がなさ過ぎる。


 救いは俺無しでやっていける社会制度を作ったことだ。

 そこは、心血を注いで地盤作りをした。

 俺無しでも、領地運営ができているのが、立派な成果だな。

 

 当面は、国王崩御による混乱の対処。

 そして戦乱に巻き込まれないこと。

 安定期になっても狙われない。


 俺が死んでいれば、巻き込まれにくくなる。

 生きているが、ために発生したリスクだな。




 ため息をついていると、扉が開いた。


 俺は軽くなった体を起こす。

 そして入ってきたミルに、手を振る。

 ミルは苦笑しながら、俺の横に座った。

 香料入りの石鹸を使ったのか。

 良い匂いがする。


「また、悩み事?」


「まあね。

ラヴェンナ地方が、目立たない立ち位置から変わった。

この先のかじ取りが面倒なのさ」


 俺のボヤキに、ミルが笑いだした。


「ああ、そっちの話ね。

女性関係かと思ったわ」


 触れないつもりだったのに、ミルから話を振るとは。


「そんな問題なんて存在しないよ」


 俺の不機嫌な顔に、ミルがジト目になる。


「そうはいかないのよ。

他の貴族や商会から、側室や愛人の打診が来ているのよ」


「俺の生死が不明なときからか?」


 ミルが首を振った。


「アルがああなったあとに、お見舞いの使者が大勢来たのよ。

そのときは帰ってもらったけど……。

礼儀上、意識が戻って回復しつつあることは返答したのよ。

そうしたらね、妻が私一人だってことを聞きつけて……。

あとは察して頂戴」


 そっちかよ……。


「丁重に断りの返事をしよう」


 ミルがため息をついた。


「それは良いけど……。

関係が悪化しない?」


「そんな程度で悪化する関係なら、必要ない。

それに内々の打診なら角が立たない。

あとさ……アーデルヘイトから、愛人になりたいと申し出があった話知ってるだろ。

そのときに言ったんだ。

俺が複数の女性を抱くなら、ミルも望む複数の男に抱かれることを認めないといけない。

それは嫌だから、複数の女性は望まないと」


 この話は、初めてすることだ。

 断った話しかしていなかったからな。

 ミルが驚きつつ笑いだした。


「アルらしいね。

私にとってはうれしいけど。

その理屈は、一般人だから通じるのよ。

さすがに理解したわ」


「俺の親父だって、愛人や側室は持ってないぞ」


 ミルは俺の指摘に、肩をすくめた。


「義母に教えてもらったの。

そうすると、家の内紛を招くからしないだけ。

側室が安定につながるなら、そうしているって。

領主の妻になったら、嫁ぎ先の安定と発展を考えなさいってね」


 貴族としては賢母だよ。

 でもママン……余計なこと教えないでくれよ……。

 その言い方だと、側室を持った方が良いって言ってるだろ。


「どちらにしても、外から女性を迎える気は無い。

その女性は、実家の利益を考えて動く。

外から女性を入れたら、実家にここの実態を知らせて瞬く間に広がってしまう」


「外から来た女性って、使用人とか引き連れてくるものね」


「ラヴェンナの社会体制が特殊なんだ。

もし世界が安定期だったら、成立が難しい。

だから可能な限り、存在を隠してきたんだよ。

今は使徒の世界が緩んで、動乱になるからそれどころではない。

その間に地盤を固めたい。

だが、実態が知られるとそもそも孤立しかねない」


 俺のつぶやきに、ミルが肩をすくめる。


「そうね、あまり内情には触れてほしくないわね。

あ……でもイザボーさんと付き合いがあるでしょ?」


「彼女は小さな商会の主さ。

過度のライバル参入を恐れるよ。

だから……必要以上の情報を漏らさない。

加えて、実家の紹介というコネで来た。

大義名分を与えない限り、こちらの意向に反したことはできないのさ」


「商人ならではの信頼感ね。

コネにはそんな拘束力もあるんだ……。

とにかく聞きはしたけど、外から女性を入れないことは賛成よ。

そんなことしたら、あの3人が黙っていないからね……」


 思わず、ため息をついた。


「あまり俺に近すぎると、かえって変なレッテルが張られる。

彼女たちの人生なんだ。

俺にこだわるべきじゃない。

なんとかしないとな……」


 ミルが笑って、俺に恐る恐る寄りかかる。

 寄りかかっても、俺が倒れないことに安心したようだ。


「それ……手遅れよ。

3人……看病のためと称して、半年前からこの屋敷に住み着いてるもの」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

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