366話 閑話 終わりの始まり

 使徒ユウが魔法で縛り付けた子供に、魔法を放った。

 周囲から悲鳴があがる。

 

 とっさにアルフレードが少年を突き飛ばして、魔法の直撃を受けた。

 同時に町の広場の中央で、何か砕けた音がした。


 だが、誰もそれに気がつかない。

 目の前の光景に、誰もが硬直していた。


 やがて吹き飛ばされたアルフレードが地面に転がる。

 口からは、大量の血を吐いており、手と足がおかしな方向にまがっていた。


 魔法を放ったあと使徒ユウは、髪をかきあげる。


「やっぱり打ち消したか、お前は力を隠し…」


 その言葉は途中でとまる。

 目の前の光景は予想と違っていた。

 使徒ユウはこの結果にただぼうぜんとしていた。


「どうして打ち消さないんだよ。

おかしいだろ。

これじゃ僕がただの悪者じゃないか……」


 すぐに、大勢の人間がアルフレードの元に駆け寄る。

 オフェリーが真っ先に、治癒魔法を掛ける。

 表情は真剣さを通り越して必死そのもの。


 使徒ユウ側からも青い顔をしたマリー=アンジュが、アルフレードの元に駆け寄ろうとする。

 マリー=アンジュが駆け寄ってくるのを見たオフェリーが、鋭い目でマリー=アンジュをにらむ。


「来ないで! アルフレードさまを治しているのよ! あなたに構っている暇はない!」


 マリー=アンジュの足が止まる。

 その言葉に、使徒ユウが顔を赤くする。


「オフェリー! マリーに何てことを言うんだ! マリーの好意を拒むのか!?」


 その言葉にオフェリーは、使徒ユウを汚いものでも見るように一瞥した。


「好意? マリーは今アルフレードさまに、トドメを刺しにきたのですよ。

ユウさま……いえ、あなたの尻拭いのために」


 使徒ユウは訳が分からない……といった顔でぎこちない笑いを浮かべた。


「殺す? 僕の尻拭いだって? 馬鹿も休み休み言え。

そうだろうマリー」


 マリー=アンジュはその言葉に、下を向いている。

 その様子に、使徒ユウの顔がひきつる。



「治療しようとしたんだよな。

どうしてマリーが、ソイツを殺す必要があるんだよ」


 オフェリーは哀れむような目で、使徒ユウを見た。


「本当に馬鹿な人ね。

マリーがアルフレードさまを殺せば、あなたの愚行が覆い隠されるからですよ。

そのほうがショッキングで、話題性がありますから」


 使徒ユウが強く、首を振った。


「馬鹿な! 何でそんなことが言えるんだ」


 オフェリーは使徒ユウに構わず小声で、他の治癒術士に指示をだしていた。

 そのまま、担架でアルフレードが運ばれていく。


 オフェリーは今までの無表情が噓のように、冷たい目をしている。

  哀れみと嫌悪の入り交じった目だ。


「使徒さまが、無実の人を害するような愚行を犯したとき……。

教会から使徒さまの恋人になってる女は、その人を殺せ……と教わったからです。

私もそこのマリーも」


 使徒ユウが一歩後ずさる。


「噓だろ。

誰も頼んでいないぞ。

マリーは悪くないだろう」


 オフェリーはため息をついた。


「本当に馬鹿な人。

あなたの尻拭いのためマリーがどれだけ苦労しているか知らないでしょう。

知っていたら……こんな馬鹿なことはしませんよね」


 使徒ユウがマリー=アンジュを凝視する。


「マリー噓だよな! 殺すなんてとんでもないだろ!?」


 オフェリーと周囲の視線に耐えきれなくなったのか、マリー=アンジュはその場にへたり込んだ。

 オフェリーはそれを見て、首を振った。


「教会でも禁忌とされる……治癒を逆転させる術があるのですよ。

健康な人には効きませんが、弱った人なら確実に殺せます」


 周囲が一斉にどよめく。

 町中から殺気が、マリーや使徒ユウ一行に刺さる。



 暴発寸前と言ったときに、キアラが前に出てきた。


「皆さん、ダメです! 使徒の一行に、手を出してはいけません!」


 群衆から「何でだ!」「コイツらただの殺人鬼だろう!」などの罵声が飛び出た。


 キアラは静かに、首を振った。


「使徒はですね、自分が危害を加える相手が反撃することを許さないのです。

仮にこの人に手を出そうとしたら、使徒は町を滅ぼすでしょう。

それこそ……手を出す私たちが悪いと。

そんなむちゃくちゃで身勝手な生き物なんですよ!」


 最後の言葉は、叫び声になっていた。

 使徒ユウはぼうぜんとしていた。

 今まで、直接浴びたのは弱者からの敵意だ。

 今は軽蔑や憎悪を浴びている。

 嫉妬として切り捨てて、自分を守ることもできない熱量。

 虚栄心にまみれて、小心な男には耐えがたい状態だ。

 小さく、口を開くのが精いっぱいだった。


「そんな訳ないだろ……。

お前らは僕の力にすがってるじゃないか……」


 キアラは殺気のこもった目で、使徒ユウをにらみ付けた。

 使徒ユウが息をのんで後ずさる。


「ここはあなたの力にすがってなどいません!

勝手にやってきて、訳の分からない言い掛かりをつけて、お兄さまを奪おうとした!

