342話 閑話 オフェリー・ルグラン 2
ある日、教会の支部から使徒さまが降臨されたとの報告が上がった。
教皇庁内では全員が色めき立つ。
教皇
枢機卿たちからすれば、息のかかった娘をハーレムに入れることができるだけで発言力が増す。
ましてハーレム筆頭になれば、教皇になることができる。
私はそんなことは気にせずに、自分の聖域で報告書に目を通している。
私の楽しみにしていたラヴェンナ地方からの報告書は、ヴィスコンティ博士が病で亡くなってから…送られてこなくなった。
表情にはでなかったが、私は心底落胆して…しばらく放心状態になった。
でも…冷静になって考える。
私に楽しみをくれたヴィスコンティ博士の仕事を引き継げないだろうか。
せめてものお礼になる。
博士本人は知らないだろうけど、私にとってとても幸せな時間をくれたことは確かなのだから。
選別落ちになれば、私が代わりに顧問になれば良いのではないだろうか。
使徒さまが降臨されて、教会の全員が中央から動きたがらない。
でも…地域の空席は避けたいだろう。
うまくいくかもしれない。
そこで気がついてしまった。
選別落ちを期待してしまっている。
やっぱり私は変なのだろうか。
でも自分の運命を、自分で決められない。
楽しい想像くらいは許されるだろう。
そして数日後に、使徒さまとの対面となった。
名前はニキアス・ラリスだそうだ。
見た目は特に印象に残らない平凡な人だった。
ただ…ちょっとオドオドしているように感じた。
まだ、実感がないのだろうか。
教皇
「使徒さま、この2人が私の姪たちです。
よろしければ、どちらかを選んで、おそばにおいていただければ幸いです」
教皇
私は使徒さまに一礼する。
「オフェリー・ルグランです。
使徒さまにお目にかかれて光栄です」
使徒さまと面会するときは、それようの衣装を着るようにと言われていた。
短いスカートと、胸元の開いた服。
とても落ち着かない。
マリーも似たような服を着ているが、こちらは堂々としていた。
それどころか、絶妙に体を動かして使徒さまの視線を引きつけていた。
「マリー=アンジュ・ルグランです。
使徒さまにお会いできて、とても光栄ですわ」
そう言って、頰を赤らめて顔を伏せる。
使徒さまは、私たち姉妹の胸元やスカートから伸びる脚に視線がいっているようだ。
やっぱり落ち着かない。
それから私たち姉妹を見て、笑顔になる。
とてもぎこちない笑顔だ。
「僕はニキアス・ラリス。
使徒って言われても…まだ実感がないんだよね」
力に目覚めたから連れてこられたと思うんだけど…。
それでも実感がないのかな。
私は使徒さまじゃないので、何も言えない。
ところがマリーは、使徒さまに笑顔を向けた。
「目覚めて間もない使徒さまは、皆そうおっしゃいますわ。
力を使っていけば、すぐにでも実感できると思います」
そんな話は初耳だ。
マリーは使徒さまを安心させようとしているのかもしれない。
使徒さまは、自信なさげに頭をかいている。
「そうかなぁ」
そしてマリーは、優しく使徒さまにほほ笑み続ける。
「ええ勿論ですわ。
あと…使徒さまは、ご自身でミドルネームを名乗っておられました。
使徒さまもそうされてはいかがでしょうか?
そうすれば、徐々に特別だと言う実感が湧くと思います」
完全に、ペースを握っている。
多分、何度も頭の中でシミュレートしたのだろう…。
「そうか…。
じゃあユウだ」
私が口を挟む暇もなく、マリーは大げさに胸に両手を当てる。
「では、ニキアス・ユウ・ラリスさまですね。
すてきなお名前ですわ」
「いやぁ…そんな、やれやれ、参ったなぁ…」
「これから使徒さまをどのようにお呼びすればよろしいでしょうか」
「ユウでいいよ。
ニキアスはしっくりこないんだ」
慣れ親しんだ名前が、しっくりこないのか。
どうにも理解しにくいけど…。
自分の名前が嫌いなのかな。
「では、ユウさま。
これからよろしくお願いしますわね」
「あ、ああ。
ところで君は、何と呼べばいいのかな?」
私は完全に空気になっている。
別に不快でもないし、どうしていいのか分からない。
マリーはちょっとモジモジしたポーズをとっている。
「お好きなようにお呼びください。
でも、ユウさまに選んでいただいたら、呼んでいただきたい名前をお教えしますわ」
そう言って、マリーは私にほほ笑む。
「お姉さまはどう呼んでほしいのですか?」
そう言われても…。
私に、選択権はない。
「どうぞユウさまのお好きなようにお呼びください」
マリーはわざとらしく、頰を膨らませてから、ユウさまに笑顔を向けた。
「ユウさま、姉は生まれつきこんな感じですの。
ご気分を害さないでくださいね」
ユウさまは慌てたようにうなずいた。
「ああ、いいよ。
そんなタイプも悪くないしね。
綾波直系かぁ」
なにか知らない言葉がでてきた。
ともかく好まれるタイプなのだろうか。
マリーはちょっとすねたような顔になる。
「ユウさまはお姉さまのような方が好みですの?」
ユウさまは、慌てたように手を振った。
「ああいや、どっちが上って訳じゃないよ。
参ったなぁ…」
そう言いつつ、顔がゆるんでいる。
そして私たち両方を見てちょっと上目遣いになる。
「両方ってのはダメなのかな?」
マリーが済まなさそうに下を向いた。
「申し訳ありません。
使徒さまに愛していただきたい女性は、星の数ほどいるのです。
教会だけで2人も、大切な席を占めてしまっては…」
ユウさまは、また慌てたように手を振った。
「ああいや、無理なら良いんだ。
僕も女性をモノのように、扱いたくはないからね。
やれやれ…参ったなぁ…」
マリーは大げさに、胸をなで下ろした。
「実は…今のお言葉で安心しました。
先代の使徒さまで、女性をモノのように扱う人がいましたの。
ですので…内心怖かったのです」
そんな話は初耳なんだけど…。
ユウさまは、憤慨したような顔になった。
「それは男として許せないね」
既に、マリーに転がされてる感じがする。
使徒さまといえども人…。
確かに人間ね。
でも力を、正しく扱えるのかしら。
漠然とした不安が、私の胸の中から持ち上がってきた。
マリーはにこやかにうなずいた。
気がつけば、ユウさまとの物理的距離を詰めている。
「男としての誇りを持ったユウさまが、使徒さまで私は幸せですわ」
ユウさまは、マリーと距離が縮まったことに、初めて気がついて驚いたようだった。
すかさずマリーは、悲しそうに距離をとった。
「ユウさま、すみません。
うれしくて…ついなれなれしく振る舞ってしまいました。
お許しいただけますでしょうか」
距離をとられたことに、ユウさまは残念そうな顔になっている。
「あ、いや。
驚いただけだよ。
ゴメン。
実は女の子と、こんな風に話すの初めてでさ」
私は、この場にいる必要があるのだろうか。
とても滑稽な気がしてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます