363話 神なる存在

 意識が戻ると、見覚えのある光景だった。

 神とやらと対話をしたときと同じ光景だ。


 そうか、俺は死んだのか。

 体を見ると、今回はアルフレードの体だった。


 深いため息をついた。

 ミルとキアラ…悲しませてゴメン。

 でも、これで良いんだ。

 あんな危険な力を持った存在が世界にいて良いわけじゃない。


 できれば添い遂げてあげたかった。

 寿命は違ったが、心の準備ができる時間は与えられたろう。

 あの時点で、全てのピースが埋まっていたら、俺は一人で生きることを選んだろう。

 甘い見通しで一緒になった。

 それが、かえって悲しませることになったのは悔やまれる。


 そういえば、あの男の子は無事だったろうか。

 怪我をしてないと良いのだが。

 頭を振った。

 これ以上考えても仕方ない。

 当然、ここには、アレがいる。

 

 予想どおり…そこに何かがいた。


『汝…何故、力を使わぬ。

汝の力を解放すれば、あの程度の攻撃、児戯に等しかろう』


「使う気がないからね」


『汝は力を使うと約束したではないか』


 つい鼻で笑いたくなった。


「明言した覚えはないね。

しかし、あんな使徒を放置していたら、世界がめちゃくちゃになるぞ」


 神のような何かから憤怒のような感情が流れてきた。


『故に汝に倒させるつもりであった。

何故、故意に倒された?』


「そんなのずっと昔から予想していたさ。

そのときが来ただけだ」


『自己犠牲を好む魂ではないはずだ。

己の欲に、忠実な魂の池に住まうモノのはずだ』


 ちょっとずれた感想に、苦笑が出る。


「欲に忠実さ。

ただ自分のことも、俺がやることの駒の一つだっただけさ」


『何を企む』


 アンタほど企んでいないさ。


「勝手に釣り上げられて、都合の良い道具にされたんだ。

仕返しの一つくらいしても良いだろ」


『我に害など及ぼせぬ。

人の子よ…思い上がるな』


「いや、違うね。

アンタに切りつけることだけが攻撃だ…などと思っていないよな」


 神のような存在は沈黙した。

 そこまで、頭が良くないのか。


「それは置いておいて、ちょっと聞きたいことがある。

あの使徒ユウだ。

なんであんなに暴走したんだ?」


『我は心に、力を及ぼせる。

かの者が、我に救いを求めればな』


 ああ、行き詰まって神様助けて…になったのか。


「あんな暴走するような弱い魂がアンタにとっては、都合が良かったのか」


『我欲よ。

彼のものは、その欲望が人並み外れて強い。

故に選びやすい』


 簡単に引っかかる魂ってわけね。


「重たくはなかったのかい?」


『我欲が強ければ、我の餌に、容易に食いつく。

彼の者の魂は空虚ゆえ釣り上げる労力は少ない。

所詮は汝に、力を使わせるための咬ませ犬。

その程度で良い』


 やっぱりそうか。

 あまりにひどいヤツだと思っていた。


「それであんなこと吹き込んだのか。

それでも暴走するのはオカシイだろ」


『彼の者は、心の均衡が欠けている。

そこにわずかな力を加えれば、容易に暴走する』


 ちょっと気がついたことがある。


「その干渉、結構力を使ってそうだな。

アンタの声が、前より弱い感じがする。

わずかと言ったが、それでも相当な力を使ったのだろうよ」


 だから頻繁には干渉できないのだろう。

 そして唐突に思えた攻撃の理由が見えてくる。

 

『汝が知る必要がない。

力はまた戻る』


「そうかな、あの使徒を放置していたら、さらにひどいことになるんじゃないか?」


『仮に彼の者が、地を荒らそうとも、我には些末なこと』


 やっぱりね…。

 疑問だった細かい部分のピースが埋まりつつある。


「だろうね。

アンタはもう、あの世界の魂からは、力を得ることができないんだろ。

転生させた魂でないと食えないはずだ。

いや、食えなくなった…だな」


『何故そう思う』

 

