343話 閑話 オフェリー・ルグラン 3

 翌日からマリーはユウさまにべったりかと思ったら、わざと離れたり近づいたりと、完全にコントロールしていた。

 そして気がつくと、あっさりハーレムに一番乗りを果たしていた。


 その話には、別段感慨は湧かなかった。

 当然だろうと思っただけ。


 ただ気がかりだったのは、ユウさまは完全にマリーの制御下にあった。

 何かあれば、すぐマリーに相談する。

 そしてマリーは、ユウさまの希望を見抜いて誘導してしまう。


 正直言って驚いた。

 見抜くことが…じゃない。


 希望があまりに、子供じみている。

 それは、マリーの誘導を見たから分かっただけだけど…。


 ユウさまは能動的に自分で欲しいものを言わない。

 周囲が察してお膳立てしてくれると喜ぶ。

 そして、望みを察してもらえないとむくれてしまう。


 人からの称賛、無条件の愛に飢えている。

 そして、ストレスを神経質に嫌う。

 人の敵意に敏感に反応して、徹底的に排除する。

 既に数名、司祭が処罰されている。

 枢機卿も2名ほど、降格された。

 

 表向きは戒律違反だった。

 実態はマリーの操り人形になっているユウさまに、面と向かって苦言を呈したからだ。


「自分をしっかり持ってください。

使徒さまは特別なのです」


 するとユウさまは目に見えて不機嫌になった。


「僕が自分を持っていないって言いたいのか。

勝手に使徒にしておいて、さらに僕に理想を押しつけるんだな!」


 このあたりの考え方は、マリーに吹き込まれたらしい。

 教会は危険な暴君を招き入れてしまった。


 でもユウさまはとても操りやすいようだ。

 受動的な人だから、マリー程度でも簡単に誘導できてしまう。

 程度と言ったのは、私からみてもあからさまに見える。

 だから周囲の真面目な聖職者にも分かって、眉をひそめている。


 それでも私はマリーの姉なので比較的安全だ。

 でも一度、ユウさまの言葉どおりにうなづいたら、機嫌を損ねてしまった。

 本人が謙遜した言葉にうなずいただけ。

 そうしたら、すねて部屋に閉じこもってしまった。

 そのあとマリーに私が怒られて、ユウさまに謝る羽目になった。


 最初に対面したときはまだ遠慮がちだった。

 それなりに常識もあった。

 マリーに依存するうちに幼児退行してしまっている。


 そんなマリーはユウさまのハーレムメンバーを選定していた。

 ユウさまは、主体的に選ばない。

 マリーに勧められると困ったように肩をすくめる。


「やれやれ…なんでこんなに女の子が寄ってくるのか…。

でも…僕を慕ってくれる女の子を泣かせるのは嫌だからなぁ」 


 来る女性は絶対に拒絶しない。

 見た目がダメだったら拒むだろうけど…。


 あっという間に使徒騎士団から一人。

 さらに、翌週には、慣例で魔族から一人。

 ユウさまは3人と結婚したあとでほほ笑んでいた。


「やれやれ、3人なんていつの間にか増えたなぁ。

それでも、僕の妻になった以上全力で守ってあげる」


 3人目のハーレムメンバーが決まってから、1週間ほど経過。



 私は、ラヴェンナ地方への移動を、教皇聖下せいかに願い出た。

 実は既に教皇の交代は決まっていた。

 だから重要案件の決定権を失っている。


 ただ、辺境への赴任程度なら許可できる。

 既に諦念しているようで、あっさり認めてくれた。

 マリーが選ばれた段階で、身を引くとの教えに合致していたのもあるのだろう。

 定期報告管理の後任だけはちょっともめたらしい。

 閑職だから誰も、引き受け手がいない。

 でも政争に負けた現教皇派から、適当な人が選ばれた。


 私は新たな土地での生活に、思いをはせながら、ユウさまに赴任の挨拶をすることにした。


「ユウさま、マリーが無事選ばれました。

私は安心して、辺境に赴任できます。

本日はその挨拶に参りました」


 マリーとイチャついていたユウさまは、一瞬ぼうぜんとした。

 そしてすぐに、我に返った。


「オフェリー、待てよ。

なんで君が、辺境に飛ばされるんだよ!」


 激しい剣幕だ。

 マリーがそれに驚いていたが、すぐに不安げな顔になる。


「ユウさま…、教会の決まりなのです。

選ばれない側が残っていたら、ユウさまの心に影を落としてしまいます」


 ユウさまが、激しく頭を振った。


「なら、オフェリーも選べば良いだろ。

マリーも言っていたろう! 僕が強く新教皇に望めば、特例として認めてくれるって!」


 初めて自主的な要望が出た。

 なぜ、急に激しく反応するのか。

 一向に分からなかった。


「お姉さま、ユウさまに強く強く…望まれたのです。

有り難くお受けするべきですよ」


 分からないことだらけだ。

 理由を聞かないと分からない。


「ユウさま。

どうしてそこまで、私を望まれるのですか?

