357話 張り切るほど迷惑な人

 見た目上は平和になった。

 そんなある日に、アーロンが亡くなったとの報告を受けた。

 ついに来たか。

 分かっていても、歓迎できる話ではない。

 でも嘆いても詮無い話だ。

 

「キアラ、アーロンさんの葬式には、私の代理を出席させてください」


「分かりましたわ」


 キアラはうなずいて、補佐官の一人で狼人のアサレア・モラレスにアイコンタクトをした。

 もう、事前に決めていたようだ。


 ミルは別の報告があるようで、俺の隣にやってきた。


「アル、ドワーフの人たちから要望がでているわ。

家族や親類を呼んで良いかって」


 ドワーフは出稼ぎで出回るイメージが強いんだけどな。


「構いませんが、それだけじゃないですよね」


「ええ、どこの国にも属してはいないから市民になりたいんだって」


「おや、ドワーフが引っ越しして、腰を落ち着けるなんて珍しいですね」


 ミルが俺の疑問に、軽く笑った。


「ええ、ここの居心地が良いから、根を下ろしたいそうよ」


 ここの居心地が良いと言われるのは領主冥利につきる。


「特にどこかに所属していないなら歓迎しますよ。

初期から随分、力を貸してくれていますからね」


「じゃあ、伝えておくね」


 市民と聞いて、オフェリーは何か言いたそうにしている。

 君はまだダメだよ。

 入れ替わりにキアラが、報告書を俺に差し出した。

 報告書を受け取って目を通す。

 ちょっと笑ってしまった。


「あの使徒さまが、町作りに張り切っているのですか。

おとなしくしてくれるならそれに越したことはないですが」


 使徒の話になると、気になるようで、オフェリーが俺の前にやってきた。

 俺は報告書を手渡す。

 オフェリーはパラパラと、目を通しているが、特に表情は変わらない。


「随分急に、人を集めているのですね。

やっぱりここに、対抗意識を燃やしているのでしょうか」


「対抗意識を燃やす必要はないでしょう。

目的がずれていますよ」


 オフェリーは俺の指摘に、首を振った。


「マリーからまだ手紙がきますが、ユウさまはラヴェンナをかなり意識しているみたいです」


「はあ…そもそも、使徒の拠点は、文化レベルが違うから意識することもないでしょうに」


 珍しく、オフェリーが苦笑している。

 俺が、よく苦笑するのでまねするようになったらしい。


「自分以外で立派な町を作れる人がいるのが気に入らないようです。

あと、この町の清潔さも気に入らないようです。

あっちはなかなか清潔にならなくて不機嫌らしいのです」


 そんなモノ号令するだけで解決する問題じゃないんだがね。


「どうして私は、いろいろな人から目をつけられるのか…」


 キアラが俺の嘆きに、ジト目になった。


「お兄さまは自覚がなさすぎですわ。

でも、使徒の力を使っても、うまくいかないことがあるのですわね」


「それ以上に、彼が張り切るほど世界が大変なことになるでしょうね」


 3人の秘書は、顔を見合わせた。

 ミルが俺を見てため息をつく。


「いきなり結論に飛ばないで…。

私たちが自信を持ち始めると、そうやってへし折るんだから」


 いやそんな気はないのだが…。


「ああ、すみません。

彼が張り切るほど、使徒がため込んでいる黄金をばらまくことになるでしょう。

町に黄金があふれれば、成功したように見えますからね」


 オフェリーが首をかしげた。


「それがどうして大変になるのですか?

移住希望が増えすぎるのでしょうか?」


「いえ、金貨の価値って、どうやって決まると思いますか?」


 キアラは俺の話に眉をひそめた。


「金貨の価値は一定なのではありませんか?」


「いえ、希少度です。

少ないからこそ価値があるのです。

金がそのあたりに転がっていたら貴重ですか?」


「それなら、銀のほうが貴重になるでしょうね」


「黄金を振らせた場合、一気に金貨があふれるでしょうね。

加減をせずに、ありったけの金をばらまくでしょう。

速攻で成果を出したければ特にね。

どこから持ってくるかは知りません。

それこそ石を、金に換えるかもしれません。

そうすると、どれだけの金があふれると思いますか?」


 ミルが頭を抱えた。


「今までの量を書き換える程ね…。

金貨だって何千万枚が、一気にあふれたら希少価値がなくなるわね」


「そうなると、今度は慌てて銀貨や銅貨を作りまくるでしょう。

結果として貨幣の価値が落ちるのです。

そして容易に変動する貨幣は信頼を失うのです」


 俺の指摘に、オフェリーが首をかしげた。


「そこまでばらまいても、すぐには効果がでないと思います。

それこそ世界に広がるまでは、時間が掛かるでしょう」


 惜しいな。


「いえ、使徒にとって世界は狭いのです。

それこそ一カ所に、黄金を降らせるだけなら、まだ悪影響が広がるまで時間が掛かります。

でも、他の国に買い出しに出掛けたりしたら、どうなります?

