344話 閑話 オフェリー・ルグラン 4
まずはスカラ家に挨拶をしないといけない。
この先の護衛はスカラ家で手配してくれると、申し出があったので教会の護衛はさっさと引き上げてしまった。
領主は王都にいて不在だ。
今は領主夫人が代行をしているらしい。
アレッサンドラさまとは初対面だが、丁寧な対応をしてもらえた。
さっさと帰った教会の護衛を見て不穏な雰囲気を察したようだが、丁重に客人としての扱いを受けた。
アレッサンドラさまに勧められたので、1日スカラ家に滞在してからラヴェンナに向かうことになる。
さすが有名な大貴族の家だけあって、とても立派な家だった。
夕食の席でラヴェンナのことを尋ねると、アレッサンドラさまは含みのある笑いを浮かべた。
「言葉を尽くすより見たほうが良いでしょう。
アルフレードは新婚旅行で不在なので、代行のキアラと今後の相談をしてくださいね」
どうやら、報告書以上に変わっているのだろう。
あの日以来、初めて礼儀正しい対応を受けて、ちょっとだけうれしくなった。
いくら私でも、冷たく扱われるより普通の対応のほうが良いに決まっている。
翌日、アレッサンドラさまの元を辞して、ラヴェンナに向かう。
スカラ家の護衛に伴われ、1週間ほどしてラヴェンナに到着。
到着して驚いた。
港も完備しており、街道も整備されている。
船から下りて、馬車に案内された。
馬車の中で、私は一人だったのでぼんやり外を見る。
こんなに、直線で起伏がない街道は見たことがない。
そして街道は、馬車が余裕ですれ違えるほど広い。
どこが辺境なのだろう。
馬車はそのまま、領主さまの屋敷に向かう。
馬車から見る町の光景は、衝撃の一言。
子供たちが一人で、町を歩いている光景に驚いた。
人数を除けば、都会と言って申し分ない。
種族も全ての種族がいる。
町はとても清潔。
好奇心が沸き起こる前に圧倒されてしまった。
そして定期報告は、ウソを言っていないが、全てを伝えてもいないことを確信した。
領主さまに会わないといけない。
不在なのは残念だけど、代行のキアラさまに話を聞けば良いだろう。
屋敷の大きさはそれなりにあるけど…とても質素だった。
枢機卿の屋敷のほうが、はるかに豪華だ。
豪華さで言えば、ちょっと裕福な司祭の屋敷ていど。
町で見た、他の建物のほうがずっと立派だ。
普通は逆だと思う。
異世界に迷い込んだ気がした。
応接室に通される途中も、違和感があった。
観葉植物があるのは分かる。
でも場所がへんてこなのだ。
変人なのだろうか…。
応接室に通される。
とても地味な部屋だ。
勿論、屋敷の内装は豪華なほうだろう。
枢機卿の執事の部屋と言っても、良いレベル。
お金は町の整備に掛けているのだろう。
欲がないのかな。
そう思っていると、扉が開いて少女が入ってきた。
その後ろに護衛の騎士と数人の女性が付き従っている。
キアラさまだったかな。
教皇庁にいても、注目を集めることが可能なレベルの美少女。
マリーと良い勝負ができそうだ。
私は、起立して一礼する。
「お初にお目にかかります。
ヴィスコンティ博士の後任として参りましたオフェリー・ルグランです」
キアラさまは、私にほほ笑みかけた。
「ご丁寧にありがとうございます。
領主である兄の代行をしています。
キアラ・デッラ・スカラですわ」
素直にマリーより格上だと思った。
マリーから若干にじみ出るわざとらしさがない。
お互い着席して、出されたお茶を口にする。
素朴な味だが、教皇庁の強い味よりこっちが好みだ。
「おいしいお茶ですね」
褒めたつもりでも、私の言葉は抑揚がない。
最初はいつも驚かれる。
キアラさまは一瞬だけ動きがとまった。
すぐに、優雅に自分のお茶に口をつける。
「自慢のお茶で、兄にも気に入ってもらえてますの」
どんな世間話をして良いか分からない。
本題に入ろう。
「ヴィスコンティ博士の後任なのですが、明日から私は何をすればよろしいでしょうか。
顧問の仕事を知らないので、教えていただければと」
キアラさまは、ちょっとの間目を閉じた。
「来ていきなり、顧問は難しいと思いますわ。
兄が戻るまでは、町を見て過ごしてはいかがでしょうか?」
私は、観光に来たわけではない。
役目を果たしに来たのだ。
それに何もせずに、観光なんてする気にならない。
「そこまでご厚意に甘えるわけにはいきません。
ヴィスコンティ博士が不在になって、仕事が滞っているのではありませんか。
ぜひ任せていただきたいのです」
「張り切っておられるのは私たちとしても、うれしい限りです。
ですが長旅の疲れもあるでしょう。
そんな状態で、仕事につくことをラヴェンナでは避けていますの」
キアラさまの言葉は穏やかだが、キッパリとした口調だった。
報告書では含まれない、ここの実態を考える。
私は、教会からの監視役だと思われているのだろう。
その言葉に流されると、ズルズルと何もしないままになってしまう。
つまりずっと、よそ者のままだ。
せめて監視役ではないことだけは知ってもらわないといけない。
「座っていただけで…疲れはありません。
私なら大丈夫です」
キアラさまは、かわいらしく首をかしげた。
マリーと仕草は似ている。
でも…何かが違う。
マリーは男性の反応を気にして、自分をどう見せるかを研究した動き。
キアラさまは、自然にやっている。
「困りましたわ…私はあくまで代行ですの。
このような重大事は、兄の指示を仰がないといけませんわ」
「では、伺っていただいてもよろしいでしょうか?」
キアラさまは、ちょっと困った顔になった。
「緊急の案件でない限り、兄には政務をさせたくないのですわ。
3年間働きづめで…無理に作った時間なのです。
できるだけ邪魔をしたくない。
それはご理解ください」
そんなに、真面目に働いているのか。
これだけの町を短期間で作るなら…そうなのかもしれない。
でもラヴェンナに受け入れてもらうには飛び込まないといけない。
「ではその間だけでも、暫定顧問で仕事を頂けないでしょうか」
キアラさまは、少し下を向いて、ティーカップを見つめていた。
「オフェリーさまはとにかく、何か仕事がしたいのですか?
