345話 閑話 オフェリー・ルグラン 5

「変人にプロもアマもないですよ。

それにシルヴァーナさんは、どう見ても変人です。

だから私は普通です」


 変人に変人と言われたなら、逆に私は普通だろう。

 でもこの議論は、意味がない。

 その点に関しては同意見だったろう。

 シルヴァーナさんは、笑ってうなずいた。


「まあいいわ。

アンタは何の目的で、ラヴェンナに来たのよ。

どう見てもお嬢さまじゃない。

こんな辺境には来ないわよ」


 何だ……それを聞きたかったのか。

 アルフレードさまの友人になら説明したほうが得策だろう。


「私はヴィスコンティ博士の後任の顧問で、ラヴェンナに派遣されてきました。

オフェリー・ルグランです」


 シルヴァーナさんは、目を点にした。

 やっぱり教会の人間は珍しいのかな。

 そう思っていると、派手にため息をつかれた。


「アンタねぇ。

誰に聞かれているかわからない場所で、身分まで口にするもんじゃないわよ。

ホントお嬢さまねぇ……。

ってルグランって教皇聖下せいかか枢機卿の家の人?」


「はい、元教皇聖下せいかの姪です」


「あ……アンタ……。

自分の価値を知っているの? ペラペラしゃべる話じゃないわよ!」


 いけないのかな? 変に隠したほうが疑われてしまう。


「領主さまの友人だから聞かれたことを、正直に話したのですけど」


 シルヴァーナさんが白い目で私を見て、ため息までついた。


「これは重症だわ。

アタシが本当にそうかって証明されてないでしょ……。

うん……アンタは、アルに話を聞いてもらえばいいよ。

多分その辺のことも、全部解決してくれるから」


 言われてみれば迂闊だったかもしれない。

 でも教会の人間に、手を出すのは危険だろう。

 だから危険はない。

 

 正直に話したおかげで、アルフレードさまに直接会話ができるのは助かる。


「でも今は不在でしょう」


「戻ってくるときは、ちゃんと知らせがあるわよ。

そうしたら出迎えるでしょ。

そこで挨拶すればOKよ」


 挨拶はするけど、大事なのはそれじゃない……。


「私は挨拶のためだけに来たわけでは……」


 そんな私の疑問は、一方的に遮られる。

 シルヴァーナさんは、私に指を突きつけた。

 なんか失礼な人だ……。


「もうアンタの話は、アルに報告が飛んでるわよ。

それで出迎えで、顔を合わせたらアルから呼び出しくるわよ」


「そうなのですか?」


「あれを人間だと思ったらダメよ。

いろいろオカシイから。

ともかく……旅行中でも、情報の伝達ができるシステムを作っているわよ」


 それは、どこでもやるだろう。

 今一ピンとこない。


「それはどこでもやっています」


「断言するわ。

2-3日以内に、もう町の情報が届いているわね」


 一体この人は、何を言っているのか。

 使徒さまクラスの魔力がないと、即時に遠隔へ情報は届かない。

 隣町にでもいない限り、そんな速度では不可能だ。

 使い魔にしても、情報は結構限られる。


「そんなことは、人の身ではムリがあります。

使い魔にしても、相手がどこにいるかわからないでしょう。

新婚旅行のお付きで、魔術師がついていて、使い魔を経由すれば可能ですけど。

それでもそんな仕組みを作った人はいません」


「詳しいシステムは機密みたいよ。

だから教えてもらっていないけどね。

アルは一つのことを、一つの目的でやらないのよ。

新婚旅行に加えて、情報伝達のシステムの整備をしているわ」


 なんかいろいろすごい人なのかな。

 

「確かまだ、18歳か19歳でしたよね」


 シルヴァーナさんは、笑って手を振った。


「アルに年齢の尺度なんて意味ないから。

まあ、じきにわかるわよ」


 いろいろ変な地方のようだ……。

 やはり調べないとダメかな。


「この町を知らないといけませんね」


「そう言えば、オフェリーはあの童貞の後任なのよね」


 突然の呼び捨てだ。

 よく偉い人の友達になれたな……と思った。



「童貞ってもしかして、ヴィスコンティ博士のことですか?」


「そうそう。

飲み友達だったのよ。

そのよしみで、アタシが町を案内してあげるわよ」


 一人でどうしたものか悩んでいたから、一応は有り難い。

 結局、シルヴァーナさん町を案内してもらうことになった。

 そこで彼女のことを聞いたが、冒険者でアルフレードさまとは、巡礼で同じ馬車にのったことが、縁になったらしい。

 巡礼の話の中身はぼかされたが……。

 巡礼の内容に興味はない。

 どんなものか知っているから。


 

 シルヴァーナさんはダンジョンを調査していたけど一区切りついたので、休暇として戻ってきたらしい。

 

 町のことを説明されていったが、ラヴェンナが常識外なことは痛感した。

 水道は山の水源から、水道橋で引いているらしい。

 今は、三つの水源から水を引いている。

 一つにトラブルがあっても、三つ同時はまずないだろう。


 井戸も用意されているが、あくまで全ての水道にトラブルがあったときの保険らしい。

 全ての家に水道設置はされていないが、井戸ではなく垂れ流しの水くみ場があった。

 これは運ぶだけでいいから楽だ。

 しかも水道が引けない家には、水を運びやすくする台車が配られているらしい。

 使用人なら競ってここで働きたがる気がする。

 そんなことに予算を掛けて、一体何を目指しているのか。


 そして町は、すっきりと整備されている。

 教皇庁の町は、雑多で知らない人は迷う。

 ラヴェンナは、とてもわかりやすい。


 公衆浴場なんてものも驚いた。

 上下水道が完備。

 なにより、町が清潔。

 治安がとてもいい。

 識字率の高さには一瞬意識が飛んでしまった。

 この識字率は世界一だ……。

 

 一見すると、使徒さまの拠点に近い。

 でもあそこは、異世界のようなもので、人々がどんなに考えても実現できない。


 ラヴェンナは私たちでも、頑張ればできる。

 シルヴァーナさんは、私の様子を見て驚かない人は初めてだと言っていた。

 とんでもない。

 顔に出ないだけで、驚き疲れてしまった。


 妙にしゃれた喫茶店で一息つく。

 確かにシルヴァーナさんは変な人だが、親切で助かった。

 そこで私のことを聞かれる。


 教会のことと、使徒降臨の話をしたのだが……。

 シルヴァーナさんは仰天して、めちゃくちゃ食いついてきた。

 ただ私の話が進むほど、目に見えてテンションが下がっていく。

 最後には、派手なため息をついた。


「今まで聞いた話と違いすぎて……。

疑うわけじゃないけど信じられないわ」


 私も、それについては同感だ。

 使徒さまは人だと言われていたが、子供だとは聞かされていなかった。

 憧れがあったのだろう。

 

 ちょっと気の毒だけど、嘘をつく気になれなかった。

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