376話 イリュージョン

 俺がリハビリを終えた日に、ラヴェンナ地方でそれを祝って祭りが催されることになった。


 なんて仰々しい。

 毎回領主が倒れて起き上がる度に、祭りなんてしてたらきりがない。

 と言ったが、5人から一斉に否定されてしまった。

 今回は特別だそうだ。

 反論しても泥沼。


 おまけにオーロラが出たそうだ。

 むしろ、そっちが大事だろう。


 オーロラが発生したときに、自然の奇跡に感謝しての祭りを行うように。

 その通達は既にしていた。


 主題が飲み込まれそうだったので、釘を刺したが馬耳東風だった。

 それどころかキアラがはしゃぎだしたのだ。


「お兄さまの復帰に合わせたようなオーロラ! やっぱりお兄さまはすごいですわ!」


「たまたまですがね……」



 いつもの祭りは、ミルとキアラに張り付かれているが……。

 今回は5人。

 いや多過ぎだって……。


 しかもこんなことしたら、彼女たちにとってもまずいだろう。

 どう考えても良くない。

 それを指摘しても……。


 アーデルヘイトは涼しい顔だ。


「私は気にしていませんので」


 クリームヒルトもうなずいている。


「たまたま行く先が一緒なだけです」


 オフェリーはいつもの無表情だ。


「もし急に体調が悪くなったときは、すぐに手当をしないといけません」

 


 ミルとキアラは、お互い顔を見合わせて苦笑していた。

 2人は許容してしまっている。

 何か、ちゃんと考えないといけないな。

 ズルズル流されるのはダメだろう。


 そんな祭りの中、物陰にたたずむ人影が見えた。

 ベールをかぶった貴婦人。

 目立つはずだが、誰も気がついていない。

 他人には見えないのかもしれないな。


 見物にでも来たのか。

 俺が接触すると邪魔だろう。

 軽く、会釈をする程度でとどめる。


 ミルも会釈をした。

 他の人たちは、首をかしげている。

 貴婦人は優雅に一礼を返してきた。

 特定の人にしか見えないようだ。


 キアラは自分が蚊帳の外なことにご不満らしい。

 その膨れっ面に苦笑してしまった。


「あとで説明しますよ」


 なだめながら、祭りを見て歩く。

 こんな雰囲気に慣れていない、オディロンが教え子たちといるのに出くわした。

 

 オディロンは俺に手を挙げる。

 俺も、それに手を挙げて応える。


 オディロンは俺を見て、ニヤリと笑った。


「その様子では大丈夫そうですね」


「ええ、看病と言う名の監視で、リハビリも怠けられませんでしたからね。

オディロン殿はどうですか? 祭りに慣れていないようですが」


 俺のからかいに、オディロンは頭をかいた。


「見ているだけならあるのですがね……。

住民として参加するのは……妙に落ち着かないですよ。

まあ、悪くはないですがね」


 そのあとは、教え子たちを含め軽く世間話をして、彼らの元を離れた。

 ニヤニヤ笑うオディロンに忠告されたからだ。


「奥さまたちを待たせると、ロクなことがないですよ」


 返す言葉がないので、5人のところに戻って他の場所を見て回る。

 今度は、他の少女たちに混じってはしゃいでいるマノラと出会った。

 アルシノエはマリウスと一緒なのだろう。


 マノラは俺の姿を見るとうれしそうな顔をしたが、すぐにプイと横を向いてしまった。

 俺……何か嫌われることしたのか?

 俺が首をひねっていると、オフェリーがマノラのところに歩いていった。

 何やら、2人で話し込んでいる。

 マノラが驚いた顔をしながら、こっちをチラチラ見ているがやがてうなずいて、オフェリーに耳打ちをする。


 そのあとマノラたちは、楽しそうに笑いながら別の場所に歩いていった。

 戻ってきたオフェリーが、俺に指を突きつける。

 誰のまねだよ。


「マノラからの伝言です。

『あと3日は、口を利いてあげない! その後は許してあげる』

だそうです」


「私が何かしました?」


 4人を振り返ると、一様にあきれた顔をしていた。

 ミルがジト目で指を突きつけてきた。


「あのねぇ……皆にどれだけ、心配かけたと思っているのよ!」


 ダメだ……俺の味方はいないのか? 余りに切ないぞ。

 やぶ蛇になりそうなので、せきばらいして、話を変える。


「オフェリーさん、マノラに何を言ったのですか?」


 オフェリーは微妙な表情をした。

 感情表現が一部、うまくできないようだ。


「ナイショです」


 そんな芸当まで覚えたのか。


 先日ある決定をくだした。

 今回のリハビリ終了に合わせた訳ではない。

 周囲の勧めに従った訳でもない。


 オフェリーを正式に、ラヴェンナ市民として迎えること。

 教会への報告書は、従来どおり送る。

 この2点を、教会に通達させた。


 勿論、将来の懸念は検討した上でだ。


 教会が俺にオフェリーの処置を委ねた。

 これを反故にしてきたときに、どう対応するかの腹案はできた。

 使徒の対処にも、めどがたった。


 念願叶って本人が、とても上機嫌らしい。

 俺には分からなかったけど……。

 仲良くなったミルとキアラには分かるらしい。


「まあ……変なことをたくらんでいなければ良いですよ」


 多分、マノラに何かの約束をしたのだろう。

 少なくとも露骨な優遇とかでない限り、口を出さなくても良い。


 祭り前は皆どうだったのかは不明だが……。

 今の、陽気な雰囲気を見ると一安心できる。


 まだ平気なのだが、5人に押し切られて喫茶店で休憩となった。

 

 内密の話をするいつもの部屋に通されたが……。

 6人は、少し狭くないか?


