362話 暴走

 ちょっと、予想外の展開だった。

 使徒が来るとしても、あと1年は掛かると思っていた。

 ところが、4カ月程度でやってくるとはな。


 黄金のばらまきや、食糧の量産は、どうやら周囲が必死に止めたらしい。

 それでへそを曲げていると。

 我慢できずに、また量産しては止められてを繰り返してるらしい。

 そこまでは、手紙経由でオフェリーから教えられた。


 他に、何か有るのかもしれない。

 俺が知らない切っ掛けが有ったのだろうな。


 町の入り口に使徒さまご一行が来ていて、俺を呼び出している。

 皆が不安な顔をしているが、ここで俺が出ないと被害が増す。


 ついに、この日が来たか。

 新婚旅行で、死んだ恋人を思う歌をつい口ずさんでしまった。

 これを予想していたからこそ、表に出てしまったようだな。


 ここでため息をつきたいのだが、変に躊躇すると、皆が不安になって止めるだろう。

 あえて平然とした顔で、町の入り口に向かう。


 中に入らないのは、つまりは俺に攻撃を加えるつもりなのだろう。

 俺を攻撃した結果…使徒の恋人が傷つけられる可能性が有るからな。


 俺は、町の入り口のちょっと前で立ち止まる。

 皆は、遠巻きに俺を見ている。

 ミルとキアラは、今にも泣きそうな顔になっている。

 これから起こることは…可能性として既に伝えている。

 そのあとのこともよく言い聞かせてある。

 ものすごく苦労したけど…。


 

 ニキアス…いや使徒ユウは、妙に自信満々な顔で、俺を見ている。

 後ろには嫁…増えているな。

 5人の女性がいる。

 マリーの顔色は青い。

 とんでもないことをしでかすのを…予想しているのだろう。

 

 使徒ユウは俺に、指を突きつけた。


「アルフレード。

今までは証拠がないから、手を出さなかった。

だが、その化けの皮を剝がすときがきた!」


 多分マリーも知らない話だな。

 独断でいけると思ったのだろう。

 一体誰が、何を吹き込んだのか。


「一体何の話ですか?」


「お前が特別な力を隠しているってことだ。

その力で、無知な住民を惑わせているのだろう!

オフェリーもそれにだまされているんだ!」


 隠しているのは事実だが…。

 どうして、そこまで自信満々なのだ?


「そんなものは持っていませんが…。

誰です、そんな根も葉もないことを、あなたに吹き込んだのは」


 使徒ユウが胸を張った。


「聞いて驚け…! 神だ!」


 はい?


「神…ですか?」


「そうさ、神が僕の夢に出てきた。

お前の名前は出していないが、その年齢の男で大貴族の息子。

得体の知れない力を持って、独自の社会を作ろうとしている」


 神がそこまで直接干渉したのか? どうにも、合点がいかないな。

 しかし、夢のお告げ程度で自信満々なのか?


「それが神とは限らないでしょう」


 使徒ユウが俺を馬鹿にした顔をした。


「僕が使徒として目覚めるときに、力をくれた神を見たんだ。

その神が、夢に出てきた。

使徒である僕の夢は、証拠になる!」


 思ったより馬鹿だったのか。

 それとも予想より追い詰められたのか。


「それでは貴方しか分からないのではないですか」


「僕の統治が、うまくいかないのはお前が邪魔しているからだ! 神もそう言っていた」


 おいおい、そこまで余裕がなかったのか?


「私が使徒さまの邪魔などできる訳がないでしょう」


「シラを切る気か? 弱小商会に、僕と商売するのは注意したほうが良いといったそうじゃないか!」


 弱小のフロケ商会の話が、なんで漏れたのだ?

 もうちょっと、話を聞いたほうが良いな。

 できるだけ引き延ばしたほうが良いだろう。


「注意と言っても…、使徒さまには、たくさんの商会が取引を持ちかけるでしょう。

ですので十分に準備してからが良いと助言しただけですよ」


「それはするなと言っているのと同じだろう。

どうして僕との取引を引き留めるんだ!

