377話 アル君騒動

 復帰したとは言え、半年も俺不在で運営していたのだから、無理に割り込んでも混乱が生じる。

 なので現状は、対外関係に注力すると宣言した。

 勿論、会議には参加するが、どのようにやっているのかに注視だけしていた。

 

 あとの違いは参加者が増えたことだ。

 第3秘書とはいえ、市民でないときのオフェリーに参加資格はなかった。

 市民になったので、今回からは秘書として参加することになった。

 

 会議と言えば……俺が座っていても、あまりにスムーズだ。

 俺がいないかのように進んでいく。

 不思議な顔をしていたら、議長役をしているミルが笑いだした。


「アル、やっぱり気になる?」


「ええ……。

もっと私のほうを、気にすると思って身構えていました」


 突然キアラが立ち上がった。


「そ、その話は、もう良いじゃありませんの! は、早く、次の議題に……」


 市民になってから出席するようになったシルヴァーナが、不思議そうな顔をした。


「だって、今までアル人形がそこに座ってたんだもの。

縫いぐるみだろうと生身だろうと、しゃべらないなら大差ないでしょ」


 はい? 縫いぐるみ?

 俺は、一同を見渡すが、皆視線をそらした。

 オフェリーが何かに気がついた顔になる。


「ああ……それで、この前キアラさまが等身大のアル君を抱えて、部屋に持って行ったのですね」


 待てや、何だ……その名前。

 俺は、キアラに説明を求める顔をする。

 キアラは、動揺をあらわにして慌てだす。


「き、気のせいですわ! 仕事に戻りましょうよ! 仕事に!」


「その怪しげなパペットは一体何なのですか?」


 キアラは露骨に、視線をそらす。

 ミルが堪えすれずに爆笑した。


「アルに似せた等身大の人形を、キアラがつくってもらったのよ。

これが結構良い出来でね……。

アル不在のときに、ずっとおいてたのよ」


 ロベルトも、遠い目をしていた。


「最初のころは、皆つい……話しかけていましたな……。

返事がないので、徐々に不在の会議に慣れていったのです」


 なんで縫いぐるみに話しかけるんだよ!


「お役御免なのですから、もう焼却してください」


 キアラが、首を振る。


「だ、ダメですわ。

半年もお兄さまの代理を、立派に務めたのです。

あとは私のベッドで、余生を過ごしてもらいますわ!」


「代理って……ただ鎮座していただけでしょう」


 シルヴァーナがため息をついた。


「それがさぁ……そうでもないのよ。

最初はキアラちゃんだけがモフモフしながら仕事していたけど……」


 ミルまでガバッと立ち上がった。


「ちょ、ちょっと! 話が、横にそれすぎよ!」


 ミルよ、お前もか。

 どんなに止めても、シルヴァーナは俺の期待を裏切らない。

 フンスとない胸を張った。


「ミルまでモフモフしはじめたのよ。

もうフラフラと吸い寄せられるように。

それで精神的に落ち着いたみたいだから、ちゃんと仕事になったのよ」


 頭痛がしてきた。

 思わず頭を振ったが……。


 視界に捉えてしまった。

 露骨に安堵するアーデルヘイトと、クリームヒルトの姿を。

 お前たちもか……。

 これ以上……聞くのは止めよう。

 あまりに非生産的だ。


 オフェリーが感心したようにうなずいた。


「それで、アーデルヘイトさんとクリームヒルトさんも欲しがっていたのですね。

癒やしが欲しいと……。

ヒーリング効果なんて込めた記憶がないのに……今の話ですごく納得しました」


 アーデルヘイトとクリームヒルトが、顔を覆った。

 お前ら、何やってるんだよ。

 いや、何か引っかかるぞ。


「どうしてオフェリーさんは、会議に出ていないハズなのに知っているのですか?」


「アル君は私がつくったからですよ。

こう見えても裁縫は得意なのです。

ミルヴァさまとキアラさまが、あまりに落ち込んでいたので等身大のアル君をつくれば、気が紛れるかと。

それでアーデルヘイトさんとクリームヒルトさんからも……つくってほしいと言われました」


 はい? あまりの急展開に、俺の理解が追いつかなくなった。

 突然オニーシムがため息をつく。


「あれには参った。

次に動かせるようにできないかと聞かれたんだぞ。

呪いの人形でもない限り……骨もないのに動かせる訳ないだろうと」


 確かに呪いの人形が動く原理が気になる……ってそうじゃねぇ!


「骨があっても動かないでしょうに……」


「まあな。

動かすなら……ホムンクルスをつくればいけるが……。

まさかご領主のコピーをつくる訳にもいかんだろ。

一体だけならまだ良いが……絶対に複数体要求される。

どれだけ金がかかると思ってるんだ。

それにつくるだけの技術者は、ここにいない。

だから縫いぐるみで我慢しておけといったのだ」


 何だろう。

 その条件さえそろえばできるぞ……ばりの言葉は。


「ともかく……捨てましょう」


 キアラが、顔を真っ赤にして首を振った。


「嫌ですわ! アル君は私が守ります!」


 ルードヴィゴが遠慮がちに挙手した。


「どうしましたか?」


「私からもお願いします。

アル君がいないときは、キアラさまから殺気がダダ漏れでした。

卒倒しないように耐えるだけでも……精いっぱいだったのです。

後生ですから、アル君を見逃してやってください」


 何だそれ。

 縫いぐるみが恩人とか……。

 頭を振った俺を、オフェリーがじっと見ていた。


「どうしましたか?」


「つくるのはとても大変だったのです。

ミルヴァさまとキアラさまの監修が厳しくて……。

そんな私の努力を、アルフレードさまは『捨てろ』の一言で片付けるのですか?」


 肖像権が欲しい……。

 この戦いは多勢に無勢だ。

 俺は、降参のポーズに両手を挙げた。


「分かりました、処分しろとは言いませんが……。

増やすのは禁止!」


 アーデルヘイトが口をとがらせた。


「別に減る訳じゃないし良いじゃないですか」


 クリームヒルトまでうなずいた。

 減ったほうが良いんだよ! 増えたらダメだろ!

 俺は盛大にため息をついた。


「一体私の人形の何処が良いのですか……」


 アーデルヘイトが悪戯をたくらむような顔になった。


「仕方ありませんね。

ルイ君人形を、たくさんつくりましょう。

ツヤツヤのテカテカで。

ここに一杯飾ると、健康になれますよ!」


 そんなウイルスのように増殖させてたまるかよ。


「ダメです」


 この不毛な議論に参加しなかったエイブラハムが、感慨深そうな顔になった。


「ああ……この締まらない感じの会議は懐かしいですね」


 トウコはその言葉にうなずいた。


「我らのご領主が帰ってきた実感がするな。

前より、筋肉は3%位落ちているが……」


 正確に計るなよ! ぴったり合っていそうで怖いんだよ!

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