337話 評価基準

 俺が町を視察していると、ミルから今晩は泊まり込むと伝言があった。

 たまには友人同士ゆっくり話すのも良いだろう。


 そして俺は、市長から相談事があると言われたので、外に出掛けたついでに出向くことにする。


 俺が市長の執務室に入ると、市長のラボ・ヴィッラーニは仰天した。


「領主さま、こちらから出向くつもりでしたのに…」


 俺は、笑って手を振った。


「ちょうど外出していたので、手間を省いただけですよ」


 執務室でラボと向かい合う。

 出されたお茶を飲んでから、ラボを観察してみた。

 もう市長になって、時間もたっており自信もでてきている。

 それで相談事とは何だろう。

 俺の視線を受けて、ラボは背筋を伸ばした。


「以前、働く上での心がけを教えていただきました。

ものすごく助かっています。

ですが、もう一点悩みがでてきたのです」


 そうなると人事関係か。

 帝王学のようなものも、学校で教えないとダメだろうな…。


「伺いましょう」


「人を評価する際の基準が分からないのです。

今までは一定の人たちで、教育や倫理が統一されていました。

評価も仕事量だけで済んでいたのですが…。

地方平定が終わって、魔族領からの人やアンティウムから移ってきた人を採用しています。

そこで評価を、どうしたら良いのかと…。

仕事量だけでの評価は、何か違う…と悩んでいるのです」


 統治上の関係で、住民の再配置を行ったからな。

 今までと違う常識の人たちも入ってきて、評価基準を明確にする必要があるか。

  

「確かにそこを教えていませんでしたね」


「領主さまなら基準をご存じでしょう」


 こいつはうかつだった。

 最初に教えるべきだったな。

 俺はせきばらいをすると、ラボの秘書がメモをとる体勢になった。

 ちょっと苦笑してしまう。


 転生前の俺は、メモをとらないタイプだったからな。

 自分の字が汚すぎて見て分からないのもあったが…。


 困ったときの貞観政要。

 この基準は、時代と世界を超えても役にたつ。


「六つのタイプが昇進させるタイプです。

まず一つ、予兆がハッキリしない段階で、危険を見抜いて、それを未然に回避する。

これが聖臣せいしんと言います」


 ラボは感心したようなうなずいた。


「確かに、それは素晴らしい人ですね」


「二つ目、公平な視点で善行を行って、道理をわきまえ、上司に礼儀を保つように努めさせ、優れた提案を行い上司の長所を伸ばして、短所をフォローする。

これを良臣りょうしんと言います」


「お目付役とか長老みたいな人ですね」


 なかなか良い飲み込みだな。


「三つ目、職務に精励して、優秀な人材を推挙して、良い行いを説いて上司の力になる。

これを忠臣ちゅうしんと言います」


「確かに、勤勉なだけでなく人材まで推薦してくれると有り難いですね」


「四つ目、物事の成功失敗を正確に見通し、問題が手遅れになる前に対処します。

その結果、上司に将来の心配をさせない。

これを智臣ちしんと言います」


 ラボは心底うらやましそうな顔をした。

 頭脳明晰なタイプじゃないから、この方面で苦労しているのか。


「こんな人もいてくれると有り難いですね…」


「五つ目、規律を守って、仕事の成果以上の待遇を求めない。

自分の恩恵を、他人にも分け与える。

これを貞臣ていしんと言います」


 ラボは生真面目にうなずいた。


「確かに過剰な待遇を求められても困りますからね…」


「最後の六つ目。

ピンチになったときに、上司に媚びへつらったりせずに、あえて厳しいことを面と向かって言える。

これを直臣じきしんと言います」


 ラボがしきりにうなずいている。


「なるほど、領主さまがされていることが、評価基準と一致するのですね。

これも言われてみれば当たり前なんですね」


「ええ、偉そうに格好をつけていますが言っていることは、当たり前のことだけですよ」


「六つの良いタイプがあるということは、これに反すること。

つまり…遠ざけるタイプもあるのですよね」


 ワンパターンすぎるか。

 俺は苦笑して、頭をかいた。


「そうですね。

害が小さい順番にいきます。

一つ目、高い地位に安住して、高給だけむさぼり、仕事を怠け、世間に流され、ただ周囲の様子だけ伺う。

これを見臣けんしんと言います」


 ラボは頭を振った。


「給料泥棒と言うヤツですね…」


「二つ目、上司の言動に全て同意、上司の喜びそうなことを先回りして勧める。

そして上司と共に楽しんで、後難を考えない。

これを諛臣ゆしんと言います」


「イエスマンや、ごますりですか…。

一見すると重宝されますよね」


 実によくいるタイプだからな。


「三つ目、本心は陰険で邪悪なのに、表向きは小心で、謹厳に見せる。

口は上手で温和に見えますが、善人や賢人を嫌います。

自分に都合の良い人の、長所を誇張して短所を隠します。

邪魔だと思う人の、短所を誇張して長所を隠します。

組織運営の要である賞罰を無力化させてしまう。

これを姦臣かんしんと言います」


 ラボはため息をついた。


「確かにこんな人がいたら、組織はダメになりますね…」


「四つ目、その知恵は自分の過失をごまかすのに十分で、弁舌巧みで自分の主張を通すことが容易。

仲間の仲を裂いて、職場ではもめ事を作りだす。

これを讒臣ざんしんと言います」


「私は簡単に丸め込まれそうで怖いですよ…」


「五つ目、権勢をほしいままにして、自分の都合が良いようにルールをつくり、お仲間で徒党を組んで、上司の命令をねじ曲げる。

それによって自分の地位や名誉を高める。

これを賊臣ぞくしんと言います」


 ラボは盛大なため息をついた。


「想像すると怖くてたまりませんよ…」


「最後の六つ目。

上司に媚びへつらって、誘惑し悪い道に誘い込む。

仲間同士でグルになって良い部下を排除して、欲望のままふるまい、物事の善悪や道理をわきまえません。

おまけに上司の悪評を内外に広める。

これを亡国の臣と言います」


 ラボは力なく苦笑した。


「前に教わったことと同じで…当たり前ですね。

でも具体的に列挙されると、怖さが分かります」


「私もダメな六つの部下だらけなら、手のつけようがありません。

悪いことは、ものすごい勢いで広がりますからね」


「これも張り出して周知します。

教育大臣にも働きかけて、教育内容に盛り込んでもらいます」


「お任せしますよ。

これで伝えられることは、もう無いと思います。

今までも立派に努めてくれていました。

今後も安心できそうですね」


 ラボは俺の言葉に、首をかしげた。


「まさか…ラヴェンナを離れるのですか?」


 俺は、笑って手を振った。


「そんなつもりは、毛頭ありませんよ。

単に市長が立派に成長されたこと。

それがただ…うれしかっただけです」

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