お陰で多くの商会が、僕との取引に慎重になっているんだ!」


 フロケ商会に習ったのか。

 そこから話が伝わったか。

 まあ仕方ないな。

 でも…ゲームやアニメに影響されすぎだろう。

 商会の取引っていくら使徒相手でも、大手と競合してまでやらないぞ。


「弱小の商会が、使徒さまにお目に掛かるのは大変でしょう。

そこで興味を引くことができないと、次の機会はいつ訪れるか分かりません。

チャンスを逃さないように。

そんな意味ですが」


 使徒ユウが突如、言葉に詰まった。

 この程度で糾弾できると思ったのか?


「それはそうかもしれない。

でもお前たちが、ここの通貨を鋳造している。

しかも僕の通貨での取引を禁じている! 邪魔以外の何だと言うのだ!」


 既に交換レートは、ラヴェンナの金貨1枚に対して、使徒の金貨は1.1枚のレートになっている。

 使徒の金貨があふれ始めているからだ。


「平定が終わって間もないので、結束を高めようと同じ通貨を使うようにしたかっただけですよ。

そして使徒さまの貨幣が、余りに多く出回っているからです。

そのため物価が上がっていますよ。

経済を安定させるのは領主の義務です。

この権利は、過去の教皇聖下せいかがお認めになっているものです」


 使徒ユウの顔が赤くなった。


「教皇が何だ! 使徒たる僕の命令のほうが上だぞ!」


 どうにも変だな。

 虚栄心の塊だろう。

 それがどうしてこんな…自分のイメージを下げることをするのだ。

 実に、納得がいかない。


「ですが、使徒さまから、私の布告を撤回しろとの命令は届いていません」


「そこは察するところだろう! 僕の顔を彫った金貨を拒むと言うことは、僕を拒むと同義だ!」


 ちょっと笑いたくなった。

 確かに古代の社会で、無理に敵を排除するときに使う話だが…。

 現代のメンタリティを持っていたら、疑問に思うだろう。

 ただの言い掛かりだぞ。

 誰かに操作されているのか? だとしたら誰にだ? 神か?


「そんなつもりは、全く有りません。

使徒さまを拒むなど不可能でしょう」


 使徒ユウが頭を振った。


「さすがに言葉では、簡単に尻尾を出さないか。

それは予想できた。

だが…これならどうだ」


 突然、後ろから悲鳴が聞こえた。

 慌てて、そっちを向くと町の男の子の一人が宙に浮いていた。

 見ると、魔力でできた鎖で縛られている。

 俺の10メートルほど横に、宙に浮いたまま移動してきた。

 男の子の顔は恐怖に歪んでいた。

 

「りょうしゅさま、たすけて…」

 

「すぐに助けます。

ちょっとだけ待っていてください」


 俺は初めて使徒ユウをにらみ付けた。

 

「一体…何のつもりです。

使徒たる人のやることではないでしょう」


「お前が力を持っていることを、白日の下にさらしてやる。

お前を狙えば逃げる可能性も有る。

たが…お前は子供を大事にしていたな。

子供を狙われたら力を解放して…止めない訳にはいかないだろう! これも神が教えてくれたんだ!」


 待てよ、まるで悪党じゃないか。

 絶対にオカシイ。

 正気じゃない…。

 それより…子供をどうやって助ける?

 力を解放? 冗談じゃない。

 

「こんなことをしたら、使徒としてのイメージが砕け散りますよ! 早く止めてください!」


「お前が助ければ、何の問題もない。

ささいなことは、お前が邪悪だと証明すれば問題にならない! 特別な転生者は二人も要らないんだよ!」


 さすがに、俺もキレそうになる。

 こんな、くだらないことのために他人を巻き込むのか?

 直後、使徒ユウの手から光が放たれた。

 迷っている暇はない。



 全力で子供を突き飛ばす。

 なんとか、子供は範囲から離れたか。

 その瞬間、俺を光が包み込んで、激痛が走り意識が途絶えた。

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