成功を誇示しようと大量の金を降らせるでしょう。

それに近場にしても、そんなに金を放出したら、それ以外の地域の人たちが困窮しますよ」


 キアラは、渋い顔になった。


「なんとなく分かります。

でも…もうちょっとかみ砕いて説明してください」


 ちょっと、話が飛躍しすぎたかぁ。


「分かりやすく極端な話をします。

普通の町では、パン1個を買うのに、銅貨1枚必要だとします

ただ、農作物が育たない地域では、銅貨2枚になったりします。

それこそパンが、簡単に作れるところでは、銅貨1枚で2個。

ここまでは分かりますか?」


「確かに、モノの価値は希少性で変動しますわね」



「ええ、でもそれは貨幣の価値が基準になるからこそ安定します」


 オフェリーは、少し考える顔になった。


「そうですね。

でも、金貨とかは常に鋳造されて増えているのではありませんか?」


「それは微々たる量だからです。

今世界で1億枚の金貨が出回っていたとします。

そこに10000枚増えたところで、誤差にしかならないのです。

そして、金貨を紛失したり人によってはため込む人もいるでしょう。

結果的に流通量はある程度固定化するのですよ。

総量ではなく流通量が、価値になるのです」


「それでは、ため込んでいる人たちが、一斉に吐き出したらどうなるのですか?」


「希少性が落ちます。

つまり金として、価値が落ちるのです。

それこそ価値が下がり始めたら、まだ価値があるうちに持っている人は吐き出すでしょう。

もしくは土地を買うなどして資産を維持しますよ。

土地は簡単には増えませんから」


 ミルが天を仰いだ。


「なんか怖い話が見えてきそう…」


 オフェリーは、まだ納得がいかないようだ。


「それがどうして、価値の下落につながるのですか?」


「一杯金貨を持っているとします。

アクセサリーが金貨1枚で、普通は買えます

でも、自分がどうしても欲しいなら、金貨を多く出して買うでしょう」


「一杯持っていたらそうですね」


「例えば2枚で買ったとします。

そうしたら売り手は、2枚でも売れると判断します。

もし金貨を、たくさん持っている人が少なければ、2枚で売れないでしょう。

でも、皆がたくさん持っていたらどうです?」


「それなら2枚、3枚と…。

ああ、そういうことですね。

納得しました」


「つまり考えなしに、金をばらまくと、経済に混乱をきたすのです。

そして被害を受けるのは、いつも弱者です。

使徒はそんなところまで考えないでしょう。

だから張り切って、金をばらまくほど周囲が迷惑するのです。

基準が変動してしまうことでモノの価値を判断できなくなります。

また食糧を、際限なく生み出せば別の混乱をきたすのですよ」


 ミルは、小さくため息をついた。


「今までの農家さんは、食糧の価値が落ちて生活できなくなるのね」


「御名答。

だからといって仕事を、勝手に変えれば領主に罰せられるでしょう。

税収の計算ができなくなりますからね。

穀物などを税代わりにしていた場合は、価値が落ちているので、もっと多くの量を要求します。

余剰分は売るなどして貨幣にしているでしょうからね。

領主が税として欲しがるのは、量ではなく価値です。

もちろん多いほど良いわけです。

そして税収の減少には耐えられないでしょう。

一概には言えませんが、ともかく大混乱を招きます」


 キアラが、渋い顔から心配顔になった。


「そうなったら使徒は、どうするのですか?」


「どうしようもないでしょう。

それこそ嫌気が差して、他のことをするかもしれません」


「他のことですか?」


「こうなったのは私のせいだとでも言って、裁きにくるでしょうねぇ。

ああそうだ、不穏分子は使徒さまと連絡を取り合っていますか?」


 キアラはジト目で俺を見ている。


「全く、自分のことは無頓着ですわね…。

取り合っています。

お兄さまの悪行を頑張って探していますわ。

止めさせますの?」


「いえ、それこそ都合が悪くなって口封じしたと思い込んで、乗り込んできますよ。

口実を与えるのはよろしくないので、放置しておいて良いですよ」

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