355話 閑話 ニキアス・ユウ・ラリス 決意編

 その日から、不愉快なことを忘れるように、新しい拠点を作ることにした。


 海と川沿いの、良い場所を、教会からあてがわれた。

 オフェリーが働いた非礼のわびらしい。

 マリーはそこまで、気を回してくれたわけだ。

 嫁たちには肉体労働させる気はないので、ちょっとだけ待ってもらう。


 まず、所有地を平らにする。

 これは、魔法1発で簡単にできる。

 吹き飛んだ土は、海に落とさずに、作業用のゴーレムにしてしまう。

 こいつらには大かがりな仕事をさせれば良い。

 10体程度のゴーレムを即座にクリエイトして、城の基礎作を命じる。

 城をさすがに、一瞬で作ることができない。


 でも基本になる屋敷程度なら一瞬だ。

 無限収納に格納した屋敷を引っ張り出して、設置する。

 マリーたちには屋敷の整理をしてもらおう。

 適当に使っていない屋敷をもらってきただけだしな。


 そして、米や味噌だ。

 予定となる耕作地に、これまた無限収納に入っていたクワを取り出す。

 魔法のクワで作物の成長が早くなる。

 どうも、先代まで使っていた収納とつながっているらしい。

 なので、材料も全部手に入る。

 

 神様も結構、気が利くじゃないか。

 

 畑も瞬間にできあがり、種をまく。

 ゴーレムに定期的な水やりを任せてしまえば良いだろう。

 過去の知識から、来週には収穫ができると知っている。


「来週には収穫できるよ」


 嫁たちの驚いた顔が楽しい。

 僕にはのんびりした常識は通じないのさ。

 

 住民は適度に選別する必要があるが…。

 嫁たちに任せてしまおう。


 嫁たちの選別で、町の住人も増え始めた。

 暇つぶしに移住者のための家も造ってあるので、問題はない。


 なにせ立派な、家や城があっても、僕たちだけでは寂しい。

 見て驚く人もいないのは切ないのだ。


 そうやって、楽しい町作にいそしんでいても、たまにオフェリーのことを思い出してしまう。

 実に不愉快だ。

 この町の噂を聞いて来たくなっても、もう遅いぞ。

 ちょっと謝った程度で許してやるモノか。



 心にモヤモヤを抱えていたある日、マリーが真剣な顔で僕の所に来た。


「ユウさま、お願いがあるのですが」


「マリーのお願いなら、何でも聞くよ」


「姉のことが心配なのです。

辺境に赴任しましたが、教会から罰を与えられていることは明白にしてあります。

それで、その先の領主が、姉を迫害していないかと」


 一瞬目の前が暗くなった。

 自然と手が震える。

 僕が捨てたモノだからって、領主ごときが自由にして良いわけないだろ。

 まず、僕の許しを得るべきだ。

 まだ、オフェリーは僕のモノだ。

 だが、そんなことを表に出すのは格好悪いし、オフェリーに執着しているように見える。

 もしかしてマリーは、僕の面子が立つようにしてくれたのか?


「そうだね…マリーは、オフェリーのことが心配なんだね。

それじゃあ…見に行こうか。

あとは釘を刺す必要があるね。

マリーの姉なんだから、相応の対応をしろってね」


 マリーはぱっと、笑顔になった。

 この笑顔には、いつも癒やされる。


「有り難うございます!」



 こうして、オフェリーの赴任地である辺境に向かうことになった。

 領主の情報は、マリーが説明してくれたが、男と聞いてどうでも良くなった。

 そして辺境の女たちなら、R止まりだろう。

 

 ラヴェンナと呼ばれる地方に来てみたが、変な町だった。

 やたらと奇麗に整備されていて、教皇庁のゴミのような町並みとは違う。

 一瞬、僕の拠点より格上なんじゃないかと錯覚してしまった。


 でも、すぐに思い返した。

 僕の拠点は、僕の城が中心だ。

 この町は、そんな軸がない。


 中心を考えずに作る町なんて、しょせんは現地人の浅知恵か。

 これだけの町は、相当の重税をかけないとダメだろう。

 悪徳領主である可能性が高い。


 古くさいが清潔だ。

 僕の拠点より清潔なのが気に入らない。

 勿論、僕の屋敷は清潔だが、それ以外は汚かったりする。

 住民の教育が必要だな。


 そして悪徳領主に会ったが、拍子抜けだった。

 そもそも屋敷がみすぼらしい。

 これだけの町なら、屋敷は豪華じゃないとダメだろ。


 もしかしてこれは擬態なのか。

 疑問にも思ったが、悪徳領主の態度に非礼さは全くなかった。

 僕の許容範囲内で、なんら反抗的でない。

 むしろ弱腰過ぎて心配になる。

 嫁が強く当たっても、分相応に逆らわない。


 こんなヤツをいびると、僕は態度のでかい子供になってしまう。

 ここは、いったん引き下がろう。

 だが…マリーはあの悪徳領主に、仕掛けをしてくれた。

 