他の女性なら、いくらでもいるでしょう」


 ユウさまが、激しく首を振った。

 この光景は、見たことがある。

 子供が、駄々をこねる光景だ。

 あれも欲しいコレも欲しい。

 でもこの子供は極めて危険で、とんでもない力を持っている。

 よくマリーは一緒に暮らせるものだ。


「僕は特別だって言われてるんだろ! 実際に力だってある! 模擬戦を見たろう!」


 確かに、使徒騎士団の精鋭男性100人を、一人であっという間にたたきのめした。

 あの力はとんでもない。

 でも、あれだけ力があって、半殺しにする必要はなかった。

 周囲が硬直していると、不思議そうな顔をしている。


「あれ、僕…何かまずいことやっちゃった? 訓練だから手抜きしたらダメだろ?」


 と全然やったことへの自覚がない。

 その後で治療して、すぐ全快させるから問題ないだろうと。

 実際にすぐに治療したから、死者や後遺症が出た人はいない。

 マリーも敏感に反応して手遅れになる前に治療をしていた。


 でも一つだけ、怖い図が想像できた。

 間に合わないと判断したら殺してしまうのではないか。

 使徒が無実の人を殺害なんてショッキングだ。

 使徒の伝説が崩れ落ちる。

 隠しきることは難しい。

 それより恋人が誤って殺した。


 そうなると罪は不問に処される。

 教会が全力で隠蔽するのだ。

 なぜ知っているのかって? そう教えられたからだ。

 罪をかぶるのは、使徒さまへの大いなる献身だと。 

 使徒さまからの信頼は、格別なものになる。

 もし使徒さまから疎まれても、教会が手厚くその後を保証してくれる。


 あの瞬間、私の中で何かが崩れ去った。

 絶対に、この人とは合わない。

 使徒さまは、正しくて弱い人たちを守ってくれる。

 それは、ただの宣伝文句だったのだろうか。



「では、なぜ私を選ばなかったのでしょうか?」


 ユウさまが、一瞬固まった。

 そしてすぐにむくれてしまった。


「それはオフェリーが、僕の嫁になろうとしなかったからだろ?」


 私が望んでも、ユウさまがそう思わないと無理。

 逆なら可能。

 だから私からは言わなかっただけ。


「決めるのはユウさまですから」


 私は冷静に言ったのだが、ユウさまは横を向いたままだ。


「だから今決めたろう」


「決まりを曲げるくらいなら、他を探せば良いと思います。

いくらでも希望者はいますよ」


 ユウさまは、私に怒りのこもった視線を向けた。


「僕に女を捜せと言うのか? もう3人いるんだぞ!」


 欲しいなら探せば良いのに。

 いくらでもいるのに、何故そこまで私にこだわるのか。

 そう思っていると、マリーに強く頰を平手打ちされた。

 そのあとで、遅れて痛みがやってきた。


「お姉さま! ユウさまに恥をかかせるのですか! なぜ、そこまで光栄なことを断るのですか?

最初に選ばれなかったからって、私に嫉妬するのはみっともないですわ」


 何を言っているのか、全く分からない。

 嫉妬とかまるで無関係な話だ。

 マリーの剣幕に、ユウさまが落ち着いた顔になった。


「ま、マリー、そこまでしなくて良いさ。

そうか、嫉妬していたのか…。

それなら今からでも遅くないよ。

僕はオフェリーを拒まない。

なにせマリーの姉なんだ、大目に見るよ」


 ああ、そうか。

 私じゃなくて姉妹というセットをコレクションに入れたかったのね。


 私にもまだ感情は残っていたようだ。

 初めて、怒りがこみ上げてきた。

 私は、ユウさまを冷たく見つめた。

 そうするとユウさまは、身に見えてうろたえ始めた。


「セットで姉妹が欲しいのでしたら、他の姉妹を選んでください。

きっと相手のほうからやってきます。

ユウさまが探す必要などありません」


 ユウさまは、ぼうぜんとしていた。

 ここにいても無駄なだけ。

 私は、一礼して退出した。

 

 そこに、マリーが追いかけてきた。


「お姉さま! 一体、何のつもりですの!」


「見たままよ。

私はここを去るだけ」


 マリーは生まれて、初めて見る形相になっていた。

 これが、本性とは思わない。

 マリーの性格の一面だろう。


「そう…死んだフリをする気なのね。

拒絶すればユウさまは、お姉さまに執着する。

そうやって、自分の価値を高めて元教皇の復権まで狙う気ね…」


 ダメだ。

 別の生き物と会話している。

 私は、ため息をついた。

 そんな感情も残っていたのだ…と、ちょっとおかしくなった。


「勘違いよ。

私は完全に身を引くだけ。

世界はマリーのような人だけじゃないのよ」


 あっけにとられているマリーを放置して、私はラベンナに異動した。

 護衛は形式上ついてきたが、対応は冷ややかだった。

 荷物も自分で持たないといけない。

 マリーの手引きで、ユウさまに代わって、私に罰を与えるようにと言われたらしい。

 立ち話で聞こえるように言われた。


 普通の令嬢には屈辱だろう。


 そんなことは気にならない。

 体は重かったが、心はとても軽やかだった。

 このときばかりは、感情が表に出ないことが有り難かった。

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