356話 心の立ち位置

「はーい! 皆の癒やしアイドル、シルヴァーナさんよ!」


「帰ってください」


 いきなり執務室に入ってきたシルヴァーナを見て、つい反射的に突き放してしまった。

 シルヴァーナはふくれっ面になる。


「ちょっと! アル! アタシが市民になったからって扱いが雑じゃない?」


「いえ、追い返すべきだと、義務感が突如として私に宿ったのです」


「そんな義務感は捨てなさい」


 ついついため息がでる。


「それで何の用事ですか?」


「あー、それそれ。

冒険者ギルドの窓口に、アタシがなってくれると助かるとか言われたのよ」


 あの支部長か。

 シルヴァーナが市民になったから、いけると思ったのか。


「ギルド側に何か、意図があるのでしょうか?」


 シルヴァーナは腕組みをして考え始めた。


「両方に所属しているからってのと、アルの考えを知りたいっぽいよ。

それなら友達のアタシならより知っているし、セザールさんが聞くより答えを得やすいでしょ?」


 ふむ、確かになぁ。

 それに仕事の分担は有り難い。


「分かりました、ギルドとの折衝と管理を担当する大臣にしましょう。

冒険者対応大臣と名付けます。

必要な人員が欲しければ要請してください。

専用の庁舎も作りましょうか」


 シルヴァーナは、ない胸を張った。


「任せなさい。

お偉いさんって、ちょっと興味があったのよねぇ」


 ミルがシルヴァーナを哀れむような目で見ている。


「ヴァーナ、言っておくけど…ここの仕事をなめていると、地獄を見るわよ」


「そのときは、ミルに泣きついて助けてもらうから!」


 ミルが首を振って、ため息をついた。


「気楽よねぇ。

楽しい未来図が見えるわ…」


 だろうな。

 ダンジョンと、魔物の討伐があったりする。

 仕事量は半端じゃないぞ。


 第3秘書を無難にこなしているオフェリーが突然挙手した。


「オフェリーさん、どうしましたか?」


「教会との折衝を担当する大臣になりたいです」


 いや…あなた教会の人間よ。


「気持ちはうれしいですが、オフェリーさんは、あくまで教会の人間ですよ。

所属は教会ですから」


 オフェリーは、少しふくれっ面になった。

 ミルとキアラの表情を見て、まねをするようになっている。

 あとは子供たちと接して学習しているようだ。


「私はもう、ラヴェンナの人間だと思っているのですが…」


「なかなか世の中単純にはいかないのですよ。

教会の所属を、正式に外れたら話は変わりますけど」


 オフェリーは、突如キアラのお願いポーズまでまねし始めた。

 でも無表情なので、ちょっと滑稽だ。

 いろいろと、本人は努力しているらしい。


「では、所属を変えてもらえるように教会にお願いします」


「許可がおりるわけないですよ。

前教皇の姪なんて、重要人物が簡単に離れることは無理ですから」


「どうしたら、市民にしてもらえますか?」


 変にこだわりがあるんだな。

 でも…今は無理なんだよね。


「時期を待ってください。

使徒騒動が収まったら善処しますから」


 オフェリーは首をかしげた。


「ユウさまの騒動ですか?」


 俺は、オフェリーを見て苦笑した。


「彼はオフェリーさんにいたくご執心ですよ。

個人か収集物としてか…は知りませんがね。

諦めるか…それどころでなくなるまでは待ってください」


「待てば状況が変わるのですか?」


「私が決めるわけではありませんがね。

ほぼ間違いなく」


 オフェリーは俺を、じっと見ていたが素直にうなずいた。


「分かりました。

アルフレードさまはとても信用できるお方です。

アルフレードさまが使徒さまだったら良かったのに…」


 コメントに困る話だ。

 あと俺に、好意を抱いているのは、DVに遭っていた女性が誰かに優しくされると勘違いする。

 そんなのと変わらないさ。

 ちゃんと、自分を持てば見方も変わる。


 自分の人生だ、ちゃんと自分で決められるようにしてあげたい。

 それに一緒になったら、絶対ボロがでて失望されるよ。

 ミルを困らせていることだって、結構ある。

 まだ自分を持っていない、オフェリーは俺に失望したときのショックは半端じゃないだろう。

 キアラが、オフェリーの言葉にせきばらいをする。


「お兄さまが、使徒になってもああはならないでしょう」


 ミルも、その言葉に笑いだした。


「そうね、むしろ嫌がると思うわ。

無条件に持ち上げられるの嫌いだしね」


 まあ、俺がその使徒なんだけどね。

 もし、接待攻撃をうけたらああならないと言う自信は、かけらもない。

 そんな強い人間じゃないからだ。


 暴君や暗君は、特別な人間じゃない。

 歯止めが利かなくなれば、誰だってああなる。

 しかも、そんなヤツらをつり上げているんだ。

 成功率は段違いだろうよ。

 

「買いかぶりすぎですよ。

私はそんな、大層な人間ではありません。

その人の本質は、成長しても変わらないのですよ。

ただ環境で、それを律することができるか。

または強制的に抑えられるか。

野放しになるかの違いだけです」


 つまりは、強制的に押さえつける環境に意図して、身を置いているだけさ。

 3人は、顔を見合わせる。

 ミルは首をかしげた。


「ちょっと想像が難しいわ」


 キアラも腕組みしてうなずいた。


「お兄さまが欲望のままに振る舞う。

全く想像がつきません」


 オフェリーまで真顔でうなずいた。

 無表情ではない。

 最近それなりに、表情がでてきた。

 良いことだけどね。


「少なくとも私にとっては、大切な人です」


 どうして、こうも俺を立派だと思うのか。

 と思うと、ミルとキアラが、オフェリーに詰め寄っていた。


「ちょっと! ドサクサ紛れに、何を言っているのよ!」

「聞き捨てならないセリフですわ」


 オフェリーは2人のプレッシャーにも、平然としていた。


「素直な感想です。

今まで私を、一人の人間として扱ってくれた人はいませんでした。

だから大切な人だと思っています」


 ミルとキアラは、顔を見合わせてため息をついた。


「また一人増えたわ…」

「お兄さまは女人禁制にしないと駄目かも知れませんわ…」


 だから口説いていないって…。


「私は女性を口説いて回っていませんよ。

あくまで常識的に接しただけですよ。

私なんかに関わってないで、皆さんにはふさわしい人を見つけて幸せになってほしいのです」


 ミルは薄情にもげんなりした顔になった。


「これアルが使徒だったら、大変なことになってたわ」


 キアラまで、天を仰いでいた。


「力に加えて、この対応。

過去最大級のハーレムになりますわ」


 オフェリーは首をひねっていた。


「でも教会にとっては、一番嫌なタイプだと思います。

絶対思い通りに動かないでしょうし。

堕落していたり、職務を果たさない聖職者は、容赦なく追放するでしょう。

そうなったら、教会は大混乱します」


 サラっと内部が腐っている話を暴露するんじゃない…。

 オフェリーの心は、完全にこっち側だな。

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