 今までの面従腹背の馬鹿どもは、僕がいなくなるとすぐにボロを出す。

 ボロ屋敷から出て、マリーに監視を頼むことにした。

 

 するとマリーが、渋い顔になった。


「何か監視の効きが変ですわ。

一応声は聞ますが…、映像はぼやけています」


 何か隠していたのか。

 ともかく、証拠がなければ、強引な手を使えない。

 そして今まで、証拠は簡単に手に入った。

 この世界の知的レベルは低い。

 僕が名探偵なら、頭の良いヤツは間抜けな警察レベルだ。


「オフェリーはどうだい?」


「もうちょっと、近くに行かないと分かりませんわ」


「場所は分かるかい?」


「ええ、方角は分かります」


 そこに向かうと、マリーは眉をひそめた。


「どうだい?」


「ええ、姉はいます。

特段…何か嫌な状態にいるわけではなさそうです」


 それは良かった。

 でもマリーの歯切れの悪い言葉が、気になるな。


「何か他にあるのか? 正直に教えてほしい」


 マリーはしばらくうつむいていたが、やがて上目遣いに僕を見た。


「その…とても楽しそうなのです」


 そんな馬鹿な。

 僕から離れて後悔しているはずだろ。

 もしかして、洗脳かだまされているのか?


 現時点ではこれ以上は無理だな。

 町を見て回って、まず原住民たちに僕が恩恵を与えよう。

 そうすれば、情報も得やすくなる。


 だが、反応は今一だった。

 辺境過ぎて、僕の与える恩恵に実感がないのか、それとも洗脳が強烈なのか。

 まだ、尻尾を出さないか。


 モヤモヤしながら帰ろうとすると、一人の住人が駆け寄ってきた。

 この顔は、よく知っている。

 僕に、助けを求める顔だ。


 やはり、恩恵を施して正解だったか。

 その住人は、僕を上目遣いに見ている。

 礼儀は正しいようだ。

 話を聞いてやろう。


「僕に何か用かい?」


 住民は中年男性だが、手もみをしている。


「は、はい。

正義を守る使徒さまに、是非にお話したいことがあります」


「ここの領主の後ろ暗いことかな?」


 男は驚いた顔になる。


「よ、よくお分かりで」


「僕の頭脳を持ってすればすぐに分かる。

ここは怪しいからね。

それで僕に、何を伝えたいんだい?」


 そのあとの男の話は、僕の疑念に答えを与えるモノだった。

 領主は魔王などと呼ばれて、えたいの知れない力を持っている。

 敵対勢力を滅ぼして、財宝を得たがどこかに隠し持っている。


 この地方に、疫病を広めて自分の勢力を伸ばすことに利用している。

 怪しげな情報機関を作って、住民を監視している。

 皆をだますために、犠牲を嫌がるふりをしているが、結局都合よく利用している。

 本来は家で家庭を守るはずの女性を働かせて、男たちのプライドを踏みにじっている。


 聞けば聞くほど、ひどいヤツだな。

 だが、あんな下手に出られて、この男の言葉だけで断罪は難しい。


 そしてすごく、納得ができた。

 こんな偽装に、オフェリーはだまされているのだ。

 僕が救わねばならない。


 僕がうなずいていると、マリーが心配そうな顔をしていた。


「ユウさま、この人の言うことを信じて良いのでしょうか」


 心配性だな。

 僕は、やさしくマリーの手をとる。


「良いかい? こんな急成長しているなら…開発は組織だってやっている。

そして大きな組織には、必ず暗部があって陰謀をたくらんでいるのさ。

最近…馬鹿の成敗ばかりで退屈していた。

ちょっとは頭脳戦に付き合ってあげても良いだろう」


 前世の知識を自由に得ることができる。

 500年以上進んだ世界の知識だ。

 中世には刺激が強すぎるか。

 僕の力にはそんな知識を操れる、そんな頭脳も含まれることを教えてやろう


 ラノベやゲームでも、組織には必ず暗部がある。

 情報組織なんて、悪の権化だろう。

 前世だって、CIAやKGBのような裏工作ばかりする組織がある。

 政府はだいたい陰謀をたくらむ。


 この世界の住民は馬鹿だから、組織に暗部がある常識を知らない。

 僕をなめるなよ。


 証拠を集める必要があるし、いったん引こう。

 だが、僕の目をごまかせると思うなよ。

 違うタイプの敵を討伐する。

 刺激的で楽しくなってきた。

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