367話 閑話 トラップ発動

 スカラ本家の応接室に、現教皇の側近である枢機卿サヴェリオ・ストルキオが呼び出されていた。

 使徒ユウの政策で混乱した経済の立ち直し。

 そのための支援を要請しに、各地を回っていた最中の出来事である。


 突如、空に現れた映像は、サヴェリオにとって信じがたいものだった。


 あろうことか、支援を要請していた大貴族の子息に対して、使徒による殺害未遂。

 しかも一方的で意味不明な論拠による断罪。

 教会が使徒の尻拭いの殺人を指示している事実。

 使徒を糾弾する老婦人の殺害未遂。


 どれ一つとっても致命傷。

 それが四つだ。

 あげくに、光景と音声がついていた。

 もう、世界中はこの話題で持ちきりだろう。


 可能なら避けようと思っていたが、スカラ家の騎士団から出迎えを受けては断ることはできない。

 教皇に今後の指示を願う書簡をだすのが精いっぱいだった。



 本家の応接室では、一応の礼儀をもって遇された。

 だが、今までの訪問とは違う。

 完全に、敵国の使者を迎える雰囲気だった。


 応接室では、実務を任されているアミルカレとバルダッサーレが、腕組みをしてサヴェリオを見ている。

 サヴェリオはハンカチで汗を拭う。


 しばらく様子を見ていたアミルカレが身を乗り出す。


猊下げいか、此度の騒動はご存じですか?」


 サヴェリオはアミルカレに、視線を合わせずに下を向いた。


「まだ真偽の程が分かりませぬ故…」


 バルダッサーレのせきばらいで、サヴェリオの発言は中断された。


「もう調べました。

全て事実です。

前教皇の姪で、そちらから派遣されているオフェリー・ルグラン嬢も証言されました。

そして人事不省になって、生死の境をさまよっているアルフレードも確認しています。

それでも分からぬ…とおっしゃいますか?」


 サヴェリオは視線を上げることができない。


「私としましても、教皇聖下せいかの判断を仰がねばなんとも…」


 アミルカレはそんなサヴェリオを、冷たい目で見ている。


「ほう…。

つまり猊下げいかは目の前で火事が起こっても、教皇聖下せいかの指示を受けなければ消火もままならないと。

なんら権限も無いご身分である…と言われるのですな」


 サヴェリオは、下を向いたまま冷や汗をかいている。


「事が事ですので、軽々しく私の一存では…」


 アミルカレがサヴェリオの前に、一通の書状を差し出す。


「これはわれわれスカラ家が出す、教会への公開質問状です。

一つ……教会が、今までわれわれに説いてきた、『使徒は、正しく、皆を守ってくれる存在である』これは正しいのか。

二つ、教会は正しい使徒認定を行ったのか。

以上に対しての回答を頂きましょうか。

この話は、既に領内でも公表ずみです。

王都にいる父も、別の枢機卿に同様の公開質問状を出しています」


 サヴェリオが震える手で、その紙を受け取った。


「か、必ずや……教皇聖下せいかからのご回答をお持ち帰りします…」


 バルダッサーレが小さく笑って、サヴェリオの肩に手を置く。


猊下げいか自ら、お伝えになる必要はないでしょう。

それにこの件については、御自身がなんら特別な役目を担う者ではない……とおっしゃいましたよね。

ですので、返事が来るまでご滞在いただきましょうか。

それこそ……ここでないと枢機卿の身の安全の保証ができません。

よもや社会の担い手である教会が、あのような犯罪行為に加担するなど有り得ないでしょう。

教皇聖下せいかの賢明なご聖断に期待しますよ」


 アミルカレが手を振ると、スカラ家の騎士がサヴェリオを連れて行った。



 2人きりになった部屋で、アミルカレがため息をつく。


「アルフレードのヤツ、こんなこと予想していたのか?」


 バルダッサーレが、肩をすくめた。


「そうとしか考えられないでしょう。

使徒さまの経済問題の警告ついでに、自分が使徒によって害されたら教会に公開質問状を出してくれなんて書いてきたのですよ。

最初はアイツのジョークかと思いましたよ」


「アイツのことだから絶対に殺しても死なないけどさ、私は絶対にラヴェンナには寄りたくないぞ!」


 バルダッサーレが小さく身震いした。


「当たり前ですよ! 今のキアラを見たら、私は3回気絶する自信があります!」


 アミルカレがぼんやりと外に、視線を移す。


「しかしアルフレードのやつ、教会に正面から喧嘩を売る気でもないよな」


 バルダッサーレがため息をついた。


「そんな手を使わないでしょう。

もっと手が込んで陰険ですよ。

自分は手を下さずに内部崩壊させるつもりのようですが」


 アミルカレはひきつった笑いを浮かべた。


「貴族はなめられないように、喧嘩を売られたら相手をたたけ。

ただし自分からはふっかけるな。

そう教えられたけどな」


「アルフレードが基本相手を追い込まないで、手打ちにするタイプですがね。

ここまで徹底的にやるとは……。

しかも使徒さまと教会相手に……」


「仕方ないだろうな、放置したら、本家と分家が教会につぶされる。

教会が自分を守るなら、その程度するだろう。

だから、そんな力を持てないくらい……たたくつもりなんだろう。

しかも、攻撃といっても教会の大義名分を確認する行為だ」


 バルダッサーレはあきれ顔になった。


「明確な攻撃でない、これ以上無いハッキリとした攻撃ですよ。

どんな手を使ったのか知りませんが、あの光景……どうせ世界中にばらまいてるんでしょう。

本当にアルフレードだけは、敵に回したくない。

同情する気はないですが、あの枢機卿も大変でしょう」


 アミルカレは皮肉な笑いを浮かべた。


「もっとも教皇聖下せいかも、頭を抱えているだろう。

あの嫌らしい問いは、絶対に両方イエスと言えない質問だ。

でも、教会は両方イエスと言わないといけない。

こいつは見ものだぞ」

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