375話 届くと危険

 だいぶん調子も良くなってきた。

 あと1ヶ月もすれば、最低限は動けるようになる……とのお墨付きをもらえた。


 気になる政務は円滑に回っているようで、一安心だ。

 俺は自分の仕事のリハビリに励む。

 今日は、キアラが俺に付き添っていた。

 リハビリメニューを終えて、気分転換にちょっと庭に出ている。

 まだ、杖はついているけどもう少しで要らなくなるだろう。


 キアラは俺が政務に復帰しやすいように、情報をいろいろと教えてくれる。

 主に、外部の情報だな。

 内部は基本的に任せても大丈夫だろう。


 実に有り難い。

 これから、外向きの話が増えてくるからな。

 いつもキアラはとりとめのない外部の話をしてくれるのだが、今日は違った。

 渋い顔をしているのだ。


「キアラ、どうかしました?」


 キアラは俺をチラチラ見ながら悩んだ顔をしていたが、やがて大きく息を吐いた。


「国王陛下が崩御されましたわ。

後継者は指名せずじまい。

持ち直すかと思いましたが、急に容体が悪化して指名もままならず……です」


「さすがに今回は、利害調整が困難ですからね。

使徒の御乱行がショックになったかも知れませんが。

父上には一応、助言は送りましたが……」


 情けないことに手紙はキアラに口述筆記してもらい、それを暗号に変えてもらった。

 

「伝言は間に合ったと思いますわ」


「父上のことだから、下手な手は打たないでしょう」


「それにしても教会は公開質問状にいまだダンマリですわね」


 俺は繰り広げられる喜劇を連想して、小さく笑った。


「枢機卿たちは教皇を非難するものの……死んでほしくはない。

そうなると自分たちの誰かが尻拭いをする羽目になりますから。

痛しかゆしですね。

教皇は病に伏せったままなのでしょう。

死んだとしても……ギリギリまで発表は伸ばすでしょうね」


「そのようですわね。

オフェリーさんが教会に問い合わせてもなしのつぶて。

ちょっと気の毒ですわ」


「そうですね、教会にしても下手に情報を漏らして面倒ごとになるのを避けたいのでしょう」


 キアラは憤慨した顔になった。


「美人局の道具として育てて、あとは知らないといった態度はあまりに薄情ですわね」


「教会からすれば、オフェリーさんが原因で……この混乱が起こったと思いたがりますからね。

でも私の庇護下なので、手を出せないと言ったところでしょう」


 キアラは俺の予測に渋い顔をしたが、やがて探るような目で俺を見た。


「オフェリーさんを正式にラヴェンナ市民にはしないのですか? きっと喜びますわよ」


 実は踏み切れない理由が、若干あるんだよな……。


「使徒への影響が、ちょっとあるのです」


「オフェリーさんは大丈夫だと言っていますけど、違う見解なのですか?」


「その見解に異存はありません。

また別の問題があるのです」


 俺の声が小さくなるのを聞いて、キアラは、体を寄せて耳を俺の口に向けた。


「ぜひ教えてくださいな」


 俺は、小声でキアラに耳打ちする。


「それで自暴自棄になったり、精神の均衡を失った結果……死なれては困るのです」


「どうしてですの?」


 死なれると、まだ虫の息の悪霊に食われる。

 それで、力を若干でも取り戻されては困る。

 口外できないがな……。

 全く噓ではないことを伝えるしかないな。


「使徒がいなくなると、戦争が派手に始まります。

今はちょっと勘弁してほしいのですよ」


「ああ、確かにそうですわね。

いてもいなくても迷惑な存在ですわね」


 ちょっと心苦しいが、リハビリ中なので声色の悪さはごまかせたか。

 俺はキアラから、体を離す。


「全くですよ」


 キアラが、少し目をつむって考え込む。


「多分ですけど、使徒にとっては……むしろオフェリーさんが、教会に戻ってくることのほうが怖いと思います」


 なるほど……そんな見方もあるか。

 しかし……。


「キアラはいつから、オフェリーさんの味方になったのですか?