そこまでこだわるのは…なぜでしょうか」
不信感を持たれてしまったかな。
誤解を解いておきたい。
「私は各地からの定期報告書を管理していました。
その中で、ラヴェンナの報告書は私の楽しみだったのです。
そんなラヴェンナに来ることができました。
だから受け入れてもらうために、仕事をしたいのです」
キアラさまは、じっと私を見つめた。
視線を受け止めるのは苦手だ…。
いつもの癖で、視線だけ下を向く。
「分かりましたわ。
兄が戻りましたら、必ず取り次ぎます。
私が代行でできるのは、兄が決めた領域の仕事までです。
それ以上は兄の将来設計を邪魔しかねません」
これ以上は無理そうだ。
必ず取り次ぐと言われたので、それを信じるしかない。
「承知しました。
ではアルフレードさまが、お戻りになるのを待たせていただきます」
キアラさまは、ホッとしたような顔になった。
「そうしてくださいな。
それまで町を見て回ると良いですわ。
住む場所は既に手配していますので、そちらにご案内します。
教皇庁に比べて質素すぎるかもしれませんが」
「いいえ、それは気にしていません。
あと私は一人でも生活できます」
「さすがに元教皇
使用人はこちらで用意してありますわ」
そこまでしてもらって良いのだろうか。
たしかに、一人暮らしは初めてだが、なんとかなると思っていた。
でもせっかくの好意を断るわけにもいかない。
「感謝します。
アルフレードさまはいつ戻られる予定でしょうか?」
キアラさまは、初めて苦笑した。
私は変なことを言ったのかな。
「もうしばらく掛かりますわ。
1カ月後くらいと思ってください。
ちゃんとお知らせしますから安心してくださいな」
キアラさまの元を辞して、小さな屋敷に案内された。
使用人は3名ほど。
そして夕食は、素朴な味だがおいしかった。
自然と、ここが好きになっていくのが分かる。
翌日に、町を見て回ろう。
とはいえ、ただ散歩などしたことがない。
何か、目標を立てないとだめかもしれない。
町の中央や入り口には、案内図が貼ってある。
手持ちの筆記用具で、案内図を模写する。
これで計画が立てられる。
こんな作業をすると、ついつい無心になる。
やがて、後ろに人の気配がした。
誰かの邪魔をしてしまったのだろうか。
振り返ると、若い女性が一人手を振っていた。
髪と瞳が赤い。
「こんにちは」
私が、取りあえず挨拶をすると、その女性はいきなり笑いだした。
「なにそれ…いきなりずれてるわよ。
普通は何か用かって聞かない?」
そんなものだろうか。
いきなり、用件を聞くのは失礼な気がするのだが。
「じゃあ、何か御用でしょうか」
女性が、さらに笑いだした。
元気な人だなと、素直に思う。
その女性は、笑い終わると腕組みをしてうなずいている。
「変な人だね。
それにあなた見ない顔ね。
冒険者にも見えないし、移民や技術者にも見えないわ」
変と言われたのはショックだった。
「私は普通だと思っています。
これが普通だと育てられましたので」
その女性は、私をジロジロ見て何かに納得してうなずいた。
「ないわー。
それが普通ってどんなのよ」
一体どんな根拠で断定するのだろう。
「あなた以外にそう言われたことがありません」
その女性は、失礼にもおなかを抱えて笑いだした。
「あーもう良いわ。
アタシは冒険者で、領主の友達のシルヴァーナ・キティよ。
あなたは誰?」
会話がかみ合わないことは理解できる。
でもアルフレードさまの友人なのだろうか。
それなら会話を切るべきではない。
「私は私です」
シルヴァーナと名乗った女性が、今度はため息をついた。
「普通は名前と身分か、職業を名乗るものよ。
これはプロフェッショナルな変人だわ」
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