「簡単な話さ。

使徒を降ろして、人の信仰を集める。

それが力になるなら、一度降ろした魂を使い回してまた降ろせば良い。

死んだら勝手に元の世界に戻るのも考えにくいからな。

ここに戻ってくるはずだ。

俺がそうだしな。

だが、それはしていない。

毎回どう転ぶか分からない魂を釣り上げる。

釣り上げるのに力を使う。

それでもするのはなぜか。

使徒の魂を食わないと、アンタは自分を維持できなくなる。

今回は存在を維持するための余裕がなくなって、アレをけしかけたんだろ」


 全ては推測。

 論理的裏付けはない。

 ハッタリ半分ってところだ。

 理論を尽くせる場面なら俺は理論を尽くす。

 だが、それが通じないなら推測だけのハッタリで勝負する。

 だから俺は結構自分の感に従っている。

 神とやらは俺が使徒ユウを殺すと見て、ギリギリの計算でけしかけたのだろう。


『不遜な人の子よ、我は神ぞ。

不滅也。

人の知恵如きで、それを語るか』


 俺に、皮肉な笑みが自然と浮かんだ。


「存在を認識された瞬間、それは神でなくなる。

強大な存在にすぎない。

つまり倒し方も考えられる」


『我を倒す? 笑止』


「すぐには分からないさ。

でも、俺の刃はアンタまで届く。

昔に使徒の被害にあって辛酸をなめた人の代わりに、俺がもっと根っこに突き刺したのさ」


 ミルとキアラの無念は、俺が晴らすなんて言う気はない。

 だが、俺の大事な人たちを悲しませた代償は払ってもらう。


『戯れに聞こう。

如何にして倒すのだ』


「今回の使徒の攻撃は、もう世界中に広まるように手を打っている。

隠すことはできない。

使徒に対する疑惑は広がるだろう。

しかも今回のヤツはやらかしすぎている。

つまり使徒降臨を願う心は、確実に減少する。

アンタ、現地の人が願わないと魂の釣り上げができないだろ」


 0番目と1番目がヒントになった。

 釣り上げるには、神本人の力だけでは無理だろう。

 願いがないとな。

 生贄なんて強烈だ。

 それでも一定数捧げないと出来ないのだ。

 かなりの願いの力が必要と見ている。

 自分だけで出来るなら好きなときに降ろしている。

 神と自称しているが、ルールの中で存在しているのだろう。

 つまり創造神のような絶対的存在では無い。

 