泥棒猫と呼んで、追い払いそうなものですが」


 キアラは頰を膨らませて、軽く俺をたたいた。


「失礼ですわね。

結構仲良しですわよ。

お姉さまと私、そしてオフェリーさんは使徒被害者なので使友ですの」


「女性同士で仲良しグループができているのですか?」


 キアラは俺にほほ笑んだ。


「アーデルヘイトさんとクリームヒルトさんも仲良しですわ。

それにオフェリーさんを加えると、お兄さまを狙っているアル友ですの。

あとアーデルヘイトさんは、筋友と言ってデルフィーヌさんと仲良しですわ。

筋友にはレベッカさんも入っていますね。

あと補佐官たちも皆……筋友ですわ」


 なんで俺と筋肉が同レベルなんだよ……。

 それに数多くね?

 しかし……キアラは、昔と違って俺に寄ってくる女性を敵視しないのか。


「キアラも性格が、随分丸くなりましたか」


「お兄さまが死にかけたときの3人の様子を見ると、本気なのだと思いましたの。

アレを見たら、拒絶なんてできませんわ。

お兄さまの素晴らしさを知っているなら、大目に見ます」


 それが切っ掛けね。

 この話を続けるとやぶ蛇になりそうだから、話題を変えよう……。


「そうなると、デルフィーヌさんとデスピナさんはママ友ですか」


「ええ、デスピナさんとクリームヒルトさんは、先祖が姉妹だったので、これは友達とはちょっと違いますわね」


 なんか複雑だなぁ。


「シルヴァーナさんはミルくらいですか。

付き合いが深いのは」


「そうですわね、あの人面倒見は良いけど、あまり深く人と付き合わないのですよね。

デルフィーヌさんくらいですね。

冒険者つながりなので冒友ですわ」


「何でも友をつけなくて良いですよ……。

ウチの男性陣は、あまりそんなのはないですけどね」


 キアラはジト目で、俺を見ていた。


「何を言っているのですか。

お兄さまはアレンスキーさんと、浪漫大好きの浪友でしょう」


 そんなレベルで友人なのかよ。


「何でもジャンル分けしなくて良いですよ」


「確かに……ラヴェンナの男性陣は群れないですわね。

ルイさんの筋肉癒やし隊は、男女問わないですし……」


 思わず吹き出してしまった。

 とんでもない名前だ……。


「アレはまあ……本人が幸せなら良いですよ……」


 キアラは突然、何かを思い出した顔になった。


「そうだ、お兄さまに見てほしいものがありますの! ちょっと待っててくださいな」


 俺に、何かを見せたいのか。

 嫌な予感がするのは、気のせいだろうか。


 やがて親衛隊の一人に、レンガを持ってこさせて壁をつくり出した。

 親衛隊が帰ったあとで、キアラは俺に胸を張って見せた。


「苦節3年。

やっと会得しましたわ。

殺人光線!」


 あ……すっかり忘れてたよ……。

 こっそり練習していたのか?


「では見ていてくださいね」


 俺が黙って見ていると、キアラが息を吸って投げキッスのポーズをとった。

 するとハート型の光線が飛んでいった。


 ジュッ。


 レンガにハートマークの穴が空いていた。

 俺の光線より距離が長いぞ! 拡散している分威力は落ちるだろうが……。


「何ですか、この形は……?」


「今までは……イメージがつかめなかったのです。

そこで……届け! お兄さまへこの愛を! とイメージすると、すんなり固まりましたの」

 

 いや、届いたら死ぬだろ。

 とんでもなく、物騒な投げキッスだ……。

 俺、本当に死んでないんだよな。

 別世界に迷い込んでないよな。

 自慢気なキアラに、俺は微妙な顔で笑うしかできなかった。

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