372話 予期された変化

 寝転がっていても、世界は動く。

 当然の話だな。

 

 リハビリをしつつ、報告は日々うけている。

 しかし俺は、体力ないな。


 歩くだけでも、疲労を感じる。

 座り込んだ俺に、監視役のオフェリーが水と一緒に報告書を差し出してきた。


 黙って、水を飲みながら報告書を一読する。


「やっぱりこうなりますよね」


「予想どおりなのですか?」


 俺は、だるい感じで頭を振った。


「予想でも何でもありませんよ。

森に火をつけたら、火災になった…そんな程度です」


 貴族同士での小競り合いは、たまにあった。

 その規模が大きくなりつつある。

 そして数が激増しているのだ。

 その次は、国家間の戦争だな。


「使徒信仰に揺さぶりを掛けると、戦争になるのですか?」


「もともと、封建社会は、諸侯に軍事費を負担させる代わりに、自治を認める。

そんな社会ですよ。

それを認めた王の動機は仕方なしか、諸侯に祭り上げられたか。

どちらにしても些末な話です。

使徒の出現で、戦争はデメリットしかなくなって、大がかりなものは歴史から姿を消しました。

その抑えがなくなるので、封建社会本来の姿に戻る訳です」


 中世では、スポーツや儀式のような側面もあった。

 もしくは他人の金で、自分の軍隊を養うようなものだ。

 戦争ができなくなると、騎士の仕事は領内の治安維持が専らになって数も減ってくる。

 傭兵も成り立たない。

 身を持ち崩した連中が一定数いるから、それが野盗になる。

 それ以外は冒険者を目指すわけだ。


 騎士や冒険者が治安維持を担当する。

 それらを運用できるレベルでしか…軍事費がかからない。


「使徒は世界に安定をもたらす…これは噓でなかったのですね」


「ええ、一つの真実ですよ。

自分たちに影響がない限りは、人には有り難い存在です」


 オフェリーは無感情に、首を振った。


「良かったのか悪かったのか…分からなくなりますね」


 オフェリーはすっかり、自分をラヴェンナの人間だと思い込んでいるな。


「世の中、全員にとって良いことなど、めったにありませんよ。

しかし教会の立場の人が、そう簡単に私の言うことにうなずいたらダメでしょう」


「私の所属については、教会からアルフレードさまにお任せすると言われていると、前にも言いましたよ」

 

 オフェリーはふくれっ面になっている。

 ことは、そう簡単な話じゃないのだよ。


「教会の意図がハッキリしないのです」


「アルフレードさまの好きにして良いと思います。

教会としてはおわびの意味もあるかと」


 おわびってねぇ。

 ものじゃないんだ。


「ともかく、今教会としては、統一した動きがとれていません。

ですから私に投げた訳です。

でも、次のトップに否定される可能性もあるのです。

それに使徒は、オフェリーさんを本当に諦めたのかも不明ですよ」


 オフェリーは俺を見て静かに首を振った。


「次の教皇聖下せいかは否定できないでしょう。

前任の行為を否定する習わしはありません。

教会は徹底した前例主義ですから。

それにあの人は私やアルフレードさまのことを話すと……叫んで、部屋に引きこもるみたいです」


 だから怖いんだよ。


「無反応なら良いのです。

ところが強烈な反応なら、ベクトルがどっちにいくかで変わりますよ」


 俺のあきれたような言葉に、オフェリーがほほ笑んだ。

 最近できるようになったらしい。


「あの人のことは、アルフレードさまより知っている自信があります。

あの人は、一度嫌になったものは、絶対に見ようとしません。

もしあの人がまた来訪するとしたら、アルフレードさまが私を迫害して圧政を敷いたときです。

確実に追い払いたければ、良い方法があります」


 俺は少し考え込んだ。

 確かに、オフェリーは俺より使徒を見ている。

 そして、その視点は信用ができる。

 だか、それだけで決断して良いのか。

 ともかく、使徒を追い払える手段があるなら聞いておこう。

 手札は多い方が良い。


「それは何ですか?」


「私をアルフレードさまのものにすることです。

あの人は人の手がついたものを、極端に嫌います。

私を抱いたときに、アルフレードさまと内心比較していると思い込んで、拒否反応を起こすでしょう。

だから寄りつかなくなります。

なんのメリットも無くて……嫌な思い出しかないのですから」


 納得する話と、突拍子もない話に飲んでいた水をせきこんでしまった。

 オフェリーが背中をさすってくれたので、早めに落ち着いた。


「いきなり何を言い出すかと思えば。

私はミルのことを、常に考えています。

複数の女性を、同じように考えるのは不可能ですよ。

それにその女性同士の意見が対立したら、どうするのですか。

それこそ他人のように、客観的に対処しないといけませんよ。

そんなのは嫌なのです」


 オフェリーが俺の返答に面食らっていた。


「そんなことを考えるのですか?

変わった人ですね……。

それだけですか? アルフレードさまは、一度他人のものになった女は嫌ですか?」


 使徒に抱かれたのか? そうは見えないのだが。

 手をつけていないから……あれほど執着してたと思う。

 どちらにしても……どうでも良い話だ。

 俺は頭を振った。


「その女性の過去を、気にしてどうするのですか?

そもそも、人は過去の積み重ねで成り立っているのですよ。

それを否定しては、今の人格はありえません。

誰と関係があったかなど無意味ですよ。

私から言えば、そんなことにこだわるのは、よほど自分に自信がないからでしょう。

男女問わずね」


 若干言い方が厳しくなったが、あまりのバカバカしさに……つい感情がこもってしまう。

 清純なイメージを売る商売ならありえるけど。

 商売じゃないだろ。


 俺の嫌そうな言葉に、オフェリーは驚いた顔になった。


「済みません、不快にさせる気はなかったのです。

私は別に、あの人に抱かれた訳ではありませんが……。

周囲からはあの人の女と言われていましたので。

もしかして私をものにしないのは、それが原因かと思いました」


 俺は、面倒くさそうに手を振った。

 手を振るだけでだるい。


「いえ、私の意思です。

ともかく……オフェリーさんが、教会を離れて市民になりたいことは知っています。

もう少し対処含めて考えさせてください」


 オフェリーは静かにうなずいた。


「はい、お待ちします」


 それより戦争か。

 そうなると別の問題がでてくるのだよね。

 しかし休憩になってない気がする。

 

「使徒はおおむねの民衆には有り難く、おおむねの支配階級にとっては、不便な存在ですからねぇ。

これからが大変ですよ」


「支配階級にとって不便なのですか?」


「現状に満足する支配階級なんて、極わずかです。

だいたいはいろいろな手をつかって、自己の勢力を拡大する生き物です。

それはもともと、生存を目指しての行動ですよ。

そうやって生まれた生き物です。

肉食獣が使徒の社会という柵に仕切られて生きてきた。

その柵がなくなった訳です」


 オフェリーが俺の言葉に、首をかしげた。


「そこまで知っていてなぜ、その柵を消し去ったのですか?」


 さすがに、別の存在に強制された柵は嫌いだったからとは言えない。

 こんなことが言えるのはミルやキアラまでだ。

 俺は、苦笑して立ち上がった。


「どうしてでしょうね。

皆の将来を守ったら、柵が勝手に壊れたんです」


 オフェリーは、ちょっと寂しそうな顔をしていた。

 これは、他人に話すことじゃないからね。


 面倒だが必要なリハビリに戻ろう。

 いつまでも監視されていてはたまらないからな。

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