340話 オフェリーの主張
使徒様ご一行がお帰りになった後、俺への報告が山のようにやってきた。
問題は監視が、どう掛かっているのか。
そう悩んでいると、オフェリーがやってきた。
今日は学校だったな。
俺を見て、険しい顔をしていたが、やがて何かを唱えた。
突如として俺の肩から何かが落ちた。
床を見ると、なにか透明な虫のようなものが落ちている。
「これは何ですか?」
「教会が編み出した監視魔法です。
私も使い方と解除方法を学びましたから」
全然、気がつかなかった。
「いつの間に掛かっていたのやら」
「特定の言葉とジェスチャーで、対象者につけることができます。
多分マリーですね」
「うーん、確かに一人だけ私に微笑みましたが…あとは、普通の言葉だったと思います」
オフェリーが、少し首を傾げて考え込むポーズをした。
ただ表情は変わっていない。
「マリーの場合は、『歓迎』がワードです」
それなら言われたな…。
だがもう一つ、問題がある。
「解除したのがバレたら、かえって疑惑を持たれませんかね」
「私がその虫を嫌っていることは知っています。
だから反射的に解除したと思いますね」
ネタばらしをしたなら安全だろう。
だが…念のために確認するか。
「原理はあとで伺います。
これをフェイクにして、本命の監視を仕掛けることはありますか?」
オフェリーは首を振った。
「複数は無理ですね。
あと使徒さまは、その手の監視は恋人にさせます。
マフィアのような組織と教会くらいですね。
その手の手段に長けているのは」
キアラも知っているのかな。
俺はキアラを見ると、キアラは首を振った。
マフィアでも、最上層部とか専門のところかな。
そうでないと寝首を掻かれかねないからな。
「ではどんな原理ですか?」
オフェリーはまた無表情のまま考え込むポーズをした。
やがて小さく頷いた。
「特定のジェスチャーとワードは、相手に知られないためのものです。
小さい頃から、自然にできるように訓練を受けます。
使徒様の役に立てるようにですけど…。
視線が合うと、その間だけ特別な魔力が二人の間に繋がります。
それを伝って、不可視の虫が相手の体に張り付ついて、存在している限り監視ができます。
感触も無いはずですよ。
魔力だけで構成する特殊なものですから」
結構詳しくて助かるな…。
「魔力だけで維持できるのですか?」
「相手の魔力を吸って維持します。
それでも寿命は2-3日程度です。
落ちたその虫は、もう消えているはずですよ。
証拠を残さない監視方法です」
床を見ると、確かに消えていた。
ヒルのようなものか…。
「あとはその虫が見ること聞くことが、術者に伝わります。
不用意な発言はしていませんか?」
「寛大な使徒さまでした、とだけ言いましたね」
「素晴らしい用心深さです。
ですが…ラヴェンナは、不思議と教会独自の神聖魔法が効きにくい土地です。
マリーにも見るモノはぼやけて、雑音しか聞こえていないと思います」
治癒術は、普通に効いているよな…。
あれは完全に別系統か。
「治癒術は別物なのですか?」
オフェリーは、ぎこちなく笑って頷いた。
ちょっと可愛いと思ってしまう。
俺の微妙な感情の変化をミルが目聡く見つけて、眉をひそめた。
浮気なんてしないよ…。
「治癒術は体内の治癒力を高めるものなので、神聖魔法とは違います。
ここではむしろ、効きが強いと思います。
教えていてちょっと不思議な感じですね」
特殊な土地柄か…。
「ちなみに神聖魔法って、どんなものですか?」
一瞬下を向いたが、すぐ俺に視線を合わせた。
「先ほどのような監視。
あとは幻覚や錯覚。
難易度は高いですが、水の上を歩くとかですね。
総じて信仰を集めるものと、教会を守る方面に特化しています」
「幻覚が信仰を集めるものですか?」
「使徒様が降臨される前の信徒集めです。
パンを増やしてみせたり、魚を集めるのに使ったそうです」
信仰の集め方は、どこも同じようなものなのか…。
こっちの奇跡はフェイクってやつだな。
酷い話だ。
それより、効率の良い使徒降臨ができて使わなくなったのか。
監視は異端狩りに使うのだろうな。
なんとも夢の無い話だ。
「なるほど、どちらにせよ…助かりました。
有り難うございます」
「少しでもお礼がしたかったので良かったです」
「そういえば、使徒はあなたの所に来ましたか?」
「いいえ、ですがマリーの気配がしたので、私の様子は遠くから確認したと思います」
おや? さっきの話と矛盾すると思うが。
「私の監視をしながら可能なのですか?」
