368話 閑話 急所

 映像が世界中に流されて、各地で混乱が生じ始めた。

 使徒から直接被害を受けたスカラ家の公開質問状が、その波紋を大きくしている。

 そして教会の統制が緩んだところで、もう一つうわさ話が商会の間を駆け巡った。

 出どころはどこかの、小さな商会らしい。

 

「使徒が金貨を増発しすぎて経済に混乱を起こしたが、教会はそれを止めないばかりか、後の処理を商会と貴族たちに押しつけようとした。

使徒の拠点と教会を守ることだけを考えている。

最後に教会は弱体化させた全ての、貴族や商会を直接支配する気なのではないか」


 事実と推測が入り交じったこのうわさ話は、瞬く間に広がった。

 商会だけではない、付き合いのある貴族にも燎原の火の如く広がった。

 表向きは教会に反感を表明できない貴族たちにも……である。


 ここに、公開質問状が大貴族であるスカラ家から出された。

 その結果暗黙の支援と同意が、スカラ家に集まった。

 足を引っ張る必要のない、珍しい形の同意である。


 教会が内々に手を回してスカラ家に質問状を取り下げる様に働きかける道も、これで閉ざされてしまった。

 そして枢機卿が拘束されていることに突き上げられる形で、教皇庁からの使者が、スカラ家を訪れていた。


 今度の折衝も、アミルカレとバルダッサーレが行う予定だった。

 教皇庁からの使者は、予想外の前教皇アレクサンドル・ルグラン。

 現在は名誉特別司祭といった扱いになっている。

 

 さすがに代理とはいかないので、アレッサンドラが主な対応をすることになった。


 応接室でアミルカレとバルダッサーレを後ろに従えたアレッサンドラが、静かにアレクサンドルを見ていた。

 

「挨拶は抜きに致しましょう。

まずお伺いします。

ルグラン特別司祭はどのような権限を、教皇聖下せいかから頂いているのですか?」


 アレクサンドルは静かにほほ笑んだ。


「ただの伝言役ですよ。

前回頂いた公開質問状の件で参りました。

新教皇の選任が必要になり、その選任には全枢機卿が必要なのです」


 つまりは、枢機卿の解放要求である。

 アレッサンドラが、少し目を細めた。


「われわれは教会から新たな布告がない限り、前回の布告を正としています。

聖下せいかの交代は今の使徒さまの指示でしょうか?」


 アレクサンドルは静かに首を振った。


「そこから確認が必要になるのです。

故にご質問にお答えするにしても、新体制で行う必要があります」


「つまり、いつ回答するか分からない。

とおっしゃるのですね。

新体制の構築には、それは時間が掛かるでしょう」

 

 アレッサンドラの指摘は、後ろに控えているアミルカレとバルダッサーレも承知しているだろう。

 2人は礼儀上口を出さないがどことなく不満顔だ。


 アレクサンドルは、深く息を吐いた。


「そうですな。

ですが……回答を引き延ばしても、教会にとっても良いことはないのですよ」


「それは初耳ですわ」


 アレクサンドルは首を振った。


「ちまたで出どころ不明な噂が流れているのです。

普段なら一笑に付すところですが……。

現状ではまずい。

噂を認めるのと、同義になってしまいます」


 アレッサンドラは、少し目を細めている。


「あら、失礼しました。

私たちはちまたの話には、最近疎いのです。

分家が大変なことになって、その動揺が本家にまで及んでいますからね」


「その件に関しても、私は権限を与えられていません。

故に何も話せることではありません。

勿論、あなたたちの言われることが虚偽などと言うつもりはありませんよ。

ともかく危険な噂のおかげで地域の教会でも、日常的な業務も滞るありさまです」


「それはそれは。

民草は教会に心の安定を求めています。

早くに元ある姿になることを祈っておりますわ」


「では、枢機卿を連れ出してもよろしいですかな」


「元は聖下せいかにあった方、直々要請では断れませんね。

特別司祭のご訪問は、大変名誉なことですし皆にも自慢致しますわ。

最近は皆さん耳が大きくなっていますからね」


 アレクサンドルは目を細めた。


「引退した身分に過ぎませんが、少なくともスカラ家には最大限の誠意を示すべし。

それが教皇聖下せいかのお考えです」


「それは感謝致します。

そうそう……教会の業務が滞っては、そちらもお困りでしょう。

荘園の維持にも苦労されているまではありませんか?」


 アレクサンドルの目が細くなる。

 荘園は教会の直轄地で、各地に点在している。

 時の貴族や国王から寄進されたものだ。

 教会の安定した収入源となっている。

 これが無くなると、教会は現在の生活を維持できない。


「それは勿論」


「新教皇が定まって回答が得られるまでの間ですが、スカラ家が荘園の管理と維持を行います。

実は教会の方々の安全も保証しかねるのですよ。

とつぜん息子が危害を加えられました。

変わり者ではありますが、皆に愛されているのです。

息子を気に入っていた、騎士団長も大変憤慨しているのですよ。

救援や警護に、少し気後れしてしまうかもしれません

ですがわれわれとしては、無実の教会の方が害されるのは不本意です。

返事が頂けるまでは、教会の皆さんは教皇庁にお戻りください」


 アレッサンドラはほほ笑んで、アレクサンドルを見ていた。

 アレクサンドルは力なくうなずいた。


「われわれへのご配慮、感謝致します」



 アレクサンドルが枢機卿を連れて戻った後、アレッサンドラは息子2人に笑顔で振り返った。


「さ、教会の方たちがいない間、私たちが土地を守らないといけないわよ。

あまりに遅いと持ち主を忘れてしまいそうね」


 アミルカレが苦笑していた。


「これは教会も、引き延ばしはできませんね。

放っておくとわれわれだけじゃない。

他の土地の荘園まで没収されますよ」


 バルダッサーレも、肩をすくめている。


「さすがにアルフレードの母君。

血は争えませんね。

手紙には何も書いていませんでしたよね」


 アレッサンドラは2人に気取った笑みを浮かべた。


「この程度できなくては、スカラ家の代理など務まりません。

アルフレードがせっかく、チャンスを作ってくれたのです。

最大限利用しましょう。

それに、アルフレードが何を教会に仕掛けたか……分からないのですか?」


 アミルカレは首を振った。


「評判を落とすのでしょう」


 バルダッサーレは腕組みした。


「それだけではない……と母上はおっしゃるのですね」


 アレッサンドラが2人に苦笑した。


「アルフレードは教会の急所を攻撃する道を開いてくれたのです。

勿論、私たちが後に続くことを期待してでしょう」


 アミルカレは首を振った。

 

「信用が急所でないと……」


 バルダッサーレがポンと手を打った。


「アイツ、妙に人の嫌がることは敏感なんですよね。

あの地雷回避能力は天才的です。

逆に相手の急所を的確につかめるわけだ」


 アミルカレに電流が走った。


「金か! 確かに生活レベルを下げるなんて耐えられない。

信用を下げて使徒巡礼の収入を落とすのか」


 アレッサンドラは満足げにうなずいた。


「後は荘園を奪われたら、教会は相応の立ち位置に戻るでしょう。

少なくとも売られた喧嘩が理不尽なら、相応の代価は払ってもらいますよ。

世界の守護者だからこそ、目をつむってきたのです。

子供の粗相であれば、親がしつけるように仕向けるだけです。

それに……アルフレードが目覚めた後に

『今まで一体、何をしていたんですか?』

と言われたいのですか?」


 アミルカレとバルダッサーレが、顔を見合わせた。


『『目に浮かぶ光景を指摘するのはやめてください』』

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