「別に内緒話をしないので、大きい部屋で良いのでは?」


 俺のボヤキに、ミルが小さく笑った。


「今は人が多いから、ここしか空いてないのよ。

それに領主さまが、一緒の空間だとみんなかしこまるでしょ。

アルはそんなの嫌がるからね。

ここしかなかったのよ」


 さいでっか。


「私が復帰する前の町の様子はどうでした?」


 5人が、顔を見合わせた。

 そしてキアラが、うなずいてせきばらいをした。

 気のせいか女性陣に包囲されている気がする。


「お兄さまが意識を取り戻すまでは、とっても暗かったですわ。

リハビリを始めてからは、ようやく明るさが戻ってきましたの」


 俺が第三者なら、別に異を唱えないがいつもどおりに過ごす。

 そして不埒にも……悲しんだからと言って回復する訳はない……とか思う訳だ。


「皆が悲しまなきゃいけない。

そんな同調圧力がなければ良いですが。

個々人が私に対して、どう思おうと自由でしょう。

それこそ私のやってきたことに対する反応に過ぎません」


 他の4人は、また言っているといった顔。

 オフェリーだけが驚いた顔だ。


「悲しまなくても良いのですか? 住民のために犠牲になったのですよ?」


「悲しんでほしいからあれをやった訳ではありませんよ。

私が自分のためにやったことなので。

こう言っては何ですが……。

他人がどう思おうと構いません。

自分が納得すれば良い……としか思っていませんからね」


 オフェリーの目が、さらに点になっている。

 

「あの人と真逆ですね。

どおりで、妙に気にして張り合おうとする訳です」


 逆か。

 実際は同類なんだろう。

 悪霊からの分類では同じだったはずだ。


「実はそうでもないと思いますよ。

彼になくて、私にあったものの差程度です」


 アーデルヘイトが首をかしげた。


「優しさですか?」


 俺が優しいなどとは思ったことがない。

 クリームヒルトが首をひねっている。


「忍耐力ですか?」


 俺はそんな根気強くないよ。

 ミルのためだから、投げ出さずにやってこれただけだ。

 本当に忍耐強い人は、自分のために続けられる。


 キアラが、チッチッと指を振った。


「あんなのとお兄さまを比べてはダメです。

足りないのは……全部です!」


 話が飛び過ぎだろう。

 ミルが笑いだした。


「アルの性格から言って、そんな話じゃないと思うわ。

そうでしょ?」


 さすがに、俺が言いそうなことは知っているか。


「自己制御の能力です。

彼は人から、よく思われたがっていました。

ですが、自分の本能を制御できません。

だから見たいと思う現実に溺れてしまったのですよ。

結果として何をやっても、自分が肯定されると思い込めた訳です。

私もそこまで制御できているとは思いませんがね。

だからこそ……そうせざる得ないところに、身を置く訳です」


 オフェリーは驚いた顔になる。


「それだけですか?」


「それだけです。

それが全ての欠点をさらけだします。

欠点とは本能に従って動いた結果のマイナス行為ですよ。

放置していては治りません。

だからこそ皆、それを制御しようと努力している訳ですよ」


 オフェリーが感心したようにうなずいた。


「なるほど……。

アルフレードさまはベテラン司祭のようですね。

悩みを聞いたり、説教をしたりと……。

それができる司祭さんは、だいたい年配なのですが……」


 止めてくれ……記憶が戻ってから、説教臭くなっているのは自覚してるんだよ!



 休憩を終えてちょっとした自己嫌悪と共に喫茶店を出ると、シルヴァーナと鉢合わせる。

 シルヴァーナは手を振って、俺のところに駆け寄ってきた。


「アル! 一生の頼みがあるのよ!」


 絶対ロクなことじゃねぇ。


「100年後に聞きますよ」


 シルヴァーナが俺の手を、がっしりつかんだ。

 予想していたが……話を聞いてない。


「何か白い人が来て、瞬く間にアルの体に筋肉をつけたんでしょ」


「え、ええ……。

でも内密にしていたはずですが……」


 ミルがとっさに、俺から視線をそらした。

 うれしさの余りつい、コイツに話したのか……。


 シルヴァーナがない胸を張る。


「大丈夫! 誰にも言ってない。

そこで頼みがあるのよ! その人に頼んで、私の胸を大きくして!

オフェリーほどはなくて良いの。

せめてミルよりは……」


 ミルがジト目になった。


「私は普通よ!」


 シルヴァーナが、下を向く。


「最低ラインでも持っている……ミルには分からないわよ。

虐げられた民の怨嗟が……。

1000年間もの間……たまり続けた女たちの怨念が、アタシに宿っているのよ!」


 大げさすぎるだろう。

 俺は、大きくため息をついた。


「あのですね、元からないものを……あるようにはできないのです。

できたとしても偽りですよ。

イリュージョンです。

そんな幻影で、胸を張れるのですか?」


 シルヴァーナは絶望した顔になる。

 そして泣きながら駆けだしていった。


「アルの人でなしぃぃぃぃぃぃ! 一生恨んでやるぅぅぅぅぅぅ!」


 俺のせいかよ!

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