「私たちは姉妹なので、お互いの様子を知ることができます。
虫の監視とは別物です。
あ、安心してください。
ラヴェンナの土地は、なにか特別なのです。
近くに来ないと、お互いのことが分かりません。
普通の土地でしたら10キロ以内であれば、お互いの様子を知ることができます。
ラヴェンナでは、多分500メートルでも届かないと思います。
ここにきて、初めて気がつきましたので、マリーも驚いていると思います。
これも使徒様に仕えるための力です。
使徒様の要望を、先回りをしてかなえる為のものと聞きました」
使徒の嫁が、外部の人間に指示を出す訳か。
怖いなぁ。
ラヴェンナさまさまだよ…。
そんな意味では、俺は幸運だな。
普通の土地ならヤバいことになっていた。
「なるほど、ともかく…もう監視はないのですね」
「はい」
これは、対策を考えてまた来るのだろうな…。
そう思いつつ、報告書に目を通した。
オフェリーは報告書が、気になったようだ。
「ああ、これは町で使徒が何をしたかの報告です」
ミルがその報告書を見て、ため息をついた。
「幸い暴れたわけじゃないから良かったけどね…。
食堂に入って、米や調味料を持ち込んで、皆の前で料理したなんてのは可愛いものね。
その後で見ている人たちにも振る舞ったみたいだけど。
『ここの料理は、粗末で味が無い。
醤油すらないのか』
と、わざわざ捨て台詞を吐いていったのね」
キアラも天を仰いだ。
「公衆浴場にいって、石鹸を馬鹿にしたそうですね。
『こんな歪な形の石鹸はダメだろう』
といって、四角い石鹸を大量に置いていってくれましたわ。
皆はあの石鹸に、愛着があるので、そのまま貰ったものを使わずに届けてくれましたわね」
俺は、ちょっと苦笑した。
「まあ、貰えるモノは貰っておきましょう。
あとでイザボーさんにでも売りつけますかねぇ」
オフェリーが、報告書を凝視していたので、俺は笑って手渡した。
オフェリーがそれを取って、目をとおす。
「訓練場にいって、鍛えてやると言って全員を叩きのめしたのですか…。
その結果…骨折者多数って…。
そのあと、マリーが治癒したようですが。
その…妹が沢山迷惑に加担して済みません…」
「オフェリーさんは悪くは無いですよ。
謝罪は不要です。
不快なことされたり、酷い目に遭った人たちには私が謝罪しなければいけません。
これは私の責任ですからね。
恐らく私への挑発でしょう。
使徒が学校に行かなかったのは、有り難い限りですが」
「使徒様は幼い女の子は庇護しますが、男の子は…。
なので寄りつかないと思います。
使徒様は基本子供が嫌いですから」
先代にはロリコンもいたのか。
「寄りつかないのは有り難いですよ」
オフェリーはペラペラと、報告書をめくって険しい顔になった。
「一部の住民と話し込んでいたのは何でしょうか。
だいたいは不穏な話になると思います」
なかなか良い目の付け所だ。
「ラヴェンナ市民の全員が満足しているわけではありません。
それこそ私を嫌っている人たちだっていますからね」
俺が苦笑すると、ミルが何かに気がついた顔になった。
「アル、ヴァーナ来たわよ」
使徒の実態を見て、はたしてどう判断をするのか。
扉が開いて、
いつになく真面目な表情だ。
「シルヴァーナさん。
どうしました?」
「いい加減、答え出さないと…と思ってきたのよ」
ミルは
「ヴァーナはどうしたいの?」
「決めたわ。
アタシはここの市民になるわよ。
ちょっとアレを見て…ないわと思っちゃった。
少しでもそう思ったらダメだからね…」
つまり行かないと。
外部の人間から、内部の人間になるのか。
俺はミルに視線を向けると、笑顔で頷き返した。
俺は、
「では…ようこそラヴェンナへ。
今日からシルヴァーナさんは市民です。
あとでミルに頼んで、登録をしてもらいましょう」
シルヴァーナはサバサバした顔になって、胸を張った。
「おっけー、それじゃアタシも幹部会議に出るわよ。
童貞がリタイアしちゃったからね。
飲み仲間として、後始末くらいはしてあげるわよ」
それ決めるの俺なんだけどね。
まあ、断ると騒ぎそうだし良いか。
シルヴァーナは、笑顔で俺に手を差し出してきた。
俺は苦笑して握手をした。
それを、オフェリーがじっと見ていた。
「私も市民になっても良いですか」
「さすがにそれは大問題でしょう…。
ちゃんと教会の許可をとらないと」
自己主張するのは良いけど、それは問題だろ…。
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