339話 ファーストコンタクト

 オフェリーは泣いた翌日から、ぎこちないながら感情表現をするようになった。

 といっても、まだまだ滑稽なのだが……。

 笑うのはまずいので黙って見守ることにする。

 それから1週間たったころ、門番が駆け込んできた。


「り、領主さま!

し、し、使徒が、面会を求めてきています!」


 おいでなさったか。


「わかりました。

応接室に通してください。

ちなみにひとりでしたか?」


「い、いえ。

女性を3名ほど従えています」


 ついてこようとするミルとキアラを、手で制する。


「私ひとりでいきますよ」


 いきなり攻撃されることはないだろう。

 部屋に入ると、使徒とその嫁3名が座っていた。


 嫁にはあまり、興味がわかない。

 使徒はといえば、黒髪、黒い目で白のボアコート。

 手堅いテンプレだ。


「使徒さまとお連れの方々、お待たせしました。

私が領主のアルフレード・デッラ・スカラです」


 当然のことながら、相手は座ったままなので、こちらも気にせず着席する。

 礼儀正しく起立したら逆に驚く。


 使徒のニキアス・ユウ・ラリスは、鷹揚にうなずいた。


「ああ、いいさ。

こっちが押しかけたんだからな」


 テンプレのため口。

 これも予想どおり。


 右隣の巨乳の美女が少し頰を膨らませる。

 黒髪ポニーテールのつり目で、いかにも女騎士っぽいな。


「ユウは寛大すぎよ。

せっかく使徒さまが来訪したのよ。辺境の領主如き走ってくるべきだわ」

 

 ことを荒立てても仕方ない。

 軽く頭を下げておく。


「気がつかずに済みません」


 ニキアスでなくユウと呼ばれるのか。

 ユウはこれまた、鷹揚にうなずいた。


「構わないさ。

僕も礼儀とか苦手だからね」


「こんな辺境にわざわざお越しとは……。どのようなご用件でしょうか?」


 左隣の金髪ゆるふわ巨乳美女が、にっこりとほほ笑む。


「用がなくても、使徒さまなら歓迎されると思いますよ」


 その言葉に、ユウが苦笑した。


「いいんだよマリー、辺境ならそんな事情に疎くとも仕方ないさ」


 金髪がオフェリーの妹のマリー=アンジュか。

 役割はヒーラーか。

 俺は、いつもの表情のまま口を開く。


「では散歩のようなモノでしょうか?」


 ユウが俺に苦笑する。


「トボけているのか? それともステータス表示がバグっているのかな?

知力は人より、ちょっと高いってでているんだが」


 やっぱり、ステータスを見たがるか。

 とはいえ、ここは凡庸を装ったほうが得策だろう。


「ステータスとは何でしょうか?」


 マリー=アンジュの隣にいるアルビノの魔族が、派手にため息をついた。

 こっちは魔法使いだな。

 巨乳ではないが、種族特権か。


「あなたは知らなくてもいいのよ。

使徒であるユウだけの特権だからね」


 そんな様子に、ユウは肩をすくめた。


「おいおい……。

アンゼルマ。

僕たちは喧嘩を売りに来たんじゃない。

弱いモノいじめをしても仕方ないだろう。

もちろん僕たちに敵意を向けたら、自分の身を守る必要があるけどな」


 魔族はアンゼルマか。

 取りあえず謝っとけばいいだろう。


「どうも済みません」


 ユウがわざとらしいため息をついた。


「やれやれ……。領主が、いちいち謝ったらだめだろう。

こんな辺境でも領主なんだ。

ともかくマリーが、姉の様子を見たいといってね。

一応領主のアンタに、断りだけしておこうと思ったのさ」


「それはご丁寧にどうも。

オフェリーさんは今仕事中です。よろしければ呼んできましょうか?」


 ユウが眉をひそめた。


「アンタ、前教皇の姪に働かせているのか?」


「本人の希望がありましたので」


 ユウが鼻を鳴らした。


「フーン。

本人の希望ならいいけどね。

ムリに働かせてマリーを悲しませたら、ただでは済まさない。

それはわかっているだろ」


 俺は軽く首を振った。


「ムリやり働かせてもいい結果は生みません。

本人にその気がなければ、頼みもしません」


 ユウがまた、鷹揚にうなずいた。


「その心構えはいいね。

今日は町の様子を見て帰るさ。

構わないだろ?」


「ええ。どうぞ。

ですが辺境で使徒さまのすごい力を見ると、ショックで腰を抜かす人たちがでるかもしれません。

可能なら穏便にお願いします」


 ユウがニヤリと笑った。


「だが断る」


 使いたくて仕方ないのか。

 用途に合っていないのだが…。


 俺がわざと困ったように頭をかくと、満足気にユウは笑った。


「冗談だよ。

ほどほどにしておくさ。

僕も力を見せびらかすのは好きでないからね」


 黒髪のポニーテールが、満面の笑みでうなずいた。


「さすがはユウ。

すごい力を持っていて…、その偉ぶらない謙虚な姿勢は素晴らしいわ」


 そういって、わざわざ俺を見下すような目で見た。


「この人は、分相応にユウに無礼なことをしないだけはマトモね」

 なぜいちいち人を下げるのかはわからない。旦那が出世すると、自分も偉くなった、と勘違いするタイプなのだうろか。どうでもいいけど。

 ユウがわざとらしく、肩をすくめた。


「おいおい、ノエミ。

お前は僕以外へのアタリがキツすぎるぞ。

僕たちのパーティーが、喧嘩腰なんて噂が広まったら面倒だよ。

いくら俺がチート能力持ちでも、毎回喧嘩をすると胃もたれする。

マリーの義父の胃に、穴を空けるわけにもいかないだろ」


 ポニーテールはノエミか。

 ノエミはシュンとした。


「ごめんなさいユウ」


「いいさ。

そんな不器用なところがいいんだけどな。

じゃあアルなんたら…サン。

邪魔したな」


 ユウとその嫁3人が、俺には目もくれず出て行った。

 ただマリーだけは、ほんの一瞬敵意のある視線を向けてきた。


 あとは町でドヤるだろうが…。

 その程度なら仕方ない。


                  ◆◇◆◇◆


 執務室に戻ると、ミルとキアラは心配そうな顔で待っていた。

 無事な俺の姿を見て、胸をなで下ろしている。


 席に座るとふたり俺のところに来て、いろいろと聞きたそうな顔をしている。

 実はそれは危険なんだよ。


「とくに何もありませんよ。

寛大な使徒さまでしたね」


 俺の言葉に不穏な気配を感じたようで、ふたりはうなずいた。


 あの無礼さは天然というより、何かを期待して仕掛けている気がした。

 多分、頭脳戦をやってみたいのだろう。

 あの手のタイプは、こっちが敵意を向けなければわりとおとなしい。

 素で相手を怒らせることはあるが、意図的な挑発はあまりしないだろう。


 つまり今この瞬間にも、魔法で俺の様子を探っている。

 その可能性が高い。


 それこそテンプレだとやられ役は、主人公がいなくなった瞬間ベラベラと悪巧みをしゃべる。

 結果として悪事は筒抜けで、成敗の口実を与える。

 それを期待していたのだろうな。

 

 ともかく、ちょっとの間は平和だろう。


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