そして今度は被害者気取りですか!」


 その横に、フラフラと定まらない足取りでミルヴァがやってきた。

 目には涙が、一杯たまっている。

 それを見た使徒ユウが、さすがに直視できなくて視線を背けた。


「何で私から、アルを奪おうとするのよ! 

何でよ! 答えてよ! 気まぐれ! 思い込み!? 

それでも、自分が悪くないって言いたいの!?」


 そう言って、ミルヴァは地面に座り込んで嗚咽し始めた。

 使徒ユウは後ずさり、使徒の嫁たちも下を向いている。

 さすがにあの状況で、反論や弁護などしようが無い。


 また、町の中の殺気が高まっていく。


 そんな中、群衆の後ろから、一人の老婦人が杖を突いて歩いてきた。

 マガリだ。


「皆落ち着きな。

アルフレードの坊やが、何で一人でコイツの相手をしたと思うんだい。

皆を守るためさ。

その気持ちを、無にするのかい?

全く……あの坊や、もこんな面倒な後始末を押しつけてくれて……」


 そして面倒くさそうに、杖で使徒ユウを指す。


「アンタ、帰りなよ。

アタシらじゃアンタたちを罰することはできない。

でも、このままアンタの醜い面を眺めていたら皆を抑えきれないんだ」


 使徒ユウがこんな状況でも、自分が侮辱されたことには敏感に反応した。


「ぼ、僕に向かって、そんな口の利き方を!」


 マガリがため息をついて、首を振った。


「アンタ……鏡で自分の面を良く見るんだね。

とんでもなく醜いよ。

中身が漏れ出ている。

そもそもアンタ、お膳立てしてもらえないと人を殺せないだろ」


 使徒ユウの顔が赤くなる。


「な、何だと!」


「言い訳できる場面でないと、人を殺せないって言ってるのさ。

だから、アルフレードの坊やが死にかけたときに動揺したのさ。

『ああするしかなかった』

そんな言い訳をしないと耐えられないんだろ?

さっきのはどう見ても蛮行さ。

どうやって正当化するんだよ。

子供を人質にとって攻撃。

そこらの山賊とかわらんよ。

悪いことをしてる自覚があるだけ……山賊のほうが、まだマシさ」


 使徒ユウが怒りで、口をパクパクさせている。



「なめるな! 人を殺すなんて……僕にはアリをつぶすくらい簡単だ!」


 そう叫んで、マガリに向かって魔法を放つ。

 突如…使徒ユウとマガリの間に立ちふさがる人影があった。


 マリー=アンジュだった。

 マリー=アンジュはユウの魔法を受けて、地面に転がった。

 叫び声すらあげられない。


 オフェリーが血相を変えて駆け寄って、治療を施す。

 使徒ユウはぼうぜんとしている。


「マ、マリーどうして……」


 治癒の最中で、口から血を流しながら、マリー=アンジュはユウを力なく見た。


「ユウさま……ダメ、これ以上は……」


 そう言って、意識を失った。

 使徒ユウが駆け寄ろうとするが、嫁たちに止められる。

 嫁たちは今駆け寄ると収拾がつかなくなるのは分かっているのだろう。


「離せ、マリーが!」


 オフェリーが、マリー=アンジュに治癒魔法を掛けて安堵のため息をついた。

 そしてマリー=アンジュを抱きかかえて、使徒ユウの所に歩み寄る。

 オフェリーは黙って、マリー=アンジュを差し出す。

 使徒ユウが恐る恐る、マリー=アンジュを受けとる。

 まだ、息があることを確認して安心した顔になる。


「オフェリー……有り難う……、なんと言って良いか……」


 オフェリーが冷たい目で、使徒ユウを見つめた。


「あなたに一つだけ伝えたいことがあります」


 この期に及んで、使徒ユウは期待の入り交じった表情をしている。



 スパーン!


 前触れなくオフェリーが使徒ユウの頰に、平手打ちを食らわせた。


「大嫌い! 二度と顔も見たくない! 帰って!」


 そう言い残して、オフェリーは泣き崩れているミルヴァの元に駆け寄る。

 使徒ユウがぼうぜんとしていたが、やがて嫁たちに促されて力なく去っていった。



 

 空のはるか上空で、ドラゴンが舞っている。

 第三の空の女王と名乗るそれは、アルフレードの要請を受けていた。

 使徒の襲来があって、自分が攻撃されるときがあれば、映像を世界中に流せるかと。


 第三の空の女王は、同胞のドラゴンたちを総動員すれば能うと答えた。

 そして今、それが実行に移されていた。


 第三の空の女王は、同胞のドラゴンたちに、ドラゴンのみで通じるテレパシー会話をしている。

 そのために、大天蓋に近づく必要があった。

 ここからなら、世界中のドラゴンと通話や魔法のやりとりができる。


『赤き夜明けの空、輝く太陽、幽玄の月、嵐の空よ。

我が伝えし、具象を人の子の空に描き給う』


『同胞よ、汝が願い聞き入れよう』

『同胞よ、この所業の果実は分からねど……助力しよう』

『同胞よ、これが、使徒への刃とあらば、是非はない』

『同胞よ、使徒に滅ぼされし、炎の空の仇なれば……断る道理は無し』


 そして世界中に、この光景の一部始終が音声付きで映し出された。

 その結果、虚構の枠組みは崩れ始める。

 長年続いてきた使徒の時代の…終わりの始まりであった。

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