 神のような存在は、沈黙を保っている。

 どうせ食われるにしても、疑問は聞いておきたい。

 死んでからなのも変だが、性分だから仕方ない


「昔のアンタは、信徒の魂だけ食って生きていたろう。

ところが切迫した願いで、異世界から魂を引っ張ったわけだ。

餌となる魂がなくなったら困るからな。

最初の信徒は余り好みでなかったが…食糧が減るよりはマシだったんだろ」


 神のような存在は何も答えない。

 そのまま推測をぶつけるか。


「それが好ましいほうの信徒と争いだした。

これは想定外だろうよ。

より有益なほうを残さないと、将来的にマズいと考えたろう。

だから2回連続で魂を降ろした。

その時にアンタは、存在が危ぶまれるくらい消耗したはずだ」


 神のような存在から苛立ちのような感情が流れてきた。

 やはり、何者かと規定すれば認識は変わるようだ。

 漠然と神だと思えば、神に見える。

 精神世界ってやつか。

 そして俺はこの推測が図星なのを確信した。

 このまま推測を続けよう。


「そこに殺された最初の魂が戻ってきた。

消耗に耐えきれずに食ってしまったんだろ。

そうしたら、予想外にもアンタの存在は変質してしまった。

異世界の魂が強烈だったんだろう。

だから、信徒の魂は食えなくなったのさ。

こうして異世界の魂に依存せざる得なくなった」


 だからこそ信徒に望ませて、毎回魂を釣り上げて降ろす。

 面倒なことをしている訳だ…自身が存在し続ける為に。


 最初に生け贄を禁じたのは、信徒が減ってしまったからだろう。

 生け贄を許容する宗教は、原始的な世界でないと勢力が伸びない。

 定期的に使徒を降ろすといったのも方便だったはずだ。

 ところが、自分が変質してそうせざる得なくなった。

 笑えない落ちだ。


『愉快な妄想也。

では何故に、使徒を降ろす』


 流れてくる感情は楽しさではない。

 苛立ちだ。

 食糧として見ていた存在が、自分を分析したことへの苛立ち。


「推測だけどな、欲望を満たした魂は膨れ上がるんだろう。

釣り上げた直後に食っても赤字だが、降ろして欲求を膨らませた魂を食えば、黒字になる。

そして定期的に降臨するなら信徒の願いも強烈だろうさ」


『否。

それならば汝に、力を使わせる必要はない』


 そこも、理由があるのさ。


「いや、使徒の力を使う。

そうでないと、アンタ的にはその魂が膨らまないのだろう。

そして、もう一つ…使徒の仲間として、能力を強化した魂なら食えるんだろ?

だから執拗に力を使わせる。

そして魂を食ってしまうと、現地に及ぼしていた使徒の力は失われる」


 とんでもない話だけどな。

 これも推測だ。

 でも考えるとさ…どうも生存最優先でコイツは生きている。

 それが結果として良い方向に動く。

 さらに、神と言う単語はとても便利だ。

 人が勝手に、深遠なる存在であって何かしたら大義を持っていると勘違いする。

 不遜な目で俺がヤツを見たときは、生存最優先の強大な存在だった。


 先生にゼロ番目の話を聞いたときに、ほぼ全てのピースが埋まった。

 多くは推測だけど…走り出す力にはなった。

 本当にありがとう。


 世界が荒れても意に介さないのは、食えない魂はどうでも良いのだろう。

 荒れた記憶も、教会が必死になって隠蔽する。

 いずれはまた、使徒降臨願望が世界を満たすわけだ。


 だがな…俺が自分を、駒にしたのはそれを止めるためさ。

 そのために俺の命令で人を死地に向かわせてまで、独自の社会を作った。

 世界を揺らせば隙ができる。

 そこに使徒の悪行を伝えられる社会を残せば良い。

 まだちょっと頼りないけど、それでも皆ならやってくれるだろう。



 神のような存在。

 いや俺からすれば悪霊だな。

 憤怒がさらに増している。

 だが、もうちょっと聞きたいことがある。


「まあ、待てよ。

使徒が都合よく、転生前の知識を利用できるのはどうしてだ?」


『魂の池より吸い上げることが能う。

魂の池は、死者のみが揺蕩うところに非ず』


 誰かの知識や記憶を引っ張れるのか。

 便利な辞書ですこと。


「つまり、それはアンタ経由で使う使徒の力ってことかい」


『然り。

汝は異質なり。

我が失策であることは認めよう』


「そいつはどうも。

でも…もう手遅れだぜ」


 悪霊の憤怒は、最高潮になった。


『戯れ言はそこまでにせよ。

だが汝の魂を食らうことは正鵠也。

多少なりとも力を取り戻せよう』


 ここまでか。

 こんな時にでも笑いが浮かんでしまう。

 そしてその悪霊の中心に、黒い空間が現れて強い力で引き込まれる。




 はずだった。

 突然強い力で、首をつかまれた感覚がする。

 そして悪霊からものすごい速度で引き離され、光の中に引き込まれた。


 遠くから、声が聞こえた。


『呪われよ…。

呪われよ…。

これが汝の刃か…』


 いや、これは知らない。

 まばゆい光が強くなって、目を閉じてしまう。

 しばらくして光が収まったので、目を開ける。

 見た目は、うっすらと青く暗いトンネルを引っ張られている。

 首を引っ張られているので、前は分からない。

 しばらく引っ張られると、やがてまた光の中に引き込まれた。


 忙しいな。

 今度は誰に呼ばれているのだ。

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