371話 看病? いいえ監視です

 ふと気がついた、俺の寝ているところは病室だが……。

 同じ部屋に、なぜベッドがもう一つあるのかね。


 まさか泊まり込みのローテーションとか言わないよな。

 いやそうだよな……。

 

 皆が戻ったあとで、ミルはさすがに落ち着いていたが俺を凝視している。

 困った……。

 なんと言って良いやら。

 

 数分凝視されていたが、俺は懸命に視線をそらせる。

 今、何が地雷で、そうでないか全く分からない。

 全てのワードが、地雷に思える。

 始めて見る様子だからだ。


 突然、俺の手がつかまれた。

 仕方なく視線を、ミルに向ける。


 ミルは俺をまた凝視していたが、ため息をついた。


「もう怒ってないわよ。

言いたいことは、一杯あるけど……。

アルに死んでた方が良かった……なんて思われたくないから」


 思わず頭をかいてしまう。


「ああ、ごめんな。

言い訳になるけどさ。

ああするしか……この負の連鎖を止める手がなかったんだ……」


 突然、言葉を遮られた。

 ミルに口づけをされたからだ。

 黙ってミルを抱きしめることにした。

 ちょっとしてお互いの口を離す。

 ミルは優しくうなずいた。


「もうしないで……と言っても無理よね。

また子供や誰かが狙われたらやるんでしょ。

だから、その時は私も一緒よ。

それだけは約束して」


 先回りされた。

 これはかなわないな。


「分かった、約束するよ」


 そのあとはミルが俺の体をあちこち触って、安堵のため息をつきつづけた。


「女王さまのおかげね。

筋肉がついてるわ」


 どうも、筋肉と聞くとルイとかアーデルヘイトが頭に浮かぶ。

 俺の微妙な表情にミルは笑いだした。


「半年ぶりに笑ったわ。

どんどん痩せていくアルを見ていて……本当に辛かったもの。

でも、こうやって元気になったから……もう大丈夫よ。

ここからアルは、しばらくリハビリね」


「お手柔らかに頼むよ」


「しばらく政務はしなくても大丈夫だから、ちゃんと元気になってね」


 半年の間ちゃんと回せていたなら、もう俺がいなくても大丈夫だろう。


「皆すっかり成長したようだな。

頑張ってきたかいがあったよ」


 俺のひとごとのような感想に、ミルがジト目になった。


「何を言ってるの、アルでないと決められないことは棚上げしてるのよ」


 いや……片付けようよ。


「もうそんな案件ないだろ?」


「何を言ってるのよ。

外からの話が、いろいろあるのよ。

ラヴェンナはもう、誰も知らない辺境じゃなくなったの。

貴族から挨拶とか、他の商会からのコンタクトとか一杯あるのよ。

アルが完治するまでは、待ってもらってるんだから」


 参ったな。

 あそこまでは、計算して計画を立てていた。

 そこから、先の話は全く考えてない。

 俺の渋い顔を見て、ミルが俺の顔を両手で挟んだ。


「どうせ先のこと考えていなかったんでしょ。

今からゆっくり考えてね」


 しっかり見透かされている。

 あ、その前にやってほしいことがあった。


「一つ頼みがあるんだ」


「何?」


「ラヴェンナの女神像、俺を守るために砕けちゃったから建て直してほしい。

ここのは建て直してくれたらしいけど、他はまだみたいだからね」


 ミルは、優しくほほ笑んだ。


「すぐに手配しておくわ。

私たちの命の恩人だしね。

むしろ全部の町に建てましょう」


 その後は、病人用の食事を食べさせられた。

 やっぱり体がだるいので、すぐに眠りに落ちた。



 翌日に、目が覚めると今度はキアラだった。

 キアラも俺を、じっと凝視している。

 流行なのか?


「ああ、おはよう。

キアラ」


 珍しく、返事がない。

 と思っていたら、いきなり抱きつかれる。

 余り力が入らないので、そのまま押し倒された。


 慌ててキアラが離れたが真っ青な顔をしていた。


「お兄さま、お怪我は!」


「力が入らないだけだよ。

怪我なんてしてないから安心していいよ」


 キアラは涙目になってうなずいた。

 そこからは、キアラが今までのことを一人で話し始めた。

 俺が、なにか言おうとすると止められるのだ。

 恨み節だったり、感謝だったり……。

 よほどたまっていたのかショックだったのか。

 これは、落ち着くまでちょっと掛かりそうだ。

 そして、予想どおりもう一つのベッドは看病用。


 もう看病しなくて良いと言ったら、プイと横を向かれた。


「看病から監視に変わりましたの」


 さいでっか……。

 次の日はオフェリーだった。

 オフェリーは俺の体に、手を当てていろいろ確認しているようだ。

 難しい顔をして、首をかしげている。


「少し違う感触ですね。

確か貴婦人に治してもらったのですよね」


 口外する話ではないのでドラゴンとは伏せている。


「ええ、いきなり最低限の筋肉がついて驚きました」

 

「かなり特殊な治癒術です。

それも相当古くて絶えた技術です。

1000年以上前には使える人がいたらしいですけど」


「そうなんですか?」


「ええ、私も書物で見ただけです。

魔法で疑似的に、体に必要な肉などをつけるものです。

本来の肉体が治癒して、自前の組織ができあがったら消えていく。

補助的なものですね。

ただし本来の肉体が正常なことが前提です。

かなり条件が特殊なので廃れてしまったのです。

普通なら一般の治癒術で十分ですから。

アルフレードさまのような状態なら、これが一番良いですね。

一体アルフレードさまは、どんな方と知り合いなのですか?」


 そんなヤバイと言うか、便利な技術だったのか。


「さあ……。

まあ、やんごとなきお方です」


 オフェリーは、小さくため息をついた。


「この土地にいる限りは、効果があります。

離れた瞬間に魔法は失われますから、ラヴェンナから出ることはダメですよ。

本当にアルフレードさまは、不思議な方ですね。

あの人の魔法を受けても生きているのですから」


 出歩く気はないから良いけどね。

 あとは女神の力だよ。

 さすがに、これは言う気にならない。

 こっちになじんでるけど、オフェリーはあくまで教会の人だからな。

 違う神の話なんて地雷ワード過ぎる。


「オフェリーさんに完治したと言われるまでは、ラヴェンナの外には出ませんよ」


 オフェリーは黙ってうなずいた。

 俺の体のチェックが終わると、突然着替え始めた。

 またかよ! この子には羞恥心がないのだろうか。


「ちょっと! なんで、ここで着替えるのですか!」


 オフェリーは俺の言葉に、首をかしげながら着替えを続けた。


「いつもここで着替えていましたよ? 皆さんそうしてますし。

それとも廊下で着替えた方が良いですか?」


 それは、俺の意識がなかったからだよ!

 ダメだ、この子まだ抜けてる……。


「いえ、結構です……」


 観念して、布団をかぶった。

 これ毎日続くのは勘弁してほしい。



 翌日はアーデルヘイト、その次はクリームヒルト、以降ミルに戻ってループ。

 俺の前で着替えるのは、オフェリーだけだったのは一安心だけど……。


 アーデルヘイトは肉体改造を勧める。

 鍛えるか側室にしてくれと迫ってくる。

 関係性が不明すぎる。


 クリームヒルトは俺を天然ジゴロと決めつける。

 責任を取ってくださいって何だよ!


 もう……早く全快したい。

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